2019/06/06

日代の宮二之巻【景行天皇二】(1)

口語訳:天皇は小碓命の猛烈で荒々しい心を知り、恐ろしく思った。

 

そこで

「西の国に、熊曾建という者が二人いる。彼らは天皇に服さず、礼儀というものを知らない。彼らを殺せ」

と命じた。

 

この時、小碓命は髪を額で結わえていた。そこで叔母の倭比賣命に女性の衣裳を借り、剣を懐に潜ませて出発した。

 

熊曾建の家に行ってみると、家の周りに軍を三重に配置し、その中に室を作っていた。彼らは新しい家が完成したので「お祝いをするぞ」と言いふらして食べ物を供え、宴の準備をしていた。小碓命は、しばらくその周辺をぶらついて宴の日を待った。

 

いよいよ宴の日になると、小碓命は髪を少女のように梳き、叔母の着物を着て、すっかり女の姿になった。そして女たちに交じって室内に入った。熊曾建たちは、その小碓命をとても可愛い少女だと思って、自分たちの間に座らせ宴を楽しんだ。

 

宴がたけなわになった時、小碓命は突然懐から剣を取り出し、熊曾の衣の衿を掴んで胸を刺し貫いた。もう一人の熊曾は驚いて逃げ出した。それを室の入り口の梯子のところに追い詰め、背中を捕まえて、尻から剣を刺し通した。

 

すると熊曾建は

「暫く、その剣を動かさないでくれ。言いたいことがあるから」

と言った。

 

そこで小碓命は、そのまま熊曾建を押し倒して彼が言うのを待った。

熊曾建は「お前は誰だ」と訊いた。

 

「私は纏向の日代の宮で大八嶋国を治めている大帶日子淤斯呂和氣の天皇の子で、名は倭男具那の王という。お前たち二人は天皇の命に服さず無礼だというので、殺せと命じて遣わされたのだ」。

 

熊曾建は

「なるほどそうだったのか。この西国では、俺たち以上に強い者はない。だが大倭国には、もっと強い奴がいたのだな。では、俺はお前に名前をやろう。これからは倭建(やまとたけ)の御子と名乗るがいい」

と言った。

 

そう言い終わると小碓命は剣を振り動かして、熊曾建の体を熟した瓜のように切り刻んでしまった。その時から名を倭建命と名乗った。そして都に帰る途上、山の神、川の神、穴戸の神たちをみな平定して帰った。

 

其御子(そのみこ)は倭建命のことである。

 

○建荒(たけくあらき)とは、前に天皇が命じたのは単に泥疑教覺(ねぎおしえさとせ)ということだったのに、怒りにまかせて前述のような所行に及んだのは、非常に力があるだけでなく、たいへんに荒々しい気性だったということだ。

 

○惶(かしこみ)とは、よく考えると、ただ建(たけし)と言うだけでなく荒(あらし)と言い、また所行と言わず情(こころ)と言っているので、今度のことでその荒々しい心を知って、今後もどんなことをしでかすか分からないと恐ろしくなったのである。とすると、熊曾征伐に遣ったのは、一面では彼が都にいることを恐れて遠ざけようとしたのだろう。

 

ここで西国を平定して帰国すると、すぐに東方征伐に遣わしたのもそのためと思われ、その時叔母の倭比賣命に語ったことも、そういう趣旨に聞こえる。そのことは後に言う。【書紀では、彼の荒々しさを嫌って遠ざけようとした様子は見えない。書紀は天皇がこの皇子を始終、特に愛していたように書いてある。伝えが異なるのである。】

 

口語訳:その後出雲国に入り、出雲建を殺そうと考え、到着するとすぐ彼と友人になった。そしてひそかに赤檮の木を削って偽の刀をこしらえて佩き、一緒に肥河で水浴びをした。

 

倭建命は先に川から出て、出雲建が外しておいた刀を取り「刀を交換しよう」と言った。出雲建は後で川から出て、倭建命が作った偽の刀を佩いた。そこで倭建命は「一つ刀の腕試しをしようじゃないか」と言った。

 

それぞれ刀を抜こうとしたが、出雲建が佩いているのは偽物だから抜くことができない。倭建命は本物の刀を抜いて、すぐに出雲建を打ち殺してしまった。

 

そこで歌を詠んで

「八つ雲刺す、出雲建が佩ける太刀、葛(つづら)多(さわ)巻き、真身(さみ)なしに哀れ」

そうして各地を平らげて都に帰り、復命した。

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