2023/06/23

悪神ロキの物語(1)

出典http://ozawa-katsuhiko.work/

 ゲルマンの神々の中でも、もっともユニークなのが「ロキ」という神の存在と言えます。「スノッリのエッダ」での彼の紹介は「アース神の中傷者、あらゆる嘘の張本人、神々と人間の恥」となっています。確かに「人間的な神々」であったギリシャの神体系の中にも「殺戮の神アレス」のように「好まれてはいない」神もおりましたけれど、こんな「ロキ」のような言い方はされていません。

 

 そのロキはどんな行動をしていたのかというと、スノッリでは

 

「巨人の息子であり(だから本来ならアース神一族ではないということになる)、容貌は美しいのだが、性格がひねくれていて行動がひどく気まぐれなのだ、悪知恵にかけては誰にもひけをとらず、何事にもずるい手だてを心得ていた。いつも神々を苦境に陥れたが、そのはかりごとで救い出したこともしばしばある」

 

と言われています。そして最終的にはアース神の敵となって、世界最終戦争において攻撃を仕掛けてくることになるのでした。

 

「八本足の馬スレイプニルにまつわる物語」

 ロキはヨーツンヘイムの女巨人と関係を持って「妖怪狼」、世界を取り巻く猛毒を吐く「大蛇」、冥界の女王とされる「ヘル」の三人の子どもを生んでおり、ロキはこんな具合に妖怪を生む神でもありました。そしてオーディンの持ち馬「八本足のスレイプニル」も、ロキが生んでいたのでした。その次第は、次のようなものです。

 

 その昔、神々が世界を作って人間の住む「ミズガルズ」を作り、そして神々がヴァルハラに定住し始めた頃、一人の「鍛冶屋」が神々のところにやってきました。そして彼が言うには

 

「山の巨人や霜の巨人がミズガルズに攻め入ろうとしても、それを防いで安全で信頼のできる砦をたった一年半で作ってさしあげましょう。その報酬としては女神フレイヤと、太陽と月もいただきたい」

 

と申し入れてきました。

 

 そこで神々は集まってどうしようかと相談をし、砦はやはり欲しいと思って、結局「もし、一冬でその砦を作ることができたならば、約束通り望みのものは差し出すことにしよう。だが夏の最初となって、まだ少しでもやり残している部分があったら、この契約は無効となり報酬はやらない。しかも、この仕事で誰かの助けがあっても駄目だ」

 

と言いました。

 

 この申し出を聞いて鍛冶屋は「自分のスヴァジルファリという名前の馬を使うことだけは認めて欲しい」と言ってきました。神々はまた相談したけれど「ロキ」がこの契約を皆に勧めたので、神々はこの契約を認めることにしました。

 

 そこで鍛冶屋は冬となった一日目から、砦の建設へと取りかかることになりました。彼は夜のうちに「馬のスヴァジルファリ」を使って石を運んできました。ところが、その馬の運んでくる石はとてつもなく巨大なものだったので、神々はそれを見て肝をつぶしました。しかも、その馬は鍛冶屋の倍も働くのでした。

 

 こうして冬が過ぎていきましたが、砦の方も着々と工事が進み、今や何人が攻めてきても攻撃できないほどに頑丈に高々と築かれていきました。そして夏の始まる三日前となった時には「砦の門」を残すのみとなっていました。

 

 神々はあわてました。そして集まって相談し

 

「一体、誰が女神フレイヤにヨーツンヘイムに嫁に行けなどと言えるのか。またどうやって太陽と月を奪ってきて、空と天とを破壊してまで鍛冶屋に与えるのか」

 

と話し合いました。もちろん妙案などあるわけもありません。

 

 そこで神々はロキに向かって、こんな悪い事を勧めたのは、いつものことながらお前だ、この取り決めが破棄になるような策を考えなければ、ろくな死に様にさせないぞと脅しました。これは神々の方が悪いですけれど、ロキは神々の剣幕を怖れて何としてもこの契約が破棄になるようにすると誓いました。

 

 その晩、いつものように鍛冶屋は馬のスヴァジルファリを連れて石を運ぼうと出かけていきましたが、その時森の中から一頭の美しい牝馬が現れて、スヴァジルファリの方に駆けてきていななきました。スヴァジルファリは、その牝馬を見てその美しさに目がくらみ、大暴れをして手綱を引きちぎり牝馬の方に駆けていってしまいました。あわてた鍛冶屋は、必死に馬を追いかけ捕まえようとしましたが二頭の馬は一晩中駆け回り、ついに鍛冶屋はその晩の工事ができませんでした。そして翌日も同じような事態になってしまいました。

 

 鍛冶屋は工事が夏の日が来るまでには終わらないということを悟ると「巨人の正体」を表して怒りに燃えました。アース神たちは鍛冶屋が「山の巨人」だと知ると、誓約を破ってトールを呼び出しました。このとき、実はトールは怪物を退治に東へと行っていたのです。そして、この工事の期間中はトールを戻すことはないという誓約をしていたのでした。というのも巨人たちは、トールをもっとも怖れていたからです。

 

 トールは自分を呼ぶ声に、すぐに帰ってきました。そして鍛冶屋に報酬を払うことも許さなかったばかりか、巨人族の領地であるヨーツンヘイムへ帰ることも許さず、槌を振り上げるや巨人の鍛冶屋の頭を粉々に砕いてしまい、冥界の「ニヴルヘル」へと送ってしまったのでした。

 

 さて、あの鍛冶屋の馬スヴァジルファリを色香で惑わした牝馬というのは、実はロキが身を変えたものだったのでした。そのロキである牝馬は、その後もスヴァジルファリのところに通い、しばらくして「子馬」を生んだのです。その馬は八本も足があってどんな馬よりも速く走ることのできる、もっとも優れた名馬となってオーディンの馬となったのでした。

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