2019/05/30

神々の恋(ギリシャ神話55)


ヘパイストスの妻たち
優美の女神カリス
 ヘパイストスは、鍛冶屋の神としていつも汚れていて、また顔も醜く足に傷害を持っている神として描かれているのは良く知られる。しかし、その妻はホメロスの『イリアス』では「優美の女神カリス」とされている(ただし、この『イリアス』でもカリスは通常のように複数で数えられ、ヘラは「眠りの神」に難事を頼む時に、そのカリスたちの一人を「妻」にしてやるからと言っている)

アフロディテ
 他方、『オデュッセイア』の方では、ヘパイストスの妻は「美の女神アフロディテ」とされていて、妻アフロディテのアレスとの不倫物語が有名となっている。前記の「優美のカリス」にしろ「美のアフロディテ」にしろ「醜く傷害を持った鍛冶屋の神」の妻にしていることに何かギリシャ人は意味を見ていたのだろうか。そう思ってみると、色々と妄想が浮かんでくるであろう。

アテネ
 女神アテネは、ヘパイストスの片思いの相手となる。思いが募ってヘパイストスはアテネを襲うが、相手がアテネではうまくいくはずがない。むしゃぶりついたヘパイストスはむなしく射精してしまい、それがアテネの足に飛び散ってしまう。アテネはそれをウールで拭って投げ捨てるが大地がそれを受け止め、そこからエリクトニオスが生まれてきたという。アテネはやむなく、それをアテナイの王ケクロプスの娘たちに託しておいた。そして長じたエリクトニオスは、ケクロプスを継いでアテナイの王となったという。

 この「エリクトニオス」は、語源解釈で「エリオン(ウール)とケトン(大地)」の合成語と解釈でき、こうして「ウールについていた精液」が「大地に受け止められて」生まれた子ということにして、その物語を作ったと解釈できる。他方、このエリクトニオスは「アテナイの伝説王」とされるので、女神アテネと関係づけられるのは当然として、その相手がヘパイストスであることの理由は分からない。

アンティクレイア
 ヘパイストスには、この他にも子どもを産む女を持っていて、このアンティクレイアからはペリペテスを生んでいる。ただしこのペリペテスは悪漢であって、足が悪いために杖として鉄の棒を持ちそれで旅人を殺していたが、テセウスによって退治されることになる。この物語は、ペリペテスが「足が悪い」というところから、ヘパイストスの子とされたと考えられる。他方で、このペリペテスはポセイドンの子とされることもあり、この場合は乱暴者という性格からであると考えられる。また、アルゴー船伝説に登場するパライモンも、ヘパイストスの子とされている。

戦争と殺戮の神「アレス」の子どもたち
 アレスについては、アフロディテとの不倫物語以外に知られる恋物語はない。しかし、たくさんの子の父親とされており、その限りたくさんの女たちが居たはずである。しかし、どうも「恋」の主人公にはふさわしくないとして物語がないのであろう。

アフロディテ
 この二人からは、娘「ハルモニア」が生まれているとされて、彼女はテバイ建国の英雄カドモスの妻とされるところから、最も有名なアレスの子となっている。その他にはアスカラポスがアレスの子とされるが、彼はアルゴー船の乗組員の一人とされたり、トロイ戦争でのオルコメノスの将としてトロイに赴き、トロイの勇士デイポボスに討たれたともされる。それ以外は、いずれも凶暴な乱暴者の父親とされているだけである。たとえば、ヘラクレスに退治されるトラキアのディオメデス、山賊のキュクノス、その他である。

ヘルメスの子
 ヘルメスにも、取り立てた恋物語はない。しかし子供はおり、有名なところではオデュッセウスの祖父となるアウトリュコスがいる。このアウトリュコスは、ヘルメスから盗みと詐欺の術を教えられたとされ、アルゴー船の乗組員の一人にも数えられる。争乱の時代には、盗みや詐欺は優れた技術と考えられていた節がある。また都市アブデラの名前の所以となるアブデラも、ヘルメスの子とされる。さらに両性具有のヘルマプロディテは「ヘルメス」と「アフロディテ」の合体語なので、当然その父親とされる。

ディオニュソスの恋人
アリアドネ
 彼女はクレタの王女で、テセウス物語で有名となる。当時、クレタには「ミノタウロス」という怪物がおり、その餌食としてアテナイから七人の少年・少女が差し出されていた。アテナイの嘆きを解決するため、アテナイの王子テセウスが乗り込み、クレタの王女であったアリアドネの愛を得て、迷宮にかくまわれていたミノタウロスを退治して無事脱出、手に手をとって逃げ出したものの「ナクソス島」でアリアドネは彼女を見初めたディオニュソスに攫われてしまう。

テセウスは悲しみのうちに船の帆を白くするのを忘れて帰り、そのため父アイガイオンはテセウスが死んだものと海に身を投げてしまった。これが原型なのだが、後代のローマ時代にテセウスがアリアドネを捨てたという風にされ、こちらの方が有名になってしまった。そして捨てられて悲しんでいるアリアドネを、ディオニュソスが救ったという具合にされてしまう。いずれにしても、ディオニュソスが彼女を好きになったことだけは確かなようである。

この神話は、古形がホメロスの『オデュッセイア』にあり、その物語は紹介したものとは異なり複雑となる。したがって、この神話の意味するところは少しわかりにくいが「ナクソス島におけるディオニユソス信仰」の由来を語るものとは言えそうである。ナクソス島というのは古い時代からこの辺りの中心の島であって、その由来は古い。古代ギリシャに先立つクレタ島・ミノア文明時代の面影を伝えるものかもしれない。

牧神パンの恋
月の女神セレネ
 パンはセレネに恋して、羊毛を見せて誘い近づいたセレネを襲って犯したとか、一群の白牛を贈って交わったとかいう話がある。

シュリンクス
 パンの恋物語としては、これが一番有名である。牧神パンは葦笛を持っているのだが、この葦笛の由来がシュリンクスにある。アポロンとダフネの物語と似ていて、パンが美しいニンフのシュリンクスに恋をして追いかけ、シュリンクスは逃げるが、ついに川辺に追いつめられた時、願って自分の姿を葦に変えてもらったとなる。パンは姿の消えたシュリンクスに戸惑うが、そこに生えている葦の茎を切り取り、長さを違えてくっつけ合わせてそれを吹いたところ妙なる音楽を響かせ、以来パンはそれに恋しい少女シュリンクスの名前を与え常に身に携えていたという。

エコ
 エコは木霊となる妖精として有名だが、その由来話しとして二つがあり、一つは良く知られた「水に映った自分の影に恋したナルキッソス」との物語となる。もう一つはこのパンに関係し、パンはエコに恋したがエコはこれを拒絶し、そのためパンによって狂わされた羊飼いに襲われて八つ裂きにされたが、大地がその身体を隠し声だけを残したというものである。

ピテュス
 パンは松の木の冠をかぶるのだが、その言われとなる妖精で一つはパンに愛されたが、それを逃げるために松の木に身を変えてもらったというもの。あるいは、パンと北風のボレアスとが同時に彼女を愛したが、ピテュスはパンを選び、そのため北風ボレアスは岩から彼女を吹き飛ばしたが、大地がその彼女を受け止めて松の木にしたというもの。そのため松の木は北風が吹くと呻くし、他方のパンは彼女を頭に飾っているというものである。

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