2009/07/04

自己実現の過程(東京劇場・第7章part4)

仕事人間というには程遠く人一倍の怠け者だけに、正直なところでは仕事よりも趣味の方を充実させるのが、自分の考える「良い生き方」だと思っているが、それでも仕事をせずに生きていけるわけはないし、人生の中で最も長い時間を費やすのであれば、やはり「良い生き方」をするために仕事の充実は欠かせないだろう。それが「仕事の方向性」に拘る理由であり、「少しでも高い報酬が欲しいは本音ではあるが、あくまで  それはプライオリティから言えば二番目、三番目以下であり、最も重要なのは何度も繰り返すように「自己実現」(self-realizationself-actualization」に繋がるのである。

 

言うまでもなく、需要と供給のバランスの上に成り立っているのが世の中であり、また仕事と言うものである。採用する企業の方は、常に現実の業務遂行に必要とする以上に、より高い能力を持った人材を要求するものだ。現実として「5」のレベルの仕事を「5」の実力しか持たない者に任せるような事は、まずない。「5」のレベルの仕事を任せるためには、最低でも「6」、通常は「7」か「8」まで要求する事も珍しくはない。この傾向は大手になればなるほど顕著であり、さらに要求のハードルが高くなって来る。

 

ITの世界では「なるべくなら関わりたくない業種」と言われるものがある。それは「医療」、「航空」、「金融」などで、どれもヘタをすると人命に関わるものだ。

 

また、官庁システムや金融や鉄道などのオンライン系、或いは携帯など通信キャリアも基本的には24×365止められないのが前提のシステムなので、止めたりしたら天文学的な損害を与えてしまうという大変な仕事だ。それは、損害の算出も出来ないくらいの途方もない大トラブルであり、単に一企業のみに止まらず下手をすれば国家的な損害にも繋がると言っても決してオーバーではない。そんなクリティカルなシステムだから、実際の業務遂行には「5」程度のスキルがあれば良いにしても、安心のためには「7」や「8」くらいのハイスキルが要求されるのである。

 

一方、技術者の立場としては、「5」のレベルの技術者が「5」の仕事をやっていては刺激も向上もなく、つまらないのは確かだ。だから「5」のレベルの技術者なら「6」や「7」のレベルの仕事を要求する。実際に与えられるのは「4」か、下手をすれば「3」以下の仕事が精々だから、なおさら求める傾向は強くなる。正味で「5」のレベルの技術者が、スキルシートや面接の場で「5」だと言っていては、運が良くて「4」程度、下手をすると「3」以下の仕事しか来ないから「5」の実態を「6」にも「7」にも膨らませて、それ相応の仕事を要求するのが技術者のプライドであり、また当然のテクニックともいえる。

 

とはいえ、あまりに大風呂敷を広げ過ぎても大抵はばれてしまうから、余程厚かましくない限りは一、二段のレベル上げが精々だ。あまり自らに下駄を履かせてみたところで、巧く騙し果せて入ったところで要件を満たす事は出来ないから、所詮は長く続くわけはない。この辺りが難しい駆け引きであり、大抵はクライアント企業の誘導に乗せられ、中途半端なところで妥協してしまうのである。

 

その結果が、実際に来る仕事は「4」や「5」となり、結果としてそれなりに辻褄があって来るというのが、現実的な実態ではないかと思われる。とはいえ実際の仕事選択の場面では、金儲け第一でレベル落ちのつまらない仕事でもギャラが良ければ受ける技術者もいるし、冒険嫌いの小心者などは好んでレベル落ちの仕事ばかりを選び、大過なく無難に過ぎ行く日常に満足して、終わってしまっているかも知れない。それはそれでその人その人の生き方だから、どれが良いとか悪いとか言うものではないと思う。

 

中には多少無理をしてでも、また金銭的に満足出来なくとも、あくまで内容重視で未知の分野に果敢にチャレンジを続け、(場合によっては早々にNGを出されたり)を繰り返している技術者も少なくはない。言うまでもなく、自分などは後者の典型である。殊に家庭を持たない自分などは、常に自分の事だけを考えていればいいわけだから、技術の向上と充実感だけを念頭において、こうした活動を出来る身軽さがあるのが強みだ。

 

(これまでやって来た範囲内で、ほぼ100%対応出来てしまうような仕事をやっていては、進歩も達成感もないではないか・・・)

 

という拘りが強かった。これまでも、職場が変わる時は「常に前の現場よりは、技術的に向上出来る環境」を求めて来たのである(むろん、結果として総てがそうなっているかは、また別次元の問題である)

 

現場の環境の中で、これまでに経験した事のないことがどれだけ経験できるか、それこそが譲れない必須条件なのであり、仮に上手く対応出来ずに直ぐにNGを出されようとも、それはそれで修行だと思っている。 

 

特に自分の場合は、若い頃は趣味を兼ねたマスコミ業界で一人気ままにやってきたから、真面目に働いてきた人との差は広がる一方だったのが偽らざる現実であり、そのようなことは百も承知なのである。かといって、今から過去を遡ってやり直すわけにも行かないのだから、過ぎた事を考えたり悩んでみても何も生まれない。そのような時間があるなら、考えるべきは「今後の行き方を、いかに充実させていくか」に尽きる。そのため自らの描く「良い生き方」をしっかりイメージして、キャリアプランの実現に向けて歩んでいかなければ、次のような顛末になってしまいかねない。

 

《神様はロバに30歳の寿命を与えようとしましたが、ロバは荷役に苦しむ生涯の長いのを嫌がったので、神様は18年分短くすることを約束しました。次いで、犬もサルも30歳を長すぎると言って辛がるので、神様はそれぞれ12歳と10歳分だけ短くしました。

 

そこに人間がやって来ました。人間が30歳の寿命が短いというので、神様はロバ、犬、サルから取った年齢分の18年、12年、10年の合計を人間に与えたので、人間の寿命は70歳になりました。人間はそれでも不満げに退いたのですが、それ以来人間は30年の人間の生涯を楽しんだ後、あとの18年は重荷に苦しむロバの人生を送り、続く12年は噛み付こうにも歯の抜けてしまった老犬の生活をし、後の10年は子供じみたサルの年を送ることになりました・・・》

2009/07/03

自己実現の過程(東京劇場・第7章part3)

少ない給料よりは、沢山の給料がもらえる方が嬉しいのは当たり前であり、誰しもそうだろう。金が沢山あればそれだけ贅沢が出来るし、贅沢まではいかなくとも暮らしが楽になり、気持ちにもゆとりが出来るのは間違いない。

 

が、これはプライオリティから言えば二番目、三番目以下であり、最も重要なのは何度も繰り返すように「自己実現」(self-realizationself-actualizationである。そして、ここで言う自己実現とは、ごくシンプルに「自己の素質や能力などを発展させ、より完全な自己を実現してゆくこと」に尽きる。その結果が、高収入に繋がるのであれば言う事はないが、それが伴わない高収入では意味がない。大事なのは、あくまで「自分の目指す方向性にマッチしているか」であるから、いくら単価が良くても方向性が著しくずれた仕事などは、受けるわけがないのだ。

 

例えば「3」と呼ばれるような仕事に従事すると、普通の会社勤めに比べ遥かに高給を手に出来るらしい。ごみ収集の仕事では年収1000万近くを稼げるというし、給食おばさんも14時間労働で実働年間180日と半分以上が休みなのに、800900万もの高収入を稼げるそうな(余談だが、東京都町田市の給食一食辺りのコストは929円で、うち780円が人件費に相当するため「子供たちは人件費を食わされている」と言われた)。また「みどりのオバサン」と称される学童擁護員などは、東京都江東区の例では「月給67万、年収800万超」などという、とんでもないデータも存在している。

 

恐ろしいことに、これらは単なる噂ではなく区会議員などによる調査結果だから、信憑性は高いのである。さらに、この仕事は「朝・夕で実働2時間半」で、中には年収1千万を超えている者すらいたというから驚くしかない。そして当然ながら、これも給食オバサン同様、週休2日で夏休みが40日もある。実働「180d×2.5h」を時給に換算すれば、実に2万円を超す。これらの数字がいかに常識外れであるかは、実際に真面目に働いて給料を稼いでいる人であれば、解りすぎて憤りすら感じるハズである。

 

一流企業の年収1千万プレーヤーといえば、大手商社や金融業(銀行・証券など)などが真っ先に思い浮かぶが、どれも毎日早朝から深夜まで独楽鼠のように目まぐるしく動き回っているのが実情だ。かつて、銀行マンから聞いた話では

 

「『銀行は夕方3時には窓口が閉まるから、楽なのに高収入でいいですね』などとよく言われるが、とんでもない。窓口が閉まったら仕事が終わりというわけじゃなく、夜遅くなるのは当たり前だし、管理職なんかは(終電がなくなり)タクシーで帰るなんてのも珍しくない。あれじゃあ年収1千万だとしても、全然割りが合わないよ」

 

と言っていたが、それでも年収1千万を超えてくるのはメガバンクなど大手の一握りのみで、地銀辺りでは夢のまた夢である。

 

一方の商社マンなどは、世界中を飛び回って残業100時間超えなどは当たり前な世界であり、年収1500万としても時給に換算すれば精々4000円程度だ。フリーのエンジニアでも、一流ならこのくらいは軽く稼ぐ。このように、一般の会社勤めで1000万近くを稼ぐとなると、一流上場企業でも40過ぎくらいにならなければ難しいことからすれば、前回の例に見た地方公務員のそれは「異常」ともいえる高待遇なのである。

 

勿論、一流の商社マンや金融マンともなれば、高学歴に始まりあらゆる分野で能力やスキルも段違いな人々であり、前記のお気楽な地方公務員なんぞとは真珠と砂利くらいの差異があるのだ。そう考えるなら、前記の地方公務員はなんの技術も要らないだろうに、いかに優遇され過ぎているかがわかる。

 

もっとも、給食オバサンやみどりのオバサンは論外だが、ごみ収集の仕事であれば機械に巻き込まれて指を切ったり、車に轢かれそうになったり爆発などの危険と背中合わせだろうし、ゴミの匂いも体に染み付いてしまって簡単には取れないだろう。そもそも「3K」と呼ばれる仕事をやりたがる人があまりいないだろうから、必然的に需要と供給のバランスや危険手当等の要素が絡み、こうした破格の設定になっているとも言える。し尿処理施設とか、火葬場の勤務もしかりである。

 

中には「そのような人が嫌がる仕事は、自分が進んでやるのだ」という奇特な信念を持つ人もいるのかもしれないが、例えばリストラの憂き目にあったものの大した技術も能力もなく、不承不承にこうした仕事に従事しているような人も、少なくないかもしれない。確かに、自分がそのような仕事はしたくないが、誰かがやってくれないと絶対に困るのがこうした3Kの仕事なのであり、それだからこその「特別待遇」といえる。

 

もっとも、先に挙げたような特別待遇は、あくまでも「一部の地方公務員」の例で、同じ職業でも民間企業の会社員の場合は、ビックリするほどの「低収入」なのである。

 

例)

・ごみ収集・・・公務950/民間400600

・給食調理員・・・公務800/民間350

・学校用務員・・・公務930/民間330

・公用車運転手・・・公務1100/ 民間300万(タクシー運転手)

・バス運転手・・・公務800/450

・地下鉄運転士・・・公務700/民間600

 

この読み物の趣旨は、公務員の不当に高い給料を羨んだり糾弾しようというものでは、まったくない。大事なのはあくまでも「自己実現」であって、誰が濡れ手に粟で儲けようが、それは自己実現とは無関係な話なのだ。だからワタクシなら、例え年収1000万だろうが「ごみ収集」は断じてやらない。それは「ごみ収集」という仕事が、自分の考える方向性とあまりにも懸け離れているためである。

 

ありえない設定だが、例えば「大手商社で年収2000万の商社マン」に採用されたとしても、これも絶対にやらない。理由は同じく、自分の考えている方向性とまったく違うからでもあり、また自分が「年収2000万の商社マン」の働きが出来るとは思わないからだ。

 

では「大手企業役員で、座っているだけで年収3000」だったら、どうか?

これは上の二つに比べれば、かなり心が動きそうだ。商社マンのように特に技能は必要ないし、3Kよりは楽そうである。だが結局、これも受けないだろう。なぜなら、技術者としての達成感がないからだ(これだけの収入があれば、それを元に起業すればいいだろうといった設定は、ここでは除外する)

 

拝金主義が蔓延る世にあっては、金儲けが目的で自己実現が手段に摩り替っている例も少なくないようだが、他人の生き方はともかく自らが自己実現を通じて「良い生き方」ができれば、それに越した事はないと思う。

 

「良い生き方」といっても「これが最高の生き方だ」というモデルはないから、あくまで「自分がイメージする良い生き方」ということになるが、それは「自らの描いたキャリアプランに、どれだけ近づけるか」に尽きる。

2009/07/02

自己実現の過程(東京劇場・第7章part2)

かくしてワタクシはユングに解を求め、辿りついたのが「集合的無意識(ドイツ語:Kollektives Unbewusstes」という概念だ。

 

《言語連想試験の研究によって「コンプレックス(complex」の概念を見出したユングは、個人のコンプレックスより更に深い無意識の領域に、個人を越えた集団や民族、人類の心に普遍的に存在すると考えられる、先天的な元型の作用力動を見出した。

 

元型の作用と、その結果として個人の夢や空想に現れるある種の典型的なイメージは、様々な時代や民族の神話にも共通して存在し、このため元型や元型が存在すると仮定される領域は、民族や人類に共通する古態的(アルカイク)な無意識と考えられ、この故にユングはこの無意識領域を「集合的無意識」と名づけた。

 

人間の行動や思考・判断は、自我と外的世界との相互作用で決まって来る面があるが、他方、集合的無意識に存在するとされる諸元型の力動作用にも、影響される面がある》

 

《ユングが提唱した分析心理学における中心概念であり、人間の無意識の深層に存在する、個人の経験を越えた先天的な構造領域である。

 

普遍的無意識」とも呼ぶ。「個人的無意識」の対語としてあり、ユングはジークムント・フロイトの精神分析学では説明の付かない深層心理の力動を説明するため、この無意識領域を提唱した。ユングは、集合的無意識に様々な元型の存在を認めたが、それらは最終的に自己(Selbst)の元型に帰着すると考えた。自己の元型は心(魂)全体の中心にあると考えられ、外的世界との交渉の主体である自我は、自己元型との心的エネルギーを介しての力動的な運動で変容・成長し、理想概念としての「完全な人間」を目指すとされた。

 

このように、自我が自己との相互作用で成長し、球的完全性へと向かう過程を、ユング心理学(分析心理学)では「個性化の過程」あるいは「自己実現の過程」と呼んだ。個性化の過程において、自己元型は「影」の元型や「アニマ・アニムス」の元型、あるいは「太母(Great Mother」や「老賢者(Old Wise Man」の元型として、力動的に作用する》

出典Wikipedia

 

一人の人間を考えてみると、意識は自我を中心にある程度統合性を持っており安定している。それゆえ、一人の人格として成り立ち「私」と言えるし、また外界も「私」を認識してくれる。このように、人間はある程度安定しているものですが、その安定を崩してまででも「より成長しよう」とする傾向がある。これは個人だけでなく、社会にも言えることだ。

 

まず何かに向かって邁進し、やがてそこで安定する。そこで終わればよさそうなものだが、そのままでは成長がないわけだし、そもそもそれでは成り立たなくなってくるので、その安定を壊してでも成長する事、変容する事が望まれるのである。前の安定に縋る事で、次の時代で滅びることもあるだろうし、悩んでいる人というのは、その間で悩んでいるのかもしれない。人生のどこかで変容する事を要求され、それを経ることが人間としての成長することになる。

 

《で、このような「個人に内在する可能性を実現し、その自我を高次の全体性へと志向せしめる努力の過程」をユングは『個性化の過程』、あるいは『自己実現の過程』と呼んでいます。

 

噛み砕いて言うと「人生を通して自分でも知らない、それでいて心の奥の方に内在する、そんな究極の理想像のようなものに近づいていく過程」、そういう風にも言えるでしょうか。あるいは違う見方をすると、病気に苦しむ人、何らかの問題に悩む人、そういう人たちも、それらの問題を通して本来なるべき自分の理想像に気づき近づいていく、そんな仕事に取り掛かり始めているのかもしれません。今の(あるいは、今までの)安定を壊す事で、次のステップに進もうとしているわけです》

 

《ある人の意識が安定した状態であっても、つまり自我が変更する必要を感じなくても、ある時、無意識下の内的問題や現実世界の外的問題により、自らが変化することを強要されることがあります。

 

価値観の崩壊と再構築」とか「生き方の変更」とか、「誰かを赦すこと」とか「認めたくないものを認める」とか、色々あるでしょう。更には内的に出てくるものもあれば、外的に突きつけられる場合もあるでしょう。

 

中年の危機」といわれるものも、この類かもしれません。ある程度の地位を築き、自分でも世間でもある程度社会で成功を収めたり、社会に適応していると思っている人でも、ある日突然に説明のできない不安に襲われる場合もあるでしょう。

 

あるいは、長年適応した社会に新たな価値観が現れ、それとの適応を急に迫られ困る場合もあるかもしれません。前者は、内的に深い部分からの要求であるように思いますし、後者は外的な要求のように思います。これは自我にとっては非常に理不尽で辛いことですが、それでも問題が投げかけられてしまいます》

 

《「変われ」、「適応せよ」と要求されます。その要求は時に内的であったり、時に外的であったりします。このように、心は(あるいは魂は)自我の崩壊や既存の価値観の崩壊という危険を冒してまで、ひとりの人間としての成長を要求したりします》

 

《そして、これを考えるとき、ユングは『自己』の概念を構築しました。ユングは自我が意識の中心であるのに対し、自己は意識と無意識を含んだ「心の全体性」であると考えました。自己は「意識と無意識の統合機能の中心」であり「人間の心に存在する二面性を統合する中心」とも考えられます。

 

ユングは、ある論文の中で「二重人格として生じるものは、新しい人格の発展の可能性が何らかの特殊な困難性のために妨害され、その結果、意識の障害として現れたものである」と述べています>

2009/07/01

自己実現の過程(東京劇場・第7章part1)

東京に出てきて、5年の歳月が経過した。

 

「果たして、東京に出てきた意味があったか?」

 

5年という歳月の経過に気付き、愕然とする。この間、大した進歩があったわけではない。正確にはそれなりに進歩した部分はあったし、それなりに意味を見出すことも出来るが、それが「5」という歳月に見合うものかとなると、正直自分でも疑問符を付けざるを得ない。疑問符と言うよりは、当初の想定に照らせば明らかに不充分である、と結論付けるしかないのである。

 

「そもそも自分は、何のために東京に出てきたのか?」

 

といえば、言うまでもなく「自己実現」のためである。

 

東京なんぞは、この際(というよりは、最初から)どうでもいいことなのだ。大事なのは「自己実現」であり、それが出来るならば特に東京でなくてもどこでも良かったのだが、IT技術者としての自己実現を達成するためには、ITプロジェクトや企業などの中枢機能が集中している東京が土俵としては最も相応しいのは、一目瞭然だったに過ぎない。

 

「自己実現」という言葉が、甚だ漠然としてつかみ所がないのだが、つまるところ「よい生き方」のことだと思っている。

 

自己実現にも色々な理論があるが、真っ先に浮かぶのが「マズローの自己実現理論」であろう。

 

《マズローは、人間の基本的欲求を低次から

1. 生理的欲求

2. 安全の欲求

3. 所属と愛の欲求

4. 承認の欲求

5. 自己実現の欲求

 

5段階に分類した。

このことから「階層説」とも呼ばれる。

 

また「生理的欲求」から「承認の欲求」までの4階層に動機付けられた欲求を「欠乏欲求」とし、「自己実現の欲求」に動機付けられた欲求を「成長欲求」としている。

 

人間は満たされない欲求があると、それを充足しようと行動(欲求満足化行動)するとした》

 

学生時代に、この「マズローの欲求段階説」を習った時に、実のところ違和感を憶えずにはいられず、この理論に自らを当て嵌めてみた。

 

1)生理的欲求・・・生命維持のための食欲・性欲・睡眠欲等の本能的・根源的な欲求 (2)安全の欲求・・・衣類・住居など、安定・安全な状態を得ようとする欲求

3)所属と愛の欲求・・・集団に属したい、誰かに愛されたいといった欲求

4)承認の欲求・・・自分が集団から価値ある存在と認められ、尊敬されることを求める欲求

5)自己実現の欲求・・・自分の能力・可能性を発揮し、創作的活動や自己の成長を図りたいと思う欲求

 

この中で(1)と(2)は文句なしで(4)についてもわからなくはないが(3)については、どうも自分には希薄だと思えた。

 

「誰かに愛されたい」という気持ちは確かになくはないが、所属愛のようなものとは希薄だ。ところが、マズロー理論では

 

《欲求には優先度があり、低次の欲求が充足されるとより高次の欲求へと段階的に移行するもの、とした。また最高次の自己実現欲求のみ、一度充足したとしてもより強く充足させようと志向し行動するとした》

 

とあるから(3)を実現しないままに(4)や(5)の欲求が強い自分をどう考えるべきか、少し悩んだ。勿論、この「マズロー理論」が、都合のよいビジネスモデルであり《個人的見解、あるいはごく限られた事例に基づいた人生哲学に過ぎず、普遍的な科学根拠や実証性を欠いているのではないか、という疑問も呈されている。

 

例えば(1)~(4)の「欠乏欲求」が満たされていても、(5)の「成長欲求」の満足を求めず生活の安定を求める労働者の例。これは、欠乏欲求が十分に満たされていない(十分に自尊心が育まれていないなど)ために、自己実現の欲求が現れていないとも考えられる》といった批判に代表されるように、モデルとしてはピラミッド型で非常にわかりやすかったが、どうにも納得がいかなかった。

 

《心理学の中でも、最も有名な理論の1つです。非常に明快で分かりやすく応用範囲も広いので、心理学の分野に限らずビジネスの分野でも重用されています。特に人事関連のビジネス書では定番ですね。経営組織論やモチベーション理論を語る場合は、まずはマズローのピラミッド状の階層図が登場します。

 

この理論は「なるほど!」と納得させる説得力があります。でも、このように有名になりすぎた理論は、必ず落とし穴があるもの。どのビジネス書を見ても、これは間違いのない理論であるかのように書かれており、これを前提に話が始まっています。それだけに、この理論を出した途端に誰もが思考停止に陥ってしまって、その枠に却って縛られているようです》

 

不覚にも当時のワタクシもまさに、この「思考停止」寸前の状態に陥っていた。

 

《マズローは欠乏欲求、成長欲求を質的に異なるものと考えた。この欠乏欲求がかなりの程度満たされると、終局的に自己実現の欲求が現れるという。自己実現を果たした人の特徴として

 

      客観的で正確な判断

      自己受容と他者受容

      純真で自然な自発性、創造性の発揮

      民主的性格、文化に対する依存の低さ(文化の超越)

      二元性の超越(利己的かつ利他的、理性的かつ本能的)

 

などを挙げている。

 

自己実現を果たした人は少なく、さらに自己超越に達する人は極めて少ない。数多くの人が階段を踏み外し、これまでその人にとって当たり前だと思っていた事が当たり前でなくなるような状況に陥ってしまう、とも述べている。また、欠乏欲求を十分に満たした経験のある者は、欠乏欲求に対してある程度耐性を持つようになる。そして成長欲求実現のため、欠乏欲求が満たされずとも活動できるようになるという(一部の宗教者や哲学者、慈善活動家など)

 

晩年には「自己実現の欲求」のさらに高次に「自己超越の欲求」があるとした》

 

《人の欲求は低次元から高次元に移行していき、逆戻りしないし一足飛びに高度化しないというのは、本当でしょうか。現実に当てはまらない例が、いくらでもあります。

 

例えば、有名な俳優が無名の下積み時代に、1日にりんご1個の極貧生活でありながら自分が舞台で主役を演じること夢見て、レッスンに励んでいたという事例。この俳優は、1から4の欲求が満たされていないのに、5の自己実現の欲求に突き動かされて行動しています。

 

また高級官僚が、多額の退職金を受けた上に特殊法人の幹部に天下りし、不採算部門の改革をするでもなく、現状維持と保身ばかり考えている事例。1から4までの欲求が収入や社会的地位という形で保証されても、欲求が高度化する気配がまったく見えません。却って低次元の欲求が満たされたばかりに、それに安住し腐敗と堕落が起きています。

 

まだまだ、あります。貧しい生活ながら、創造性豊かな絵画を描き続けた画家。有名になったら、作品を書かなくなってしまった小説家。マズローの理論には、明確な根拠なしとする批判もあります。

 

マズロー自身の出したオリジナルデータも、当てにならないソースでした。彼自身が自己実現していると判断した少人数をピックアップして、その人の伝記を読んだり話を聞いたりして、自己実現とはどういうことかを結論付けました。その少人数とは、リンカーン、アインシュタイン、ガンジー・・・とても科学的とは言えません。

 

マズローは心理学の実証データを元に理論を構築したというより、人間はこうあるべきだという自分の人間観をベースに、この理論を作ったようです。この5段階説は、我が身を振り返るときの人生哲学の1つとして捉えた方が、良のではないでしょうか》

 

ある受験予備校は「合格者返金制度」を打ち出した。報奨金の獲得を励みに、受講生を発奮させようとの狙いだ。しかし不合格者からは、高額の受講料を取られっぱなしの上に、合格もできなかったという二重の不満が爆発することになった。その予備校は、人知れず「合格者返金制度」に変更した。

 

「あの作家は、無名時代に独創的な作品をたくさん書いていたが、文学賞を受賞した途端にろくな作品を書かなくなったなぁ」

「だって一生懸命小説を書かなくても、高く売れるようになっちゃったからね・・・」

2009/06/05

芦屋と六麓荘町

  芦屋市は兵庫県の南東部に位置し、南には大阪湾を臨み西に神戸市、東に西宮市と隣接しています。市域を芦屋川が流れ、北部には六甲の山々が連なるなど自然豊かな住宅都市です。

 

阿保親王や在原業平ゆかりの地として、万葉集を始め多くの和歌集に詠われ、大正以降、関西の事業家が豪邸を多く建設したこともあり、阪神間の高級住宅地として知られています。市域には、今から約2万年前から人が住んでいます。

 

市内最古の住居跡が見つかっている山芦屋遺跡からは、約8千年前の土器が発掘されています。この頃は、まだ狩猟や植物採取を中心とした原始的な生活でしたが、弥生時代に入ると農耕へと生活様式が変わります。平地や高地に多くの集落跡が発見され、中でも会下山の中腹で発見された集落跡は高地性集落と呼ばれるもので、竪穴住居のほか高床式の倉庫や祭祀場の跡も残っています。

 

また、古代の氏族の始祖や系譜を記した書物には、芦屋漢人(あしやのあやひと)という名が見られ、市域が古墳時代の渡来人による先進文化の地であったこともうかがえます。

 

平安時代の歌物語で知られる「伊勢物語」には、芦屋の別荘に住んでいた在原業平と思われる主人公が、京の都から訪問者を「布引の滝」ヘ案内したことが描かれています。その他「万葉集」をはじめとする歌集に、よく芦屋の美しい自然が取りあげられ、古典文学にその名を残しています。

 

中世には、楠木正成と足利尊氏の打出・西宮浜合戦や松若物語で知られる鷹尾山の悲劇など、市域はしばしば戦場となります。戦国時代末期になると、こうした戦乱も次第に収まっていったこともあり、打出・芦屋・三条・津知の4つの村が形成されました。

 

江戸時代に入ると封建制度の確立に伴い、市域は尼崎藩の支配下となりました。この頃から新田開発が活発に行われ、人々の暮らしは安定していきました。

 

芦屋と六麓荘町

明治維新後の1871年、廃藩置県により、芦屋村・打出村・三条村・津知村の4村が兵庫県の管下に入り、1889年の市制・町村制施行によって、4つの村が合併して「精道村」となりました。その後、交通機関の発達によって、田園豊かだった市域も住宅都市への歩みを始めます。

 

1905年に阪神電車が開通し、芦屋と打出に駅が置かれると、1913年に国鉄(現JR)芦屋駅、1920年には阪急電車が開通し、1927年に阪神国道も開通しました。1940年、精道村から芦屋市へと変わり、戦後の1951年には「国際文化住宅都市」に指定されました。

 

芦有道路と奥山の開発、下水道事業・区画整理事業・国道43号などの基盤整備が進められ、1975年の芦屋浜埋立地(芦屋浜シーサイドタウン)が完成するなど、めざましい発展を遂げていきました。

 

芦屋の名前の由来は、諸説さまざまですが「葦葺きの(粗末な)家」や「葦の茂ってる風景が美しい」ことに起因するといわれています。

 

六麓荘町(ろくろくそうちょう)は、兵庫県芦屋市にある高級住宅街の名称。神戸・大阪の市街と海を俯瞰する六甲山地の南東麓斜面の海抜200mから250m地点という立地条件で、芦屋市の自然環境の一部分を形成している。

 

六麓荘町は、芦屋が全国に有名になった高級住宅地である。昭和3年くらいから開発され、名前の由来は

 

「風光明媚な六甲山の麓の林の中に作った別荘地」

 

と言う事らしい。

 

東京都の田園調布と共に日本屈指の高級住宅街の一つとされており、町内には数千坪の豪邸が点在し、マスコミなどで取り上げられる有名人の多く住む田園調布に対し、六麓荘町には企業家・資産家が多く住む。

 

東隣には、西宮市との市境を隔てて、同じく高級邸宅街である「苦楽園」がある。西宮七園(甲子園、昭和園、甲風園、甲東園、甲陽園、苦楽園、香櫨園)については、機会があれば別途採り上げるかもしれない。