2009/05/19

ベートーヴェンの食卓(「ロッシーニの料理」part6)


※「ロッシーニの料理」より引用

「言い忘れましたが、コルク栓は使う前にブランデーで湿らせておくように。
理由は2つあります。第1に、ボトルの口をきちんと閉じるために栓を湿らせる必要があります。第2に、乾いた栓がワインに悪い味を移すのを防ぐためです。しばしばそれが原因で、ワインの質を落としてしまうのです」(父ジュゼッペ宛の手紙、1834326日付より)

トリュフとフォアグラをこよなく愛し、料理の創作に情熱を注ぎ、世界各国の銘酒とともに美食三昧の日々を送ったロッシーニ。成功者の特権と言えばそれまでだが、少年期にボローニャの豚肉屋に寄宿させられ、肉屋の主人になるのが夢だったというから、やはり筋金入りの食通なのだ。

「ロッシーニが毎日20 枚ビフテキを平らげ、すごく太っている」

とスタンダールの書簡(18201222日付)に書かれているから、ロッシーニは28歳の若さで周囲も驚く大食漢になっていた。ならば、同時代の有名作曲家は、どんな食生活を送っていたのだろう。ここで寄り道して、ベートーヴェンの食卓を覗いてみよう。

ベートーヴェンと親しくつき合い、寝起きを共にしたこともある指揮者イグナツ・フォン・ザイフリートによれば、楽聖の好物はパンをどろどろに煮たスープで、生卵を割り入れ、かき混ぜて食べていたという。

独身のベートーヴェンは、家政婦に料理をしてもらっていたが、癇癪を起こして追い出すこともしばしば。そんな時は自ら市場に出向き、値切りに値切って一番安い食材を仕入れ、嬉々として自炊した。

ある日、彼は

「料理という高貴な芸術に、素晴らしい知識を持つ証拠を見せてやろう」

と豪語して友人たちを招いたが、出てきた料理は

宿屋の残飯を連想させるスープ」と「煙突で燻(いぶ)したような焼肉」だったという。

弟子のシンドラーによれば、ベートーヴェンはスープのほかにジャガイモを添えた焼き魚、仔牛肉、パルマ産チーズを添えたマカロニも好物だった。

酒は「オーフェン」というハンガリー・ワインを好んだが、普段は安い混合酒をがぶ飲みし、それが原因で腸を悪 くしたという。夕方ビールを1杯グッとやるのが好きとの証言もあるが、これではそこらのオヤジと変わらない。

 食生活の点では、明らかに悪食のベートーヴェン。だが、彼は質実剛健なドイツ人気質の持ち主で、食に代表される現世的快楽よりも芸術的理想を追求するロマン主義的人間だったのである。

その対極にあるのが「食べ、歌い、恋する」快楽主義のラテン気質。その意味でも、ロッシーニとベートーヴェンは正反対の人間だった。

生卵を混ぜたパンのどろどろ煮スープが好物だったベートーヴェン。貧しかったから、と即断してはいけない。彼の住むウィーンは、ヨーロッパ屈指の食道楽と大食の都、肉の消費量も他の大都市の23倍に上り、一般市民も頻繁にレストランで食事をしていたのだ。

中産階級に属するベートーヴェンも、生活水準は中の上。それでも彼は、見かけの豊かさの背後にある精神の貧しさが我慢ならず

「食べ、飲み、お喋りをして歌い、下劣な音楽を鳴らす」

市民生活を心から軽蔑していた。

その不満は、ウィーンを席巻したロッシーニ作品にも向けられる。

「いまやロッシーニでなければ夜も日も明けぬ、ロッシーニ万歳の時代だ。腑抜けで下手なピアニストや歌手、駄作が横行するから本物の芸術が損なわれているのだ」

 それでもベートーヴェンは、ロッシーニの音楽的才能、とりわけ喜歌劇におけるそれを高く評価していた。

1822年、ウィーンを訪れた30歳 のロッシーニにベートーヴェンが投げた次の言葉は、それを裏づける。

「ああロッシーニ!
 あなたですね《セビリャの理髪師》の作曲者は。
おめでとう、あれは素晴らしいオペラ・ブッファだ。スコアを読んだが、実に愉快だった。イタリア歌劇が存在する限り、上演され続けるでしょう。あなたはオペラ・ブッファ以外のものを書いてはいけませんぞ。他の分野で成功しようと考えたら、それはあなたの天分を歪めることになります」

2009/05/15

医者(3)(2005年版)

ある朝、ベッドから起き上がろうとすると、膝に激痛が疾った。

 

これまでにない経験であり、原因にも特に思い当たる節がない。前日に、特別になにか足に負担のかかるような作業をした、ということもないのだ。時間を掛け、なんとかベッドから起き上がりはしたものの、依然として膝の痛みを感じた。

 

起きた瞬間のあの激痛ほどではないにしろ、普通に生活していても痛むし、まして膝を曲げたりすると、かなりの痛みが疾った。そしてこの時、それまで意識した事はなかったが、日常生活の中で膝を曲げる必要というのが、案外と多い事に気付いたのである。

 

これほど日常生活に支障があるような痛みは困るし、ましてやこうなった原因にサッパリ思い当たらないだけに、病院で診てもらうことにした。こうなっては「医者嫌い」などとは、言っていられない。

 

とはいえ、これまで厄介になる医者といえば、年に1度程度の風邪くらいだから内科くらいしか思い当たらず、ましてやこのような症状となると、そもそも何科を訪ねればよいかすら、よくわからなかっただけに

 

(ともかく「整形外科」とか「形成外科」というヤツだろうか?)

 

と、当たりを付けるところから始まった。

 

東京に出て以来(出る前もだが)、そのような病院の世話になることがなかったし評判すら聞いたことがないが、幸いにしてネットという便利なものがある時代だから、早速「市内医療機関」のページで検索をかけてみて、市内だけでも結構な数の「整形外科」やら「形成外科」があるのを知った。

 

その中で家から近くて、Webページのリンクが貼ってある、2つの医院のページを閲覧してみる。家からの距離はたいして変わらないし、Webページを見る限りはそれほどの違いはなさそうだから、どちらにすべきか迷った。

 

幸いにして両医院のページには、ともに「院長紹介」というリンクがあり、院長の略歴が書いてあるではないか。最初に見た方は「帝京大医学部卒」となっており、次に見た方は

 

「東大医学部卒、医学博士、東京大学附属病院勤務、米国xx修了」

 

となっていた。両者の違いとなる手がかりはこれだけだから、迷わず後者を選んだ事は言うまでもない。

 

早速、その病院に行き症状を伝える。その時分には、朝と比べると症状がかなり和らいでおり、足を曲げたりしない限りは、殆ど痛みが疾る事はなくなっていた。

 

「朝に比べるとかなり良くなったようですが、足を曲げたりするとまだかなりの痛みがあります」

 

と説明した。が、この症状については、医師にも原因がわからず

 

「理由はよくわからないが、たまにはそういうこともあるだろう・・・」

 

とのことで、念のためにレントゲンを撮ったが、これといった異常はなかった。

 

ところでワタクシは、片足に若い頃から長い付き合いのウオノメがあり、過去に医者に行ったり市販のスピール膏を使用したりしてきたが、一時的に芯が取れてもまた出来る、という繰り返しの結果

 

(どうせ治らないのだろう)

 

と、殆ど放置状態にしてきていた。が、せっかく整形外科に来たのだから、この際ついでに見てもらおうと思い

 

「実は今のと話は変わりますが、以前からウオノメがありまして・・・」

 

というと、その医師は

 

「どれどれ・・・ちょっと見せて」

 

と言い、足を乗せるための小さなテーブルを用意した・・・

 

そこで素足になり、その台の上に足を乗せようとした瞬間、例の激痛が走った。

 

「イテテテ・・・」

 

するとその医師は、実に嬉しそうに顔を輝かせた!

 

「ちょっと・・・今のをもう1回、やってみて」

 

(人の痛みも知らんと・・・)

 

と思いながら

 

「もう1回って・・・痛いんですけどね・・・」

 

「いいから、もう1回」

 

と、あたかもこちらが痛がるのを楽しむように、目を輝かせているのだ。そして数年来の宿痾である、このウオノメを見ると

 

「ほー。こりゃまた、立派なやつだなー」

 

などと、不謹慎にも感心しているではないか。

 

この時

 

(これが「学者バカ」というヤツか・・・「東大医学部出身」など、選ぶんじゃなかった・・・)

 

と後悔した。

2009/05/10

榛原

  鳥見山は、榛原町と桜井市との境界に聳える標高734メートルの山で「トウベ山」とも呼ばれいます。この鳥見山の中腹には、縄文時代から弥生時代の遺跡が広がっており自然公園となっています。

 

「日本書記」神武天皇四年二月条には

 

「霊畤(まつりのにわ)を鳥見山の中に立てて、基地(そこ)を号(なづ)けて、上小野(かみつをの)の榛原(はりはら)・下小野(しもつをの)の榛原と曰(い)ふ。用(も)て皇祖天神(みおやのあまつかみ)を祭りたまふ」

 

とあります。

 

神話・伝説上の人物である神武天皇が、天地の神霊を祭る場所を鳥見山に築き、そこを上小野榛原・下小野榛原と名付けたとされています。この「榛原」が現在の町名の由来となっていますが、江戸時代以前は「萩原」(はいばら)とも書いていたようです。

 

榛原町を始め、宇陀地方は「古事記」、「日本書記」に度々登場し、古代から重要な地域であることを知ることができます。

 

萩原:榛原の語源は榛(はんばみ)すなわち、はんの木といわれ、繁茂する意味を持っている。はぎはらの名は、いずれにしてもこの地方の開拓者榛原公と判断するのが、妥当と思われる。

 

摂津皇別二十九氏の中に榛原公とあり、新撰姓氏録には榛原公息長直人同祖大山守命の後也とある。また、秋になれば紅葉が池周辺はもとより、付近一帯の野原に萩の花が咲き乱れました。萩の花が咲く野原を萩原と呼んだところから、とする説もあります。

https://www.seeds-f.com/kawanishi.html


ポリネシア語による解釈

出典http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/

宇陀郡の北東部、宇陀山地の入り口にあたり、名張へ抜ける伊勢街道、高見峠から櫛田川上流へ抜ける本伊勢街道、柳生へ抜ける道、吉野へ抜ける道が交叉する交通の要衝です。この「はいばら」は「榛(はん)の木を伐って開いた場所」と解する説があります。

 

この「はいばら」は、マオリ語の「ハイプ・アラ」、HAIPU-ARA(haipu=place in a heap;ara=way,path)、「高い場所にある道路(が通る場所)」の転訛と解します。

2009/05/04

責任分界点(カップヌードル騒動)

 数日後(2008.11.18)、日清食品のWebサイトを確認する。

<インスタントラーメンを臭いの強いもののそばに保管すると、臭いが移ってしまう「移り香 (うつりが)」がおこる可能性があることが分かりました。みなさまには、ご迷惑とご心配をおかけしまして、誠に申し訳ありませんでした。

カップヌードルは、今年4月より紙製のECOカップに変わりました。それは、環境性、防湿性、強度、をより高めた、発売以来37年目の大きな進化でした。しかし、臭いへのバリア性という点から見ると、まだ100%の品質ではなかったのかもしれません。いま、100%の品質に近づけるために「移り香」に対するバリア性をより高めるECOカップの開発に取り組んでいます。さまざまな検証を通して、製品化できる目処が付きました。これから順次切り替えていき、みなさまのお手元にお届けしていきます>

なんとなく、今回の騒動の原因が見えてきたような感じだが、ワタクシ的には少し前から「カップヌードル犯人説」に疑問を持っていた。その2日後、神奈川県警から以下の発表がなされた(2008.11.20

「移り香」事案に関する警察・保健所等の調査結果について

<日清食品の「カップヌードル」などから、防虫剤成分のパラジクロロベンゼンが検出された件で、保健所などによる工場への立ち入り検査が行われたが、工場内におけるパラジクロロベンゼンの使用は認められなかった。また、各工場に保管されている同一ロットの製品サンプルについても検査が行われたが、同じくパラジクロロベンゼンは検出されなかった>

<また、藤沢市および横須賀市の事案について、117日、県警科学捜査研究所の鑑定結果等を神奈川県警が同月6日に発表した。これによると、容器から微量の防虫剤成分のパラジクロロベンゼンが検出されたが容器に穴などは確認できず、外部混入の可能性は低いとされており、またいずれも防虫剤を入れたたんすなどの近くにカップめんが保管されており、保管時に防虫剤のにおいが移ったとみられる>

 「カップヌードル」ユーザーであるワタクシは

「カップヌードル自体に、問題があったわけではなかったんだな」

と、ほっと胸を撫で下ろした。と同時にWebサイトを見ているうちに、濡れ衣を着せられた「カップヌードル」およびメーカーに対し同情を禁じえなかったのと、この騒動の元凶に対して沸々とした憤りが沸き起こってきた。

結果的には濡れ衣は晴らされたとはいえ、1ヶ月もの間に渡って消費者から疑惑の目で見られ、信用を大いに損なったメーカーの心情を思えば、心あるものであれば言葉も出ないというものではないか。一連の騒動で、メーカーには今後も不当に「負」のイメージが付いて廻る事は避けられないだろうし、当事者にとってはなんともやりきれないはずだ。

この件に限らず、明らかに自己責任の範囲内で起こった事故にまで、メーカーや公的機関に責任を求めてやまない厚顔無恥な御仁の近頃なんと多い事だろうか。自称「被害者」は、こうした相手の心情やら社会的な影響などを、慮ったことがあるのか?

この濡れ衣を晴らすため、あるいは身に降りかかった火の粉を払い落とすために、一体メーカーがどのくらいの宣伝費や人的労力、または対応のための余計な費用を使わなくてはならなかったのだろう。このような無駄な捜査や調査に奔走させられた、警察や保健所などの人的負担と掛かった費用にしても、恐らくは莫大なものを要した事だろう。

これらは言うまでもなく、我々の血税である。一人の愚か者の無知蒙昧に始まり、これだけの公的な機関や組織が無為に踊らされた顛末を見るにつけ、まことに開いた口が塞がらない。

自称「被害者」の「意図」は知る由もないが、自らの保管のミスが招いた事態という結果を見ると、悪意のないただの無知蒙昧だとしても重罪に値するが、なんらかの恣意的な悪意(ライバル会社による狂言?)や愉快犯的な悪質な悪戯かと疑われても仕方がない。

その後、スーパーなどの棚には

「インスタントラーメンを臭いの強いもののそばに保管すると、臭いが移ってしまう移り香が起こる可能性があるため、そのような場所には保管しないでください」

などと貼り紙がしてあった。こんなことはインスタントラーメンに限らずとも、小学生でも解るような常識中の常識であり、責任分界点を弁えないようなバカの相手をしていてはキリがないのである。

訴訟社会の欧米並みに、このような相手のことを考えない手前勝手なバカモノどもが横行する最近の風潮は、社会に不幸な混乱を招くばかりであり、まったくもって重罪に値するのではないか。