2006/06/16

モーツァルト『戴冠ミサ』(1.Kyrie)


Kyrie(キリエ)

いきなり序奏なしで、合唱が「キーリエ」と歌い始め、続いてテンポが速くなりソプラノ・ソロがメロディアスに歌い始めるところがかっこ良い。再度、冒頭の部分が戻り、荘重な雰囲気で終結する。

 

モーツァルトは17779月、職を求め母アンナ・マリアと一緒にマンハイム・パリ旅行に出かけたが、結局就職口は見つからず失敗し、パリでは母親を亡くし17791月に憔悴のうちに帰郷した。

 

178011月にオペラ『イドメネオ』の初演のため、ミュンヘンに旅に出るまでの2年間をザルツブルクで過ごし、この間にミサ曲とヴェスペレ(晩課)を作曲しているが『戴冠ミサ K.317』はその最初の作品であり『ミサ・ソレムニス ハ長調 K.337』までの18曲のミサ曲の中で、最も広く知られるようになった。

 

この作品は、1779323日に書き上げられ、同年の復活祭の祝日(44日)で初演された。ザルツブルクの北側の丘の上に建設された、教会の聖母戴冠像のために作曲されたことから『戴冠ミサ』の名称がつけられたといった記述があるが、実際に戴冠の儀式が行なわれたのは6月であるという記述がされている。

 

その後『戴冠ミサ』という名称は、1791年にプラハで行なわれたレオポルト2世の戴冠式で、サリエリが指揮して以後に定着された。また、第6曲の「アニュス・デイ」でのソプラノ・ソロが、オペラ『フィガロの結婚』第3幕で伯爵夫人が歌うアリア「楽しい思い出はどこに」によく似ている事でも知られている。

 

基本的には「キリエ」、「グローリア」、「クレド」、「サンクトゥス」、「アニュス・デイ」のいわゆる「ミサ通常式文」の順序に従っているが、モーツァルトはこの作品を「サンクトゥス」と「アニュス・デイ」の間に「ベネディクトゥス」を入れて、以下の通りの6曲構成とした。

 

ü  1曲 キリエ(あわれみの讃歌)

ü  2曲 グローリア(栄光の讃歌)

ü  3曲 クレド(信仰宣言)

ü  4曲 サンクトゥス(感謝の讃歌)

ü  5曲 ベネディクトゥス(ほむべきかな)

ü  6曲 アニュス・デイ(平和の讃歌)

0 件のコメント:

コメントを投稿