2023/07/28

悪神ロキの物語(3)

出典http://ozawa-katsuhiko.work/

  しかし「ロキ」一人は、バルドルが何をされても無事なのが気に喰いませんでした。彼は胸に黒い気持ちを持ってそこを離れ、一人の「女」の姿に身を変えてフリッグのもとを尋ねたのです。フリッグは「女」が神々の集まりのところから訪ねてきたと知って、神々が何をしているかと尋ねました。

 

「女」は、神々は皆でバルドルに弓を射たり斬りつけたり石を投げたりするのだけれど、何一つバルドルの身体に当たらず傷つかないのですと答えました。フリッグは笑って、

「どんな武器も槍や弓も、バルドルを傷つけることはないのだよ。みんなから誓いを取り付けてあるのだから」

といいました。ロキが化けている女はずる賢く「皆なんてことはないでしょう」といいました。そこでフリッグは、うっかり

「西の方に宿り木の若木が生えてきたのだけれど、それは誓いをたてさせるには若すぎたから」

と答えてしまいました。

 

それを聞くや「女」の姿をしていたロキはすぐに西に向かい、宿り木が生えているのを見つけてそれを引き抜き、再び神々の集う広場へとやってきたのです。皆はまだワイワイやっていましたが、一人「ヘズ」という神だけがみんなから離れて一人でたたずんでいました。というのもこの「ヘズ」は盲目だったので、弓を射たり物を投げつけたりすることができなかったからです。

 

 そこでロキはヘズに、

「何で君はバルドルに弓を射かけないのかい」

とわざといいました。ヘズは

「自分には、バルドルの立っているところが見えないからね」

と寂しく言いました。これを聞いてロキは

「他の皆と同じようにしなくては、バルドルに敬意を示したことにならないよ。さあ、これで射てみるがいい。場所は僕が教えるよ」

と言って、弓とあの宿り木を削って作った矢を渡しました。

 

 そこで、ヘズはロキに教えられた方向に向かって弓を引き絞って、宿り木の矢を射かけたのでした。その矢は過たずバルドルの身体を貫き、バルドルは倒れ死んでしまったのでした。

 

 神々は声を失い、立ちすくむだけでした。そして、こんな仕業をした者に対して怒りで煮えくりかえりましたが、ここは聖なる場所でしたからここで復讐することはできませんでした。神々は何か話そうと思いましたが、涙が先に出て声になりませんでした。とりわけ、オーディンの嘆きは激しいものがありました。しかしロキの悪行は、これにとどまらなかったのです。

 

 神々は、やっと我に返りました。そこに急を知って駆けつけてきた女神フリッグが、一つの提案をしました。それは誰か自分の使者として冥界へと赴き、そこでバルドルをアースガルズに戻してくれるように冥界の女王ヘルに交渉してくれる者はいないか、というものでした。

 

 この役を引き受けたのは、オーディンの子でバルドルの弟「ヘルモーズ」でした。彼は「俊敏のヘルモーズ」と呼ばれるほど、すばしこい神でした。彼は父オーディンから、あの八本足の名馬スレイプニルを貸し与えられて駆けていきました。

 

 一方、バルドルの葬儀が執り行われることになりましたが、バルドルの持ち船を海に浮かべて葬儀の儀式をしようとしたけれど、あまりに大きい船であったので誰も動かせず、やむなく船の扱いに慣れた女の巨人が呼ばれました。彼女が一押しすると、コロから火花が散って大地が震えたけれど、船は動いて無事海に浮きました。バルドルの死体は船に運ばれ、彼の妻ナンナはこれを見て悲しみのあまり心臓が張り裂けて、かわいそうにバルドルの後を追っていきました。

 

彼らの死体は、薪の上に横たえられ荼毘に付されていきましたが、この葬儀にはすべての神々が参列し、山の巨人や霜の巨人たちすらもやってきました。誰からも愛されたバルドルだったからです。オーディンは、その荼毘の薪の上に自分の黄金の腕輪を置きました。この黄金の腕輪が、九日目ごとに自分と同じ黄金の腕輪を八つ生み出すようになったのは、これからのことだったのです。

 

 他方、ヘルモーズは九日間暗い深い谷間に馬を進めて、何も見えない中でギョル河のギョル橋というところに出ました。この橋は「冥界ヘル」への橋でした。番人の娘は言った

「前日は死者が五組もこの橋を渡ったけれど、あなた一人ほども橋を鳴り響かせることはなかった。それにあなたは死者の顔をしていない。あなたは何をしに、このヘルにやってきたのですか」

と。ヘルモーズはそれに答えて

「自分はバルドルを探しているのだ。あなたは、バルドルを見かけてはいないか」

と尋ねました。娘はそれに答えて

「バルドルは、すでにこの橋を渡っていきました。ヘルへの道は、下り道で北に向かっています」

と教えてくれました。ヘルモーズは、こうして冥界ヘルを囲む垣の所までやってくると馬の下帯をしっかり締め直して、一息でこの高い垣を跳び越えていきました。そしてヘルの館につくと、馬を下りて広間へと入っていきました。すると、その広間の一段と高くなっている高座に、兄のバルドルが悠然と座っているのを目にしました。ヘルモーズはこうしてバルドルと再会して一夜を過ごし、朝になって冥界の女王ヘルに会い、神々の嘆きを話してバルドルの返還を願いました。

 

 ヘルはそれを聞き、

「では世界中の者が、生きている者も死んでいる者も、彼のために泣くのなら彼を戻そう。しかし、もしたった一人でもそうしない者がいたら、ここにとどまらなければならない」

と言いました。ヘルモーズは、バルドルとその妻ナンナからのオーディンやフリッグへの贈り物を託された上で、引き返していき無事アースガルドに戻ると皆に一部始終を話してきかせました。すぐに神々は世界中に使者を差し向けて、バルドルのために泣いて欲しいということを伝えました。すべてのものが、人も獣も植物も、大地も石も金属もバルドルのために泣きました。ところが、ある一つの洞窟の中にいた巨人の女を見つけた時、この女は「私には関わりがない」と泣くのを拒絶してきたのです。このたった一人の女巨人ために、神々はついにバルドルを取り戻すのに失敗してしまったのです。この女こそ、またも「ロキ」が姿を変えていたものだったのでした。

 

 なお、バルドルを殺すことになってしまった「ヘズ」ですが、バルドルの弟「ヴァーリ」によって復讐され殺されることとなり、バルドルを追って「冥界」に行くことになります。しかし世界終末の後、バルドルと共にヘズも新しい地に再生してくる神となるという運命を持っています。そして『巫女の予言』では、世界終末の後

「種もまかぬに穀物は育つであろう。すべての災いは福に転ずるであろう。バルドルは戻るであろう。戦士の神々、ヘズとバルドルはフロプト(オーディンの別名の一つ)の勝利の地(アースガルドのヴァルハラ)に仲良く住む」

と謳われています。二人は切り離せない関係にあるのでした。

 

 このバルドルは、本来「バル」という言葉から推察されるように「明るい、光り輝く」という意味をもった「光明神」であり、この物語はその「光」が一度は「闇」によって滅ぼされ、再び新たな地に上ってくるというわけで、これは「一日の昼と夜」「季節の冬と夏」、そしておそらく「世界の終末と新たな世界の新生」という、終末論的思考に基づいた物語なのでしょう。つまり「ヘズ」はバルドルの兄弟であるわけですが「盲目」という描写で「闇」を表していると考えられるわけです。

 

 ただ、この神はすべてのゲルマン民族に共通した神ではなくスカンディナビアの、つまり「島のゲルマン人」特有の神であったろうと考えられています。それだけに「光と闇」というイメージが強く表れているのかもしれません。

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