2021/02/11

邪馬台国畿内説 ~ 邪馬台国(5)


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邪馬台国畿内説には、琵琶湖湖畔、大阪府などの説があるが、その中でも、奈良県桜井市三輪山近くの纏向遺跡(まきむくいせき)を邪馬台国の都に比定する説がある。

 

箸墓古墳の付近から出土した土器の考古学的年代決定論で、その始期や変革期が三世紀であるというデータがあること。

吉備、阿讃播など広範な地域起源の文化に起源を求めうる前方後円墳が大和を中心に分布するようになり、古墳期の時代が下るにつれて全国に広がっていること(箸墓古墳ほか)

南関東など広い地域からの土器が出土していること。

卑弥呼の遣使との関係を窺わせる景初三年、正始元年銘を持つものもある三角縁神獣鏡が、畿内に分布していること。

弥生時代から古墳時代にかけて、およそ4,000枚の鏡が出土するが、そのうち紀年鏡13枚の年号はすべて3世紀で、うち12枚は235-244年の間に収まって銘されたものが、畿内を中心に分布していること。

『日本書紀』神功紀では、魏志と『後漢書』の倭国の女王を直接、神功皇后に結び付けている。中国の史書においても『晋書』帝紀では、邪馬台国を「東倭」と表現していること。また、正しい地理観に基づいている『隋書』では、都する場所邪靡堆を「魏志に謂うところの邪馬臺なるものなり」と何の疑問もなく同一視していること。すなわち「魏志」がすべて宋時代の刊行本を元としているのに対し、それ以前の写本の中には、南を東と正しく記載したものがあった可能性もある。

逆に、畿内説の弱点として上げられるのは、次の点である。

 

帯方郡から狗邪韓国までの行程で既に7000余里あり、南を東に読み替えても残り5000里ではおさまらない。

箸墓古墳を卑弥呼の冢とする説があるが、そもそも卑弥呼死後に男王が即位するも再び混乱したことが記録されており、国内が大混乱していた時期に、当時最大の墳丘を持つ古墳を造営することは不可能に近い(箸墓古墳の築造は6年)。また古墳周囲には、記録にある殉葬の跡も見られない。加えて服属先である魏朝自体が薄葬令で墳墓を縮小しており、朝鮮諸国の王墓や帯方郡の郡守墓も30メートル前後の方墳であるため、邪馬台国だけが飛び抜けて巨大な前方後円墳を築造したとは考えられない。

三角縁神獣鏡が中国、朝鮮の遺跡から一面も出土していないことに加え、全国での出土数が記録にある100面(確認されただけで500面以上)を遥かに上回っている。度々下賜されたとする説もあるが、そのような記事は存在しないし、未だに大陸から一面の鏡も鋳型の出土もない。また古墳での埋葬例を見ると、扱いが非常に粗雑であることが指摘されている。

例え古墳時代の開始時期が3世紀に繰り上げられたとしても、そもそも北九州と畿内でそれぞれ別の勢力が並立していたとすれば、邪馬台国畿内説の論拠にはならない。つまり弥生式墳丘墓の邪馬台国と、古墳の原始大和国があったとしても何ら不思議ではない。

奈良県立橿原考古学研究所が、箸墓古墳とほぼ同時期または先行して築造されたホケノ山古墳の年代について、発掘調査で出土した木槨木材の炭素年代測定結果の幅が4世紀前半をも含む範囲であることを報告し、疑問とされること(ただし同研究所としては、遺物の検討から3世紀中頃の築造と結論づけている)

上記、畿内説の根拠に述べられた21の前提条件に基づくもので、それだけでは根拠にはならない。

倭国の産物とされるもののうち、弥生後期までの鉄や絹は畿内に存在せず、北九州からのみ出土する。鉄に関しては淡路島の五斗長垣内遺跡や舟木遺跡で、鉄器製作の痕跡が確認されたのみである。

 

「魏志倭人伝」に記述された民俗・風俗が温暖な南方系の印象を与え、南九州を根拠とする隼人と共通する面が指摘されている。

「魏志倭人伝」の記述は、北部九州の小国を紹介する一方で、畿内説が投馬国に比定する近畿以西の道程に存在したはずの阿岐国(安芸国)、吉備国や出雲国の仔細には全く触れられておらず、伊都国から近畿圏まで含む道程の記述が全く欠けている。

 

「古事記」、「日本書紀」には、天皇による熊襲討伐など九州征伐が記載されており、景行天皇の頃までは北九州が大和朝廷の勢力圏外にあったと考えられる。また、それに伴って3世紀の時点で畿内から北九州までを連合国家として治めていたのなら、6世紀に国造が設置されたという近年の研究にも疑問が生じる。

 

「魏志倭人伝」には、邪馬台国は伊都国や奴国より南にあるとする記述が三箇所あり、また会稽東冶の東(緯度的には、ほぼ沖縄県に一致する)にあるとしていること。また近傍に配置されるべき一大率が伊都国におかれたとしていること。

出典 Wikipedia

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