2004/05/22

バレンタインデー

 214日、バレンタインデー。小学校時代は、さすがにあまり盛り上がることのなかったこのイベントだったが、中学では一気にヒートアップした。

バレンタインの主役といえば、勿論この人を置いて他になしといわれるのが、モテ男にゃべ。この年もクラス女子の何人か、またヨソのクラスの女の子からも幾つかのチョコを戴いた、なかには机の中やロッカーにいつの間にか入れてあった、名無しのモノもあった。

さて、クラスでのバレンタイン騒ぎがようやくひと段落した頃、クラスが分かれた千春が久しぶりに、やって来た。

「にゃべー、グリは??」

と、あの忘れもしないソプラノの美しい声が聞こえるや、嬉しいのか悲しいのか複雑なしかめっ面で笑うオグリ。

「グリー、チョコ持って来てあげたよー」

「いらねーって・・・チョコなんて。オマエもいちいち、ヨソのクラスまで持って来んでも」

「なにー、その言い草・・・折角、持って来てやったのにー」

「わりーが、生憎、オレチョコが苦手なもんで・・・」

と硬派オグリは、あくまで受け取る気がないらしい。

「ちぇっ、相変わらず憎ったらしいヤツ。いいわ・・・じゃあ、そーだな・・・  あ、ムラカミがいるじゃん。これ、貰ってくんない?」

「オイオイ。なんでオレが、グリの代わりなんだよ・・・」

普通なら、こんな言い方をされれば「ふざけんな~!」と貰うはずはないが、そこはさすがに大人ムラカミ、本音はともかく笑って流したのはさすがだ。

要領の良いムラカミは、千春の気持ちを汲み取ったか

「じゃあ、オレからグリに渡しといてやろう・・・ヤツがどうしてもいらねーつーんなら、オレとにゃべで半分コして食うよ・・・」


「うん、ありがと。やっぱムラカミは、誰かと違って大人だわ。でも、にゃべのは、ここにちゃんとあるから。あんなヤツ(オグリのこと)は、もうどうだっていいわ・・・最初から、アンタにあげとくんだったよ」

「ねぇ、にゃべ~!

ちょい、こっち来てー」

と、制服の袖を掴まんばかりにして、千春に引っ張られていくにゃべに

「オーオー、見せ付けてくれるじゃねーか・・・」

と、野郎どもの冷やかしの歓声が飛んだが、図太い千春は

「そんなんじゃないわよ、バーカ!」

と、どこ吹く風だ。

かくして廊下の片隅に連れられると、久しぶりに見る千春の白い顔は、益々大人びた美しさを増しているようで眩しかった。

「この前の日曜にさ、久しぶりに真紀と逢ったよ」

「オーミヤに?」

「懐かしいでしょ?

で、一緒に買いに行ったのよ。こっちのは真紀ちゃんから。



『にゃべは、変わらず元気にしてるの?』



とか言っちゃって、アンタの事心配してたわよ。私もクラスが違うから、よく知らないって言っといたけどね。それで、その時ついでに買っといたんだー」

「ついでってのはなんだよ、ついでってのは・・・義理チョコってヤツか?
まあ、オマエの本命はグリだったな」

「アイツのも義理に決まってんじゃん、キャハハハ。じゃあねー」

と艶々とした綺麗な髪を靡かせ、颯爽と去っていった。

 唾を飲み込んで、千春から渡された真紀の手紙を開けた。

「にゃべ、元気にしてる~?

こっち(『C中』)は、新しい学校で綺麗な校舎で先輩もいないし、にゃべが言ってた通り思ったよりも快適だよー。千春やにゃべがいたら、もっと楽しかったろうけどね。来年は、受験で顔を合わせることになるのかなー?」

云々といった手紙というほどもない簡単なメモが、見覚えのある綺麗な達筆で書かれていた。

真紀と千春からのプレゼントに、すっかりゴキゲンになったが、一方で密かに注目していた我がクラスの香はといえば『バレンタイン』で浮ついた教室の空気に動じることなく、このイベントにはまったく我関せず、といった例の涼しげな澄ました顔がなんとも小憎らしかった。

 バレンタイン騒動も、ようやく一段落という雰囲気の中

「にゃべー!

ゴメ~ン、ちょっと、も一回・・・」

と、再び千春の美しいソプラノが・・・

「このコがさー、どうしてもにゃべにって言うから」

見ると、大柄な千春の背後にスッポリと隠れるような格好で、人形のような小柄な女学生がちょこんと控えていた。

「ほー・・・誰?」

初めて見る顔だ。小さな顔に、やたらと目に付くクリクリとした眼がなかなか可愛いが、なにせスケール雄大な肉体派の千春と並んでしまっては、その小柄な体からも少女っぽい雰囲気は、どうにも蔭の薄さは否めなかった。

「同じクラスのサッコよ・・・サッコったら、にゃべの事が前から好きなんだってさ・・・」

まったくもって、こうした際に見せる千春のイジワルそうな小悪魔的な微笑たるや、中学生とは思えぬような、なんとも言い難いセクシーな魅力があった。

「ちょっとォ、やだぁー、千春ったらぁ・・・」

と、その白い顔をサァーと紅らめるサッコ。こういった純情な恥じらいの仕草だけは、クソ度胸女の千春にはおよそ縁遠いものだけに思わずグッとこなかったといえば、ウソになる。


「じゃあ、私はお邪魔だからさ。後は、お2人でね。バ~イ」



「ちょ、ちょっと待ってよ~、千春ー!」

とチョコを投げ捨てるようにして、真っ赤になりながら大慌てで去ってゆくサッコ。この時は

(タカシマの連れにしちゃあ、随分とウブで可愛いコじゃないか・・・)

と思ったものだったのだが、実はトンだ見込み違いだったと気付かされるのは、僅かに数ヵ月後の事であった (*´m`)

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