2015/12/11

タコ坊(小説ストーカーpart1)



●ラッキーボーイの場合 
 毎日見慣れた顔ぶれの中で、密かに「タコ坊」と名づけていた禿のオジサンがいた。

 年の頃は30代半ばから後半くらいか、額が禿げ上がった小太りの、まあひとことで言えば風采の上がらないオッサンで、眉間に皺を寄せて不景気そうな表情をしているのが常だった。

 もっとも、その時間の電車はいつも満員のぎゅうぎゅう詰めだったから、眉間に皺を寄せて不景気そうな表情をしているのは、必ずしもそのオッサンだけでもなかったが。

 勿論、この「タコ坊」が最初から、特に「ラッキーボーイ」の注意を惹いたわけではない。

 強いて言えば「タコ坊」が何故かいつも、あの不景気そうな顔をこちら側に向けて立っていたり、またやけにこちらの立っているのに近いところに、さりげなく寄ってくる(?)のが気になっていたくらいで、単純に

 「ウぜーな・・・」

 という程度のものだったが、なにしろ「ラッキーボーイ」としては、そのような経験はそれこそ掃いて捨てるほどにあったから、当初こそは 

 (またか・・・)

 という程度の認識であった。

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●タコ坊の場合 
 「ちっ、くそだーけが!
 あのクソオヤジめ、文句ばっかり言いやがって。
 そんなに、オレのことが憎いのか、あんにゃろー。
 あー、あんな不景気なクソ工場なんて、今直ぐにでも辞めちまいたい・・・とはいえ、底辺三流高卒のオレじゃ、工場くらいしか雇ってくれそうもねーしな・・・あー、まったく、おもしろくねー」

 この日も、勤務する印刷工場で職長のオヤジに怒鳴られ続け、また「世の不幸を一身に背負ったような」根暗な表情を浮かべていたタコ坊。

 電車を待つホームで、タコ坊の目に一人の若い女が目に入った。

 「お・・・綺麗なね~ちゃんじゃねーか。
 まさに、オレ好み・・・」

 とはいえ、かつて電車の中で「痴漢と間違われた」前科があるだけに、あまり近付かないように気を付けねばならん。

 こうして、毎日職長のオヤジにどやし付けられる恨みを蓄積しているオレにとって、帰りの電車で見かける彼女は何一つ面白いことのない日常における、たったひとつの「希望の灯」なのだ。

 その病は日を重ねる毎に、いよいよ膏肓に入ったかもしれん。

 ところが、そうして帰りの電車に「彼女」と一緒に乗ることに喜びを見出して1週間くらい経ったころから、不思議なことに気付いた。

 前にも書いたように、本音を言えば彼女に近付きたいのはヤマヤマだったが、かつて「痴漢扱いされて、危うくしょっ引かれるとこだった」前科に懲りていたオレとしては、遠慮してひとつ離れたドアのところで待つことを日課としていたのだ。

 ところが、常にホームの先頭付近に立っている「彼女」は、ドアが開くと一目散にこちら側のドアに近い方まで移動してくるのである。

 こっちが接近せずとも、わざわざ向こうからこちらに寄って来てくれるのは大歓迎なのだが、そこから「彼女」の姿は前に立ちふさがっている、肩幅の広そうな男の背後に隠れて見えなくなってしまうのだ。

 さて、こちらから見て「彼女」の前に立っている男というのは、20代前半か半ばくらいの若者で、これが判で捺したように毎日同じパターンなのだった。

 といっても、その男は自分や「彼女」が乗る駅では、既に「車中の人」であったから、大凡は名古屋駅辺りから乗っていると思われたが、その順序から言って「彼女」の方が、あの男の後ろを陣取っていることは認めないわけにはゆかぬ

 とはいえ通勤電車での行動というのは、これまでにも密かに観察してきたところでは、どうしても「パターン化」するものだから、彼女のあの行動にも特に大した意味はないのだろう、と思っていた。

 単に、こちらとしてはあの邪魔な男のせいで、彼女の姿が見えなくなってしまっているのが恨めしいだけだった。

 (こっちのドアからだと、彼女が男の背後に隠れてしまう・・・だったら、反対側のドアから乗るか・・・いや、しかしそうなると乗ってからの移動距離が長くなるし、あの満員電車の中をそんなに移動するのは目立ちすぎるからな・・・)

 などと、懸命に(無い)知恵を絞りながら、なんとか彼女に近付いてその姿を観察したかった。

 こっちから見ると、あたかもその男の背中に隠れるように接近している姿から、当初はてっきり恋人同士かと勘違いしたものだ。

 が、二人の間には会話の気配はおろか、なにしろ男の方は全く振り返りもしていない様子から、赤の他人であるのは間違いないと判断できた。

 という以前に、男の方はまったく「他の何かに気を取られたみたいに」彼女の存在にすら、気付いてすらいないように見える。

 そのような状態が、数日繰り返された。

 お目当の彼女は、依然として例の男の方の後ろにピッタリと、まるで「背後霊のように」頭を埋めるような姿勢だから、こちらからは彼女の姿を拝むことはまったく出来なかった。

2015/12/07

淡路島『古事記傳』

神代三之巻【大八嶋成出の段】本居宣長訳(一部、編集)
口語訳:そこで地上に帰り、もう一度天の御柱を廻った。今度は伊邪那岐命が先に「ああ、いい女だ」と言い、その後で伊邪那美命が「ああ、いい男だわ」と言った。それから交合して、最初に淡路島を生んだ。

次に伊予の二名の島(四国)を生んだ。この島は四つの面があり、それぞれに名前が付いている。伊予の国を愛媛と言い、讃岐の国を飯依比古と言い、阿波の国を大宜都比賣、土佐の国を建依別と言う。

次に隠岐の(三つ子の)島を生んだ。次に筑紫の島(九州)を生んだ。この島も四つの面があり、それぞれに名前がある、筑紫の国を白日別と言い、豊の国を豊日別と言い、肥の国を建日向日豊久士比泥別、熊襲の国を建日別と言う。次に壱岐の島を生んだ。この島は、別名を天一つ柱と言う。

次に対馬を生んだ。この島は別名を天之狹手依比賣と言う。次に佐渡島を生んだ。次に大倭豊秋津嶋(本州)を生んだ。この島は別名を天御虚空豊秋津根別と言う。こうして八つの島を生んだので、(日本のことを)大八洲の国という。

反降(かえりくだり)は、天神の御所から帰って、おのごろ島に下ったのである。この言葉は、倭建命の段にも「還り下りまして」とある。若桜の宮(履中天皇)の段にもある。

○更往迴云々は「サラニかのアメのミハシラをサキのゴトゆきメグリたまいき」と読む。【「如レ先」を書いてあるままに下に読む(行き廻ること先の如し)のは、我が国の言葉でない。漢文である。我が国の言葉と漢文では、語の上下が入れ替わることが多い。注意すべき点である。】

○御合は「みあいまして」と読む。前記の「美斗能麻具波比」のことである。続日本紀十の巻に「伊波乃比賣命皇后止御相坐而(イワノヒメのミコトとミアイまして)」とある。【「みあわせ」と読むのは、古語を知らない誤りである。俗に「見合わす」と言うことがあるが、それは親が子に「お見合い」をさせることであって、自分で会うのではない。】

淡道之穗之狹別。淡道は南海道の淡路の国のことで、和名抄に「あわじ」、書紀の應神天皇の歌に「阿波ジ(旋の字の疋を尼に置き換えた字)辭摩(あわじしま)」とある。【後代は国となったが、なお淡路島と言い習わしていた。隠岐、佐渡もそうである。】

名の由来は、本州から阿波に渡る途中の島ということである。【「京路(みやこじ)」、「山跡路(やまとじ)」などは普通に言うが、万葉には「筑紫路(つくしじ)」、「土左路(とさじ)」などの語もあり、「山跡路之嶋(ヤマトジのシマ)」とも言うので、「阿波道の嶋」の意味であることは疑いない。また「対馬(つしま)」の名の意味も似ているのを想起せよ。】

ところで、以下に続く島々の名前を考えると、この島の名も「淡路島、またの名は穗之狹別」とありそうなものだが、この島だけは、いにしえからまたの名を続けて言っていたものらしい。「穗之狹」の意味はよく分からない。【だが強いて解釈するなら、初めに生んだ島なので、稲穂も最初に生えたと思われ「穂の早(さ)」を言うのではないだろうか。早(さ)は早蕨(さわらび)、早穂(わさぼ:早稲の穂)などの「さ」である。】別(わけ)は皇子の名前に多い。そのことは日代の宮(景行天皇)の段【伝廿六の四葉】に言う。延喜式に出雲国出雲郡の比古佐和氣(ひこさわけ)神社の名がある。「狭別」の一例である。