2007/09/26
ちゃんぽんの由来(後編)
穴切(後編)
2007/09/24
ボロディン 弦楽四重奏曲第2番(第4楽章)
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人格破綻者の群れと言っても言い過ぎでないほどのクラシック音楽の作曲家の中で、ボロディンは稀に見るほどの人格者でした。その様なボロディンが行ったもう一つの大きな業績が、彼が務める医科大学に女子課程を始めて作ったことでした。
21世紀の日本でも、平気で女性に対して差別的な扱いをすることが横行していることを考えれば、19世紀のロシアで女性が医学大学で学ぶ機会と場を作りあげる為には、とんでもない苦労があったはずです。
つまりは、何が言いたいのかというと、ボロディンという人は必ずしも音楽だけの人ではなかったと言うことです。そして、それ故の物足りなさも彼の作品にはあるのですが、それ故の魅力もまたあるのです。
この愛する妻に捧げた弦楽四重奏曲は、それ故の魅力が発揮された作品だと言っていいのでしょう。
2007/09/23
ボロディン 弦楽四重奏曲第2番(第3楽章)
http://www.yung.jp/index.php
ボロディンの弦楽四重奏曲なんて聴いたことがないよと言う人でも、この第3楽章の「夜想曲」だけはどこかで耳にしたことがあるはずです。
それほどに、これは魅力的で詩情豊かなメロディです。
それもそのはずで、この作品はボロディンが妻に愛を告白した20周年の日を記念して作曲し、その妻に贈った作品なのです。
ボロディンの妻は、エカテリーナ・プロトポポーヴァというピアニストで、ボロディンが化学者としてドイツのハイデルベルク大学に留学したときに知り合いました。知り合ったきっかけは、彼がたまたま訪れたサナトリウムでの演奏会で、エカテリーナがピアノを演奏していたからでした。
そして、二人はその時に彼女が演奏したシューマンについて話し合ううちに親しくなり、それがボロディンの中に再び音楽に向かう気持ちを蘇らせたのです。
やがて二人は婚約をするのですが、エカテリーナは体調を崩ししてイタリアへの転地療養を余儀なくされます。ボロディンもまた、イタリアの研究所に移り、そこで働きながら彼女の介護を献身的に行います。そして、一年ほどで体調を回復したエカテリーナは結婚の準備のためにロシアに帰り、二人はペテルスブルグでめでたく結婚することになるのです。
それ故に、この弦楽四重奏曲はボロディンとエカテリーナの親密で幸福な生活を想像させるような音楽になっています。
それは、時には二人の語らいを思わたり、大学教授として忙しく働くボロディンを思わせたりするのですが、なんといっても聞き所は第3楽章の「夜想曲」でしょう。深い感情に彩られたこの静かな夜の歌は、二人の幸せな結婚生活そのものです。
2007/09/22
財団法人・日本大バカモノ協会
骨折と偽って(?)巡業を休みながら、無断帰国のモンゴルでサッカーに興じていた疑惑の横綱・朝青龍が、横審・相撲協会公認でモンゴルで「療養」しているという。
「療養」といえば聞こえはいいが、報道によると身内の息の掛かった保養地の温泉で寛いだり、乗馬を楽しんでいると言うではないか。これが「療養」とは「へそで茶を沸かす」とは、この事だ。誰が考えても、悠々自適に遊んでいるとしか思えない。温泉治療や湯治という考えもあるだろうが、それならば温泉大国・日本で充分に事は足りるはずだから、わざわざマスコミの目を逃れてモンゴルでというのは、絶対的に意味不明なのである。
そもそも何故、このようなバカゲタ事態になってしまったのか?
巡業参加は力士に課された義務であり、本場所同様に大事な位置づけを持っているのに、仮病を使ってまで足蹴にしてサボったのが朝青龍である。その朝青龍に、相撲協会は「帰国、温泉、乗馬」などの遊興を公認したのだから、恐れ入った。しかも、皆が体を張って汗水垂らして頑張っている、巡業や本場所の行われている最中に、そうして悠々と遊んでいるというのに、7割もの給料が保証されているのである。
これが全力士の規範となるべき、横綱に対する「ペナルティ」だというのだから、狂気の沙汰としか言いようがない。なぜ、数え切れないくらいの前科のある狼藉者・朝青龍だけが、常に特別扱いを許されるのか?
他の力士であれば、国内であろうとたとえ所属部屋の近所に実家があろうと、自由な帰省などは絶対に許可されないはずなのであり、また場所中に温泉や乗馬などが、許されるわけのあろうはずがないのだ。これでは、結局「強ければ、なにをやっても許されるのだ」という事になってしまう。
確かに「横綱・白鵬」とはいえど、現状で朝青龍とはまだまだ歴然たる力の差はあるくらいにバカ強い事は認めるが、実際に朝青龍のこれまでの言動もそうした甘えに支配されてのものであろうし、これからも益々拍車が掛かる事になっていくのだろう。
朝青龍の行動は、サラリーマンで言えば大事な出張を仮病を使ってサボりながら、その足で旅行に行っていたようなものである。そのような怪しからんヤツに、例外的に社長通達で温泉旅行や乗馬を許可したというのであれば、このような支離滅裂な通達を発する社長が存在する会社の信頼性は、瓦解するのである。
こう書いているうちに相撲協会全体が、管理責任を問われている親方のアサシオ豚と、結局は同じ穴のムジナに過ぎない事がよくわかった。
※同じモンゴル人横綱・白鵬の礼儀正しさ、土俵上での立ち居振る舞いの美しさは素晴らしい。
ボロディン 弦楽四重奏曲第2番(第2楽章)
初演は完成の翌年の1882年2月7日(または3月9日)に、サンクトペテルブルクで開催されたロシア音楽協会の演奏会で、前作を初演したガルキン弦楽四重奏団によって行われた。また、同年12月23日には、レオポルト・アウアーが率いる弦楽四重奏団によって再演された。
楽譜はボロディンの生前には出版されず、ボロディンが亡くなった翌年の1888年に、ライプツィヒのベリャーエフ社から出版された。