2019/01/24

境原の宮の巻【孝元天皇】

口語訳:大倭根子日子國玖琉命は、輕の堺原宮に住んで天下を治めた。この天皇が穗積臣らの先祖、内色許男命の妹、内色許賣命を娶って生んだ御子は大毘古命、次に少名日子建猪心命、次に若倭根子日子大毘毘命である。<三柱>また内色許男命の娘、伊賀迦色許賣命を娶って生んだ御子は、比古布都押之信命である。また河内の青玉の娘、波邇夜須毘賣を娶って生んだ御子は建波邇夜須毘古命である。<一柱>この天皇の御子は、合わせて五柱であった。

 

この天皇の漢風諡号は、孝元天皇という。

 

口語訳:若倭根子日子大毘毘命は、その後天下を治めた。その兄、大毘古命の子、建沼河別命は、<阿倍臣らの祖である。>次に比古伊那許志別命は、<膳臣の祖である。>比古布都押之信命が尾張連らの祖、意富那毘の妹葛城之高千那毘賣を妻として生んだ子は、味師内宿禰。<これは山代の内臣の祖である。>また木國の造の祖、宇豆比古の妹山下影日賣を妻として生んだ子は、建内宿禰である。

 

口語訳:この建内宿禰の子は、全部で九人あった。<息子が七人、娘二人である。>波多八代宿禰は、<波多臣、林臣、波美臣、星川臣、淡海臣、長谷部君の先祖である。>次に許勢小柄宿禰は、<許勢臣、雀部臣。輕部臣の先祖である。>次に蘇賀石河宿禰は、<蘇我臣、川邊臣、田中臣、高向臣、小治田臣、櫻井臣、岸田臣らの先祖である。>次に平群都久宿禰は、<平群臣、佐和良臣、馬御クイ(木+織のつくり)連らの先祖である。>次に木角宿禰は、<木臣、都奴臣、坂本臣の先祖である。>次に久米能摩伊刀比賣。次に怒能伊呂比賣。次に葛城長江曾都毘古は、<玉手臣、的臣、生江臣、阿藝那臣らの先祖である。>また若子宿禰は、<江沼臣の先祖である。>

 

此天皇。御年伍拾漆歳。御陵在2劔池之中岡上1也。

訓読:このスメラミコト、ミとしイソヂマリナナツ。みはかはツルギのイケのナカのオカのエにあり。

 

口語訳:天皇は崩じたとき、五十七歳だった。御陵は劔池の中の岡付近にある。

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