2010/03/29

品川

品川は、古くから開けた川湊で元暦元年(1184)に初見する。品川御殿山(谷山→やつやま)は、江戸城に拠る前に太田道灌が館を構えた所で、江戸に城を築いたのと同じ理由、つまり経済立地に目をつけて館を置いた。戦国時代から、川を境に村は南北に分かれて開けていたようで、元禄のころ川を境に明確に北品川宿・南品川宿となった。

 

「お江戸日本橋七つ立ち初上り」の東海道中の初駅(第一宿)に指定され、江戸からの取っ付きが『め組の喧嘩』の舞台「土蔵相模」だ。京都からは東海道の五十三次目の駅で、江戸の玄関口として送迎の場だった。芝高輪から大井村まで約2kmに渡り海に沿った細長い宿場町で、宿場でありながら御殿山、品川の浜、東海寺、海晏寺、妙国寺、品川寺、荏原神社、品川神社など神社仏閣が甍を競い、春は桜、夏は潮干狩り、秋の紅葉と季節ごとの行楽地でもあった。

 

どういう理由によるものか判らないが、江戸から2里の距離ながら飯盛女(売春婦)を置くことが許されていた。本来は旅人のために特別に許可されていたのだが、近辺に寺と武家屋敷が多かったことから、これらの関係の客筋が多く、特に芝増上寺の僧侶、薩摩屋敷の侍たちが目立ち、だから遊郭とまで格式は高くないが江戸男の手近な遊興の場でもあったのだ。

 

南北両品川宿には、飯売旅篭屋・平旅籠屋・水茶屋・煮売渡世・餅菓子屋・蕎麦屋・煙草屋・酒屋・寿司屋・小間物屋など、当時の宿内を物語る商店が約1600店舗も立ち並び、そこに住んでいた人7000人という非常に活気のあった町だった。八ツ山から一心寺辺までが「歩行新宿(かちしんしゅく)」、一心寺辺から目黒川までが本陣のあった「北品川宿」川から天妙国寺前辺りまでが「南品川宿」だった。

 

品川は農村で特産品の「品川蕪」、「品川葱」、「品川人参」があったことは忘れまい。特産品の外にも大根・牛蒡・漬菜・小松菜・キャベツ・菠薐草(ほうれんそう)・甘藷(かんしょ)・馬鈴薯(ばれいしょ=ジャガイモ)・胡瓜(きゅうり)・白瓜・冬瓜(とうがん)・西瓜・南瓜(かぼちゃ)・茄子(なす)・独活(うど)などが栽培され、また大豆・小豆・黍(きび)・玉蜀黍(とうもろこし)・隠元豆・豌豆(えんどう)・蚕豆(そらまめ)などの穀類も栽培されていた。

 

品川に伝わったネギは関西系らしく、冬場は寒さに弱いため地上部の葉は枯れてしまった。ところが、土中に埋まっていた葉鞘が美味しかったことから、白い部分の長いネギに改良され「根深ネギ」として好まれるようになった。おそらく砂村系だろう。

 

品川蕪は根がやや長く、江戸時代には冬を越して春まで食べる漬物の材料として、品川から荏原にかけ大量に作られていた。長蕪は学術的には北方(シベリア)系で、来歴などは不明だ。縄文人が作っていたか、元々自生していたものを古い時代に改良した物かもしれない。

 

品川人参」は「大井人参」の系統だ。もともと品川浦は、古くは品川湊と呼ばれ海上交通の要地として船舶の繋留地だったため、漁村としての形を留めてなかった。猟師町の寄木神社境内に建っている「江戸漁業根元之碑」には

「品川浦の漁業は、豊臣の遺臣本田九八郎の一族がここに定住して漁師になり、瀬戸内海の漁法を伝えた」

と記されているが、御菜肴八ヶ浦の一つの漁場として発展したのは江戸時代以降のことだ。

 

御菜肴浦は、漁撈した鮮魚を江戸城の御膳所に献上する義務を持たされた漁場で、江戸湾44ヶ浦の漁業上の元締めとなって、漁撈の優先的な特権を持っていた。初め本芝・芝金浦の両浦だったが、後から品川浦が加えられて三ヶ浦とし「元浦」と称えたが、後に御林・羽田・生麦・神奈川・新宿が追加され八ヶ浦となった。

 

19世紀初頭の記録によると、品川猟師町は二人乗り18艘、三人乗り35艘、計53艘、大井御林町では三人乗り20艘、四人乗り25艘、計45艘の魚舟が在船していた。これらの舟によって水揚げされた日々の漁獲物は、江戸小田原町、芝金杉、本芝町の魚問屋に直接送り、外売りは一切行わなかった。

 

では、どんな魚介類が水揚げされていたのかを天保十四年(1843)の『宿方明細書上帳』で拾うと、「四ツ手網」「手繰り」「地引」「釣り」などの漁法により、鯒(こち)、鮃(ひらめ)、芝えび、鯊(はぜ)、白魚、鮎魚女(あいなめ)、烏賊(いか)、小鯛、鱚(きす)、石持、鰻、鯔(ぼら)、細魚(さより)、鰈(かれい)、魴(ほうぼう)・あかえい・鰆(さわら)、穴子(あなご)など、今日では想像もつかないほどの多種多様な魚が漁獲されていたらしい。

 

当然「袖ヶ浦の潮干狩り」と言われたほど、赤貝・蛤(はまぐり)、馬鹿貝、浅蜊(あさり)、牡蠣なども多く取れていた。袖ヶ浦とは品川浦の別称、一名「竹柴の浦」ともいう。浦の形、衣の袖に似たる故に、土俗に称するなり。往古は芝・金杉辺より南の方、大井村境迄総て竹柴の浦と呼ぶ。

2010/03/01

バンクーバー・オリンピック名場面集

バンクーバー・オリンピックが終わった。

 

これまで、女子フィギュアスケートや浅田選手については書いてきたが、その他で印象に残った選手を挙げる。

 

安藤(フィギュアスケート・女子)

ご存知の通り、前回のトリノ・オリンピックでは中野ら有力選手を押し退けて「疑惑の先物買い」で代表入りを果たしながら、ボロボロの演技で惨敗した。「年齢制限」がなければ当然、安藤ではなく浅田が出ていたはずである。

 

その後、4年間の紆余曲折を経て、戻ってきた二度目の舞台だ。前回からの経緯、そしてマスコミの騒ぎや多くの人々の期待も浅田に移り、安藤にとっては前回とは違い、非常に良い環境で迎えることが出来ただけに、心情的には是非とも「メダリスト」という形の結果を残して貰いたかったが、正直なところ最初からあまり期待していなかった。  話は逸れるが、あの毒々しい化粧と衣装のセンスの悪さは、何とかならないものか? 

 

鈴木(フィギュアスケート・女子)

安藤よりも密かに期待していたのが、この鈴木だ。じっくりと演技を見たのは、昨年のグランプリシリーズが初めてだったが、安藤やら「疑惑の金メダリスト」からは、まったく感じたことのなかった「心に響く」ものがあった。正直、ビジュアル的には好みから大きく外れてはいたが、ひとたび演技が始まるとあの体全体から喜びが溢れるような躍動感と、力強い表情の魅力にはすっかり驚かされたものだ。

 

3人の代表の中では最も地味な扱いだったが、オリンピックの舞台においても鈴木には他の選手にはない独特の「輝き」を感じたし、久しぶりにエキサイトさせてもらった。  月並みな感想になるだろうが、フリーでは最終滑走の長洲とともに最も楽しく見させてもらった。

 

高橋(フィギュアスケート・男子) 

実を言うと、これまでフィギュアスケートは女子シングルしかまともに見たことがなかったから、男子はこの大会が初めての観戦である。キム・ヨナの「演技力」がバカ高い評価を得たようだったが、よく言われるように「顔芸」メインで全体的にあのような美しくないものは「演技力」や「表現力」と言うに値しないし、まったく魅力を感じないのである。

 

浅田がバレリーナ的な優美な全身表現力なら、高橋の「道」こそは「演技力」と呼ぶに相応しい。先に、スピードスケートでメダルを獲得した二人の選手には気の毒だが、高橋の迫真の演技の前に彼らの快挙が霞んでしまったのは、無理もないことである。 

 

小塚(フィギュアスケート・男子)

高橋の蔭に隠れてしまったが、フリーでは4回転を決めるなどサラブレッドらしい堂々とした演技は、充分に見応えがあった。これから順当に経験を積んでいけば、年齢的には次のオリンピックがピークとなるだけに、さらなる躍進を期待している。

 

女子モーグルの里谷

長野オリンピックの「金」メダルが鮮烈過ぎたせいで、やはり気になる存在である。5度目のオリンピックで、どんなパフォーマンスを見せてくれるのかと密かに注目した。予選13位とメダルは厳しい状況で、(恐らくは)最後の挑戦だ。第2エアで転倒し、結果は20人中19位・・・が、転倒するまでの迫力ある滑りには、実に目を瞠った。

 

最後に「スピードスケート女子団体追い抜き」で「銀」を獲得したのは「嬉しい誤算」だったか?

2010/02/28

浅田の美学?(バンクーバー・オリンピックpart3)

それはともかくとして、敢えて困難なチャレンジや厳しい選択を続けながら、様々な障害物を乗り越えてここまで復活してきた浅田は、やはり素晴らしい。

 

浅田の目指すものは、一体なんだろうか?

 

これまでは「オリンピックで金メダルを獲ること」と言い続けていたように思ったが、ならばなぜあんなに難しく分かり難い選曲をしたのか?

 

今や浅田の代名詞になっている「3A」は、確かに女子では浅田にしか出来ない大技には違いないが、男子を基準にしている今の配点ではあまり優遇はされない。寧ろ、キムなど何人もの選手がやっている「3-3」のコンビネーションの方が、基礎点が高いのである。このことからもわかるように「3A」は決して「必殺技」と言われるほどの高得点が付くわけではないのに、なぜリスクの高い「3A」ばかりにあれほど拘るのか?

 

あくまで「勝ち」に拘るのであれば「3A」を完成させるための多大な努力を、キムのように他の簡単な加点要素へと振り向けた方が得策ではないのか、と思えてしまうのである(キムは、ロープで吊り下げられて練習したが「私には無理」と断念した)

 

似たような話に、かつてオリンピックでメダルを独占していながら、最近は落ち目になった柔道がある。日本がメダルを独占していた頃に比べ、柔道そのものが海外でもメジャーな競技となり、相対的に日本の力が落ちてきたというのもあるが、実のところ日本がオリンピックで勝てなくなった原因は「柔道」と「JUDO」の違いが大きいのではないか、と思う。

 

外国の「JUDO」はあくまで、レスリングなどと同様に「ポイントを争うスポーツ」で、実際に掛け逃げや反則狙いのポイント稼ぎといった、姑息な駆け引きばかりが目立つようになった。そこに、柔道本来の「柔の精神」などは微塵もない。また負けた選手は、ロクに礼もせずに帰っていくなど「礼節」の精神といったものもない。これに対し、あくまでも「一本でなければ勝ちではない」とばかり、異常なまでに綺麗な一本勝ちに拘るのが、日本の柔道家である。姑息なポイント稼ぎなどは潔しとしないのが基本であり、これ自体はまことに立派なことだと言えるが、実のところこれがポイント狙いのへっぴり腰な外国選手に勝てなくなってきた、最大の原因なのである。

 

ただし柔道の場合は、これまでの日本における長い歴史や伝統といったものの重みを背負っているだけに、選手がそうなってしまうのは理解できる。浅田とキムら外国選手の違いは、この図式に近いのではないかと前々から思っていたが、柔道とは違い大して歴史のない世界で独特の美学に拘っているような浅田の理想の高さが、どうにも理解しがたいのである(精々「伊藤みどり以来の王国愛知の伝統」というくらいしか、思い浮かばない)

 

そして「銀」の結果に、これまで見たこともないような深い悲しみの表情と号泣・・・

 

(こうなるのは、わかっていたではないか・・・だったらなぜ、勝つための戦略に変えなかったんだ?)

 

と、益々わけが分からなくなってしまうではないか。

 

そうは言いながらも、浅田の魅力は実はそうした天才のみが追求する、異常なまでの高い理想(無難でつまらない演技ではなく、誰も真似の出来ない大技を盛り込んだ演技でなければ金の価値がない?)にこそ、あるのかもしれない。

 

度重なる不可解な判定に対する不信感もあったかもしれないが、オリンピックという大舞台での大役で「銀」の結果を残しながら、終わった直後に自らの演技には「納得していない」と、あれほどまでに悔し涙にくれた選手が、かつていただろうか?

 

それも、ついこの前まで高校生だった19歳の少女であることを思えば、孤高のアスリートらしい潔さには胸を打たれる。あのまっすぐな生き様こそ、彼女の演技に見られる輝きの源となっているのだろうし、小細工などはまったく似合わないのである。これからも、堂々と勝負を挑んでいってもらいたいものだ。

にしても最初の3Aは、瞼に焼き付くような美しさだった。

2010/02/26

フィギュアスケートの採点疑惑(バンクーバー・オリンピックpart2)

浅田とキム・ヨナの対決と持て囃された女子フィギュアスケートは、正直なところあれだけ両者のプログラムの難易度が格段に違っていては、最初から結果が見えていたも同然だった。

 

キムはノーミスで、完璧な演技である・・・と言うよりは、ミスをしないような無難なプログラム構成を組み、さらには確実に加点が貰えるための緻密な計算に基づいているのだから、そうなる確率が高いのは当たり前だ。対する浅田の方は、非常に難易度の高いプログラム構成でありながら、構成点は難易度の高くないキムと殆ど差がないという、非常にリスキーなチャレンジである。これはお互いに自分で選択したことであって、敢えて困難にチャレンジする浅田の拘りは本人にしか理解できないところだが、メダル争いという意味ではこの「戦略」が勝敗を決めたのは明白と言える。

 

無難なプログラムとは言え、それを完璧に演じきったキムはさすがではあったが、それにしても異常なまでに得点が高すぎると思えて仕方がない。浅田とは、ほぼ互角かと思ったショートプログラムで「歴代最高得点」が出て既に大きな差がついてしまったが、続くフリーでも「150点超え」という前代未聞の高得点と、異常なまでの加点の嵐である。

 

ちなみに、審査員の「主観」に依存する「加点」の付き方を見ると浅田8.82、男子優勝のライサチェック9.64、プルシェンコ7.68に対し、キムはナント彼らの倍近い17.40!(高橋に至っては、たったの3.2)だ。また女子は男子の0.8掛けの配点だが、男子に換算すればジャンプが1回少なくても高橋よりも高い得点なのである。これだけ非常識なまでの得点を見せ付けられた後に滑らなければならないのだから、浅田にとってはこれは拷問にも等しいような、最悪の展開と言うしかない。

 

この大会は、つくづく浅田にとっては終始逆風が叩きつけるような、過酷な試練の連続であったが、そんな異様な空気の中でも浅田は己を見失うことなく、見事に「鐘」を演じきった。多少ミスが出た点を考えれば、浅田の130点台という得点は寧ろ妥当というべきであり、ノーミスとは言えそれほどたいした見せ場も感動もないし、息を呑むほどの凄みがあったわけでもないあの演技が、20点近くも上を行くのがどう考えても不可解に過ぎた。

 

彗星の如く登場して来た時から一貫して浅田贔屓のワタクシであり、当然ながらキムやコリアは一貫して好きではないし、アスリートとしての能力ということで言えば、これは浅田の方が遥かに上だと思っている。が、今回の演技と両者の現状(発展途上とピーク)、さらには現状の採点システムをも勘案すれば、今回の順位自体は必ずしもおかしいとは思っていない。幾らか表情が硬かった浅田に対し、キムは憎たらしいくらいに落ち着いていたのも事実である。おかしいと思っているのは、あくまで特定の選手に対する異常に高い得点である。「3A」や「クワド(4回転)」もやってないのに、換算すると男子のどの選手よりも遥かに高いのだから、これには驚く。実際このオリンピックに限らず、ここ最近はキムの異常な加点や高得点が続いていたし、男子でも地元選手に対して、異常に高い「疑惑の採点」があっただけに、正直

「キムとロシェットの金・銀は、最初から予定済みなのではなかろうな?」

とジョークを言っていたくらいである。

 

実際、手付きを始めミスの目立ったロシェットが130点台で、あの難易度の高いプログラムを演じきった浅田と殆ど差がないどころか、構成点(技術、つなぎ、実行力/遂行力、振付、曲の解釈)では総てロシェットが浅田を上回っているのを見ると、まったくジョークではなくなった。これでは、どう考えてもキムとロシェットの2人だけは、他の選手と採点基準が著しく異なっていたと疑問に感じない方が、余程どうかしているのではないか。

 

最後にノーミスで素晴らしい演技をした長洲未来やレピスト、或いは安藤の方が、ロシェットよりはよっぽど上だという気がした。こうなると、最終滑走の長洲の得点が出るのに異常な時間を費やしていたのも「なにかの調整が必要なのか?」という疑いを持ってしまう。これが採点競技の不明瞭なところであり、これについては幾らどうこう言ってもごまめの歯ぎしりに過ぎないのはわかっているのだが・・・

2010/02/21

バンクーバー・オリンピック(1)

某選手の服装論争は、色々な人も書いていたし様々な論争があったようで、見ていると意外にも何をトチ狂ったか、問題の選手に好意的な発言が多いのに驚いた。

 

そもそも開閉会式すらみたためしがないくらい、競技以外のセレモニーの類には一切興味がないワタクシだけに、この件に関して詳しい経緯を知っているわけではないが、ざっと眺めた限り「たかが服装くらいのことで」というのは事の本質ではないと思う。服装が云々とか「国の代表」がどうこうというより、つまるところ問題の彼が子供っぽいとか態度が横着だとか結局のところその辺りが、あれだけ騒ぎを大きくした原因なのではないのか。

 

そもそも皇族や外交官でもない、たかだかスポーツ選手や大学生(或いはそれに類する若者)風情に、幾らなんでも「国の代表」を背負わせて「人間性」やら「品格」などを問うているような愚か者は居ないはずだ。が、この場合は「国家の代表」云々などというご大層なお題目は別としても、少なくとも成人として公式の場に出る時くらいは、それなりの構えや対処を求められるのは至極当たり前なのである(極端な話、マスゴミや大衆の目の届かぬ「私的な場」においては、いかに酷い格好をしていようが構わないと思っている)

 

ましてやオリンピックなどは、派遣や参加費用などの莫大な資金のかなりの部分は、我々の税金から捻出されるのだ。それでなくとも、この酷い不況と重税のダブルパンチで心がささくれ立っている納税者の心情を考えるなら、「こうすればどうなる?」というような想像力くらい少しは働かせようぜ、と言いたくもなろうというものだ(要は「空気読めよ」ということ)

 

節操のないマスゴミのことだから、これでまかり間違ってメダルでも獲ろうものなら、掌かえしたようにヒーローに祭り上げるところだったろうが、そうでなければ所詮「口だけのヤツ」で終わりなのである。結果が総てのシビアな世界にあっては、メダル狙いでイチカバチカの果敢なチャレンジをしようとも、メダル狙いの計算に基づいた高度な戦略が隠されていようとも、結果は「転倒」としてしか扱われないのがオチで、実際に長野五輪の「金」を始め、メダルを2度も獲得したあの偉大な里谷選手にして、あれだけの酷い扱いなのだから、里谷選手に比べれば殆ど実績のないK選手では言うに及ばずなのだ。

 

いや、Kなんぞを引き合いに出しては偉大な里谷選手に失礼過ぎるというものだが、不思議なことに泥酔スキャンダルの遥か以前から、10年以上に渡り金メダリストをそっちのけで「愛子愛子愛子愛子」を連呼し続けた偏向マスゴミは、寧ろ里谷選手の転倒を喜んでいたのではないか、とすら勘ぐってしまいたくなるのである(上村より上位に来たら困るからねw)

 

それはともかくとして「観戦記」である。ちょうど開幕から1週間が過ぎ、折り返しを迎えた。前回のトリノ五輪は、最後の最後で女子フィギュアスケートの荒川選手が「金」を獲るまで「メダル0」の危機に見舞われたが、この大会ではスピードスケート男子500メートルで長島選手が「銀」、加藤選手が「胴」のダブル受賞、そして男子フィギュアスケートでは、高橋選手が念願の日本人初のメダリストとなるなど、それなりの収穫があった。それにしても毎度のことだが、どう見てもまともな精神状態ではなかった織田にマイクを突きつける、ハイエナのようなマスゴミの無神経さは許しがたい。