2026/06/28

マキャベリ(1)

ニッコロ・マキャヴェッリ(イタリア語: Niccolò Machiavelli, 146953 - 1527621日)は、イタリア、ルネサンス期の政治思想家、フィレンツェ共和国の外交官。

 

著書に『君主論』、『ティトゥス・リウィウスの最初の十巻についての論考(ディスコルシ)』、『戦術論』がある。理想主義的な思想の強いルネサンス期に、政治は宗教・道徳から切り離して考えるべきであるという現実主義的な政治理論を創始した。日本語では「マキャヴェリ」「マキャベリ」「マキァヴェリ」「マキァヴェッリ」など様々な表記が見られる。

 

軍事理論

マキャヴェッリはその軍事思想を『君主論』、また『政略論』や『戦術論』に記している。その特徴として、以下のことが挙げられる。

 

軍事力の重要性を論じている。

『君主論』において、君主に必要なものとして法律とともに軍備が挙げられている。また傭兵軍ではなく常備軍の編制を重視し、また騎兵ではなく歩兵の有効性を論じてもいる。

 

軍事訓練の重要性を論じている。

マキャヴェッリは、軍事訓練を錬度に合わせて段階的に実施することを述べており、第1段階に整列の動作の訓練、第2段階に整列行進の動作の訓練、第3段階に戦闘訓練、第4段階に信号や命令伝達の教育としている。

 

司令官の軍事的統率能力の重要性を論じている。

これは統率論として、軍隊の団結に司令官の統率力が直結すると述べられており、血筋や権威ではなく、勇敢や善行がこの統率力を強化すると考えている。また演説の能力も求められるとしている。

 

フィレンツェ共和国は、ピサに攻勢を仕掛けピサを包囲したが、ピサ側はアルノ川の舟運を使って海から物資を運び入れた。軍事にも関心のあったレオナルド・ダ・ヴィンチは、アルノ川の流路を迂回させ、ピサを経由しないようにする作戦を立案した。副官として従軍していたマキャヴェリはダ・ヴィンチの案を採用し、1504年から工事に取り掛からせたが、当時の土木技術には限界があり、アルノ川の流路変更工事は失敗に終わった。

2026/06/25

グループステージ第2節(ワールドカップ2026北米大会)(2)

グループステージの第2節が終了し、以下の各国が決勝トーナメント進出を決めた。

 

A組:メキシコ(北中米カリブ海/開催国)

D組:アメリカ(北中米カリブ海/開催国)

E組:ドイツ(欧州)

I組:フランス(欧州)

I組:ノルウェー(欧州)

J組:アルゼンチン(南米)

K組:コロンビア(南米)

 

日本はチュニジアに4-0と快勝し、1勝1分となった。

日本の4得点というのは、ワールドカップでの最高得点である。長年にわたり、決定力不足は日本の「宿痾」とされて来たが、今大会に限っては2試合で6得点と攻撃陣の活躍が目覚ましい。

 

これまでは一貫して、少ない得点を堅い守備でなんとか守りぬいて勝つのが日本のスタイルだっただけに、アグレッシブにゴールに襲い掛かっていく姿は、まったく全く見違えるようだ。

果たして、どこまでこの好調が続くか。

 

前回と繰り返しになるが、何しろ今大会は出場48か国のうち2/3の32か国が決勝トーナメントに進める「水増し大会」だから、ここまでもたついている「優勝候補」チームであれど、最終的には大きな波瀾なく勝ち上がってくると予想される。

2026/06/23

ピコ・デラ・ミランドラ

ジョヴァンニ・ピーコ・デッラ・ミランドラ(Giovanni Pico della Mirandola1463224 - 14941117)は、イタリア・ルネサンス期の哲学者、人文学者である。

 

「人間の尊厳」を主張したとされてきたが、近年では、ピーコの用いる「尊厳」の語には「序列」という意味もあり、今日でいう「尊厳」の意味はなかったとも言われている。ともあれ、ピーコにとって人間とは、なんにでもなれる変幻自在のカメレオンのごときものであった。なお「ピーコ・デッラ・ミランドラ」とは「ミランドラ出身のピーコ」という通称であり、名字はピーコである。

 

生涯

北イタリア・ミランドラの領主、ピーコ家(it:Pico (famiglia))ジャン・フランチェスコ・ピーコ1世の子として生まれた。ボローニャ大学で法律を、パドヴァ大学で教会法を学んだのち各地で研鑽を積み、フィレンツェへ行き哲学者として高名なマルシリオ・フィチーノと接した。若くして才能を発揮し、プラトンをギリシャ語で、旧約聖書をヘブライ語で読んだ。博識で弁が立ち、メディチ家のプラトン・アカデミーの中心的な人物の1人になった。

 

人間は小さな宇宙であり、その中には元素から動植物、理性、神の似姿に至るまでが含まれると考え、人間が動物と異なるのは自由意志によって何者にも(神のようにも獣のようにも)なることができる点だとして、「人間の尊厳」を主張した。1486年、ローマで哲学・神学の討論会を企画し、討論会のために書いた原稿が『人間の尊厳について』 (Oratio De Dignitate hominis) で、ピーコの主著である。ただし、この題名はピーコ自身の命名ではない。

 

この討論会では、聖体変化などについての議論も予定しており、ローマ教皇インノケンティウス8世から異端の疑いをかけられ、討論会は中止。ピーコも逃亡後、捕えられてしまうが、メディチ家のロレンツォ・デ・メディチの努力により釈放され、フィレンツェに戻る。ジローラモ・サヴォナローラとも親交があった。31歳で死去。

 

フィチーノと同様、近年は異教的な神秘主義の側面が注目されている。自然を支配する業としての魔術を信じていたが、占星術については人間の運命が定められているというのは人間の自由意志に反する、として反対するようになり、師フィチーノの説を批判した『反占星術論』を執筆している。また非ユダヤ人としては、はじめてカバラを極めたとされる。

2026/06/19

グループステージ第1節(ワールドカップ2026北米大会)(1)

ワールドカップ史上初の3か国開催(アメリカ、カナダ、メキシコ)となる今大会は、参加国が前回までの32から48と大幅に増加し、6/117/19と1か月以上にもわたる長丁場である。

 

予選とも位置付けられるグループステージは、4か国が12グループに分けられ、上位2チームと各グループ3位のうち、成績上位8チームがノックアウトステージ(以前の「決勝トーナメント」とに相当)に進出となる。

 

出場48か国のうち、2/3に該当する32か国がノックアウトステージに進めるというのは「大安売り」の感は否めないが、まあ金儲け至上主義のFIFAだから仕方ないか。

 

ともあれ開幕の6/12から6/18までの1週間にわたり、グループステージの第1節が行われた。

 

今大会の優勝候補に挙げられるチームでは、ドイツ、フランス、アルゼンチン、イングランドは格下相手に順当に勝利した一方、ブラジル、スペイン、ポルトガルは引き分け。ここまでは格下相手の取りこぼしはなく、前にも記した通りグループ3位でもノックアウトステージ進出確率は2/3だから、まだまだ余裕綽綽といったところだ。

 

「目標は優勝」と大風呂敷を広げる日本は、グループ最大の強敵と目されたオランダ相手に2-2で引き分け。2度のリードを許しながら、なんとか引き分けに持ち込んだのは及第点と言える。

 

繰り返すが、いつもの大会に比べて出場国が多い水増しの分、通常なら出場できないような弱小国がたくさん出てきている今大会だけに、グループステージにおける波瀾の可能性は少ないとみるべきだろう。

2026/06/16

蓮如(2)

本願寺再興

    文明7年(1475年)821日、吉崎を退去。一揆を扇動した下間蓮崇を破門。小浜、丹波、摂津を経て河内出口(後の光善寺)に居を定めた。

    文明10年(1478年)129日、山科に坊舎の造営を開始。817日、第三夫人如勝尼が死去。

    文明13年(1481年)、真宗佛光寺派佛光寺の法主であった経豪が、佛光寺派の48坊のうちの42坊を引き連れて蓮如に合流。蓮如から蓮教という名を与えられて改名し、興正寺(真宗興正派)を建立する。これによって佛光寺派は大打撃を受けた。

    文明14年(1482年)には、真宗出雲路派毫摂寺第8世で真宗山元派證誠寺の住持でもあった善鎮が、門徒を引き連れて合流してきた。

    文明15年(1483年)822日、山科本願寺が落成する。同年、長男順如が死去。

 

本願寺の発展

    文明18年(1486年)、紀伊に下向。後の鷺森別院の基礎(了賢寺)ができる。同年、第四夫人宗如尼が死去。

    長享2年(1488年)5月、加賀一向一揆が国人層と結びついて決起。同年69日、加賀の宗徒は守護富樫政親を高尾城において包囲し、自刃に追い込む。7月、蓮如は消息を送って一揆を諌めた。

    延徳元年(1489年)、75歳。寺務を5男の実如に譲り、実如が本願寺第9世となる。

    明応2年(1493年)、真宗木辺派錦織寺の第7代慈賢の孫勝恵が伊勢国・伊賀国・大和国の40か所の門徒を引き連れて本願寺に合流した。蓮如は山科南殿に隠居して「信證院」と号する。

    明応5年(1496年)9月、大坂石山の地に大坂御坊を建立し、居所とした(後の大坂本願寺(石山本願寺))。

    明応8年(1499年)220日、死に際し石山御坊より山科本願寺に帰参。320日、下間蓮崇を許す。325日(1499514[3])、山科本願寺において85歳で没した。

 

妻の死別を4回に渡り経験し、生涯に5度の婚姻をする。子は男子13人・女子14人の計27子を儲ける。死の直前まで公私共に多忙を極めた。

 

布教

蓮如の布教は、教義を消息(手紙)の形で分かりやすく説いた『御文』(『御文章』)を中心に行われた。後に蓮如の孫、円如がこれを収集して五帖80通(『五帖御文』)にまとめた。これに含まれない消息は『帖外御文』と言われ、倍くらいの数の消息が数えられている。

 

また、これまで本願寺は毎日の勤行に善導著作の『往生礼讃』を用い、1日を6つに分けてそれぞれの時間帯に読経を行う六時礼讃を行っていた。しかし、蓮如は吉崎滞在中に越前で三門徒が親鸞著作の『三帖和讃』を頻繁に唱えていた事から、これを取り入れると同時に勤行のやり方を全面的に改正し、朝・夕に親鸞著作の『正信念仏偈』(『正信偈』)と『三帖和讃』を唱える方式に制定、一般の門徒に広く受け入れられるようにした。こうして文明5年(1473年)3月、吉崎にて『正信念仏偈』・『三帖和讃』の開版、印刷が行われ、さらなる布教に邁進していった。

 

また、門徒個人が所有する「道場」、村落ごとに形成された「惣道場」の本尊に「十字名号」(文明期以降は、「六字名号」や「阿弥陀如来絵像」)を与えた。

 

その他の著作に『正信偈大意』『正信偈証註釈』、信仰生活の規範を示した「改悔文」(「領解文」)などがある。

 

また蓮如の死後、弟子達が蓮如の言行録を写し継いだ書物として『蓮如上人御一代記聞書』(『蓮如上人御一代聞書』)全316箇条が残されている。

 

成仏させた大蛇の骨

大阪府八尾市の顕証寺に「蓮如上人ご救済の大蛇骨」と呼ばれる頭骨が伝わっている。伝承では、蓮如の夢に女性が現れ「龍女に変えられて苦しんでいる」と訴えた。蓮如はこれを供養したところ、海にその死体が上がったとされ、その龍(大蛇)の骨を大切に祀った。

 

2018年(平成30年)、大阪大学総合学術博物館の伊藤謙特任講師らが、この顕証寺に伝わる骨を調査したところ、完新世期(約1万年前から現在)シャチの頭骨で、頭骨の全長は1.6メートル、推定される全長は7メートルである。しかも普通のシャチの頭骨ではなく、化石化した可能性が高いものであることが判明した。この骨は石山本願寺創設後の(1496年)頃、真宗大谷派難波別院(現・大阪府大阪市中央区久太郎町)付近で発掘されたものとも伝わり、同地では地下鉄工事の際にクジラ類の化石が大量に発見されている。