2024/06/06

イスラム教(12)

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ハディース

ムハンマドの言葉や行動についての伝承(ハディース)は、やがて集成書としてまとめられた。これらをハディース集といい、複数存在する。ハディースは伝承の経路と典拠(イスナード)についての情報も含んでおり、「誰から聞いたか」「その人はさらに誰から聞いたか」が、ムハンマドの言葉や行動そのものを書いた本文に付随する。

 

伝承ごとの信頼度も重要視されており、信頼性ごとにサヒーフ(真正)、ハサン(良好)、ダイーフ(脆弱)という分類が存在する。


宗派によって用いるハディース集は異なっており、宗教解釈の違いを生んでいる。


スンナ派における代表的な六つのハディース集として、アル=ブハーリー、ムスリム・イブン・ハッジャージュが、それぞれまとめた『真正集』、アブー・ダーウード、アル=ティルミズィー、イブン・マージャ、アル=ナサーイーが、それぞれまとめた『スナン集』がある。

 

シーア派における代表的な四つのハディース集は、アル=クライニーによる『カーフィーの書』イブン・バーバワイヒによる『法学者不在のとき』、アル=トゥースィーによる『律法規定の修正』と『異論伝承に関する考察』がある。

 

この他にも、複数のハディース集が編まれている。

 

スンナ派の六つのハディース集のうち、ムスリムとブハーリーによる『真正集』には日本語訳が存在する。ブハーリーのものは中央公論新社から、ムスリムによるものは日本ムスリム協会から出ている。後者はネットで全文公開されている(リンク)。

 

信仰内容

スンナ派イスラム教徒の場合、信仰の根幹は六信五行としてまとめられる。

六信:

ü 

ü  天使

ü  啓典(クルアーンや聖書のこと)

ü  使徒(ムハンマドが神の使徒であるということ)

ü  来世天国地獄

ü  定命(人間の運命は神によって定められているということ)

を信じること


五行:

ü  信仰告白

ü  礼拝(毎日決まった時間に祈る)

ü  喜捨(財産を他人に配る)

ü  断食(決まった月に日中だけ断食する)

ü  巡礼(メッカへの巡礼)

を行うこと

 

これらを信者の義務とする。シーア派では、五信十行としてまとめられる。

 

主な戒律としては、イスラム教徒による正しい屠殺方法(ハラール)に則って処理されていない肉や豚肉は汚物として食べない、成人女性はを露出しない、禁酒偶像崇拝の禁止などがある。イスラム原理主義国家であるサウジアラビアなどでは、この教義がかなり厳格に守られているが、政教分離が進んだトルコインドネシアではよく言えば柔軟、悪く言えばいい加減で戒律は必ずしも守られていない。

他にもイランは厳格な筈だが、見えないところでは戒律が守られておらず、特に若年層でそれが顕著である。詳細はハラールの記事に記述する。

 

信者数は世界で約16億人、主に北アフリカ西アジア中央アジア南アジア東南アジアなどの広い地域で信仰されている。

アジアでは、中世に中央アジアや東南アジアの一部で仏教等の多神教勢力を滅亡させた。しかし東アジアでは中国までで止まってしまい、日本には近代まで到達しなかった。

 

ヨーロッパでは、イベリアシチリアのように一時イスラム教勢力が支配的であった地域もあったものの、後にレコンキスタなどキリスト教勢力による再征服によって、イスラム教徒がほとんど消えた地域が多い。例外的に比較的最近までイスラム教勢力の支配下にあったバルカン半島では、現在でもイスラム教徒が少なからず残っており、現在でもアルバニアのようにイスラム教徒が多数派となっている国も存在する。

 

現代でも、紛争が多い地域の特性か出生率が依然高い地域が多く、今世紀中にはキリスト教信者を上回り、世界最大の宗教になるとされており、欧州のいくつかの国でも(前述のバルカン半島の例を除いても)将来的にはイスラム教が多数派になるという予測さえ存在する。

例えば、イラクは出生率4.37と周辺諸国を上回っている。ただし、いずれも出生率は低下傾向にあり、特にイランなどでは出生率が1.66にまで落ち込んで少子化の兆候が見え始めている。

 

また、移民先のヨーロッパでは「出生率8.1」「フランスは2050年にはイスラム国家に」という根拠不明かつ荒唐無稽な数値がまことしやかに言われているが、もしもあと3,40年のうちにそうなるには、さらに数倍の出生率がなくてはならない。まだ比較的信頼できる数値では多いところで1、少ないところではさほど変わらないなど経済や政情に連動していることがわかる。

教義に求めるところもあるが、「産めよ増やせよ」と明記されてある聖書を重んじるキリスト教やユダヤ教の方が、さらに出生率が高くてしかるべきだろう。


イスラム教徒にとっての『クルアーン』のように、聖書を「神の言葉」と信じるキリスト教徒が激減しているのも、この俗説にもっともらしさを感じさせているのだと思われる。

ヨーロッパでは、キリスト教は衰退と停滞のただ中にあり(カトリックでは「教会の危機」がさけばれている)、上記の「2050年にはイスラム国家に」の俗説で言われているフランスは、その代表例である。

 

文献学の観点から聖書研究が進められた結果、聖書が「神の言葉」とは信じられなくなり、キリスト教はイエスの教えではなく教会組織や、せいぜい弟子達や初代教会の見解(誤解)の混合物とされるようになった。中世以前までの聖書観やキリスト教観を維持する為には、「学問を否定する」という形をとらざるを得なくなる。実行する人々は、苛烈・過激な言行によって、わざわざ「人の言葉」に従う動機を持てないノンポリ層をさらに遠ざける形になるのである。

 

リベラルで現代的な解釈をとるキリスト教会もあるが、欧米では加速度的に進行する世俗化・脱キリスト教の傾向を抑止するに至っていない。

 

一方クルアーンは、ムハンマドの直弟子が書物としての現在の形にしたという背景から、ムハンマドその人に遡られるという点は確実視されている。非イスラム教国の西洋人などの学者によっても、後世の誰かが作成したり内容を追加した、という説が唱えられてもいない。そうした背景から、21世紀でもクルアーンは字義通り「神の言葉」として受け取られ、モスクにはクルアーンが「神の言葉」であると確信する人が集まっている。また、売りに出された教会が買い取られ、モスクに転用される事例も多い。キリスト教の洗礼を受ける人は少なく、イスラム教に入信する人は多い。

 

イスラム教は一日五度の礼拝だけでなく、服装や食事という外から見えやすいところでも信仰をあらわす宗教であり、そこに向けられる熱心さも相まって、「(実際の統計上の数字よりも)イスラム教徒の人口が増える」と思わせている、と考えられる。


上記のように、イスラム世界においても国や地域によって出生率や年齢別の人口比には大きな違いがあるが、共通していることがある。

預言者の教友であり、正統カリフであるウスマーンの主導で現存する『クルアーン』が編纂されたという歴史的事実があり、この根本聖典と、伝承の経路と典拠を確かめられる各ハディースから信仰を解釈できるイスラム教は、どの国と地域のあらゆるイスラム教徒にとっても真理だということである。

 

これは飲酒をするイスラム教徒や、女性だが髪などを隠さないイスラム教徒にとっても大前提である。

彼ら彼女らは保守的な信徒と同じく「神から誤りなく啓示された真理」と認識する宗教をそう解釈しているのであって、イスラム教という宗教そのものを相対化しているわけではない。

 

近世以前のヨーロッパ、また現代ヨーロッパにも一部残る保守派信徒のキリスト教徒と同様な見方を、「神の言葉」を根本とする自身の宗教に対して向けているのである。

同性愛間性交渉を禁じ、刑罰を命じるハディースを否定し、同性婚などを可能にする解釈をとるイスラム教徒もいるが、それにあたっては個別の伝承経路や状況について吟味するという保守派と同じ方法論(詳細は青柳かおる「イスラームの同性愛における新たな潮流」pdf11ページ以下を参照)をとっている。

 

そんなイスラム教を信じる国々にも無神論者や無宗教者はいるが、本当に「いることはいる」レベルのごく僅かな割合、人数である。キリスト教保守派が一大勢力であるアメリカですら、若者の5分の1は無宗教者であることを踏まえると、今もなお絶対的かつ強靱な社会への影響力がうかがわれる。

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