2011/10/17

歯科医の過剰(4)

学生時代、実家の近くに同学年の歯科医の息子がいた。その男は、我々と同じ学区トップの高校には入れず、二、三番手校に通っていた。

 

我がトップ校では、医者の息子・娘たちが軒並み成績上位だったのに引き換え、その男だけは甚だデキが悪かったらしく、2浪だか3浪だかした挙句、やっとこさ二流底辺の歯科大に「疑惑の入学」を果たしたと噂された。

 

これが普通の医者だったなら怖くてとても見てもらえないところだが、我々中学同級生でなければこのような内情は知らないから、これこそ「知らぬが仏」だ。さらに診療や治療とはいっても「歯だけ」であれば、命に関わるようなケースは滅多にないから、これでもなんとかやっていけるのである。

 

あるいは獣医学科のように、動物の糞尿に塗れるようなこともないから人気が出るのも頷けるし、医師の子供で出来がよくなければ

 

「医学部は無理だから、なんとか歯学部で」

 

というパターンが多いだろう、との想像が付く。実際、近所を見渡しても医師の息子でも長男以外や、長男でも出来の良くないのは歯科医になるケースが目に付いた。

 

さらに医学部の場合、通常の大学と違い6年制である。現役で合格してストレートで卒業できれば24歳だが、そもそも現役で入るのは難しい上、医学部の場合は入る以上にその後が大変で、留年する者も多い。

 

仮に1浪、留年12年の場合として卒業は2627歳。そして医師になるためには、医師国家試験に合格しないといけないが、この準備に1年。これは一発で合格したとしても、すでに30歳に近い年齢になっている。試験に合格後は、2年間の卒後臨床研修(卒後研修)を受ける。卒後臨床研修とは、平たく言えば「研修医」として病院で勤務する事で、いわば医者の見習い期間だ。この時点で早くて30近く、場合によっては30を超える。

 

一応、これで正式な医師となるわけではあるが、これはインターン期間を終えたばかりだからまだ臨床経験がまったくない。ようやく「一人前」と言われるのは、現場で数年の臨床経験を積んでからだから、そのころには30代半ばとなっている。

 

2004年度から、それまで月10万程度と「雀の涙」と言われた研修医の月収が30万円程度にする国の勧告が下りたとはいえ、一般的なサラリーマンであれば既に入社10年くらいは経っているから、そろそろ主任クラスにはなっているだろうし、医師になるくらい優秀な頭脳があれば東大京大クラスだから、大手企業に入社していれば研修医の倍くらいは稼いでいるだろう。

 

研修終了後は5060万に跳ね上がるとはいえ、35歳くらいであれば入社10年以上だから、係長とか早ければ課長補佐クラスになっていてもおかしくないはなく、大企業なら1千万近い年収を取っているだろう。しかもサラリーマンだから、元手も経費も身の回り品以外は一切掛からない。医師の場合、この後はうまくいけばうなぎ上りに高収入を手にする可能性はあるが、この「10年分の投資」を取り戻すのは容易ではない。

 

勤務医でも無論、国立大学病院と民間の私立病院では給与には差があるし(私立病院の方が高額)、診療科によっても給与に差が出る(歯科や眼科などは低額、外科系は高額)。特にオペ(手術)に携わる助教授クラスになると、正式な給料以外にも手術を受ける患者からの「謝礼金」が大きい。しかも謝礼金に関しては、殆どの医師が無申告(脱税)にしているので、丸々自分の懐に入る。医師への謝礼金市場は、年間数千億円にのぼるとも言われている。

 

日本において、医科におけるあらゆる診療科全ての医師を養成する医学部1年間あたりの卒業者数が7,5008,000人であるのに対し、歯学部単独で1年間あたりの卒業生が2,7003,000人とのこと。医学部全体の4割近くに匹敵することからも、歯科医師の供給が過剰であると言われている。それに対し、主に少子化による人口減少や、予防教育などにより齲蝕になりやすい子供の数が減ったうえに、欧米諸国のように定期検診などで通うことが少ないため、歯科医院への受診が減った。

 

この結果、全国的に歯科医院の過当競争状態となり経営が悪化し、中には倒産・廃業にいたる歯科医院が増え、特に都内では11軒のペースで廃院に到っている。  現在、全国統計でコンビニエンスストア店舗数より歯科医院数が多く(コンビニ数の1.4倍)、日曜診療や深夜診療を行う歯科医院が増えている。

 

厚労省の2005年医療経済実態調査などによれば、歯科開業医(1医院の平均歯科医師数は1.4人)の儲けを表す収支差額の平均値は、1カ月当たり120万円程度。これを歯科医1人当たりの平均年収に直すと約737万円になるが、高額所得者は一部で5人に1人は年収200万円以下となっている。帝国データバンクによると、1987年度~2004年度に発生した医療機関の倒産は全国で628件あり、その約43%268件)を歯科医院が占めている。さらに100人中5人は、申告所得が0となっている。歯科の場合は、育成・開業費用等に他業種に比べて先行投資が多くなる。前回までに見てきたように、学費だけでも約5000万だが、その上開業ともなると治療椅子一脚だけで数千万円だから、それを揃えるだけで億単位の莫大な金がかかるのである。

 

2007年度の厚生労働省による推定平均年収は、約737万円となっており国民の平均年収444万円よりも遥かに多いが、多大な先行投資などが必要であることを考えると十分ではないとの声がある。一般に歯科医師は非常に高収入というイメージが強く、それに比べて実際は低収入であるため歯科医師のワーキングプアとしてセンセーショナルに採り上げる報道が増えている。歯科医師の数は、保険診療を主体とした上で高収入が得られるという条件では、人口10万人に対して50人が妥当とされている。