2022/02/28

仏教の伝来 ~ 「神仏習合」とは何か(2)

出典http://ozawa-katsuhiko.work/

 

 このいきさつはかなり知られており、仏教の「公式な伝来」は欽明天皇の時代で『日本書紀』では552年ということですが(19巻、欽明天皇の巻)、他の資料では538年となり、一般的には538年説となっています。送り手は「百済の聖明王」であり、つまり「朝廷」から「朝廷」へというものでした。もちろん「渡来氏族」が仏教を早くからもたらしていた可能性はありますが、これについては何ら確かなことはいえません。

 

ともかく、この欽明天皇へのものが最初としておきましょう。この時、欽明天皇は『日本書紀』の記述によると、使者に対しては大喜びして「自分は、いまだかつてこんな深遠な教えを聞いたことがない」などと言っているくせに、臣下たちに対しては「西国(百済)からもらった「仏」は、見た目は立派だけど、敬うべきなのか否か、どうだろうか」などと言っているのです。

 

 これに対して、蘇我稲目は「向こうではみんなが敬っているのですから、どうして日本だけが一人これに背くことができましょう」と答えていますが、物部尾輿が「我が国では、王たるもの常に数多おります神々に一年中祭りをなすのを仕事としているのであって、いまさら蕃神(外国の神)などを礼拝したら恐らく国の神々が怒ることでしょう」と言ってきています。この返事は、日本の神が「地域性」をもっていて「氏子」以外の者に祭られるのを喜ばない、という性格を持っていることから、ある意味で正当な答えでしょう。そこで二つの答えに困った天皇は、「稲目が願っているのだから、試みに礼拝させることにしよう」ということにさせました。

 

 このやりとりはけっこう面白いもので、まず天皇が戸惑っている様子がみてとれます。この「仏」に対して評価を下せないということで、その原因は物部尾輿の言葉に明確に現れているように、この「仏」が「神」だと思っているからでしょう。つまり、「神」は「神」なので礼拝すべきなのだろうけれど「外国の神」だから、その正体がよくわからずどうしょうか、といった感情なのでしよう。

 

 これはみんな同じ感情であるようで、そこで蘇我稲目は、やっぱり「神」なんだから礼拝すべきでしょう、と答えたわけですが、尾輿は「国の神」の方を大事にすべきだろう、と言ってきたわけです。

 

 こんな具合に「」は本質的に在来の神のレベルで捉えられていることが明らかです。そして天皇は稲目に「試しに」礼拝させるというわけですが、何を「試して」いるのでしょうか。それは後の記述が明らかにしてきますが、要するに「幸いの招来、災害・害悪の防御」ということで、在来の神に期待されていたものです。つまり「守護神」としての能力の大きさを試させたのでした。

 

 結果は困ったものでした。つまり、稲目が「仏」を祭ったところ、疫病が流行ってしまいました。そら見たことか、と尾輿たちは天皇に申し上げて「仏」を海に捨てさせます。ところが、今度は天変地異が起きてしまいます。そしたら今度は「海に仏を捨てた祟りだ」といった具合でした。右往左往です。こうして勝負がつきません。こういうことで、どうも「新来の仏」派と「在来の神」派との間で、不穏な情勢が生じたようでした。これには多分に「政治的勢力争い」が根底にあったでしょう。

 

 しかし、いずれにせよ困った事態で、そこで586年に即位した用明天皇(欽明天皇の第四子)は「自分は仏法を信じ神道を尊ぶ」というような言い方で和解の道を探ったようですが(『日本書紀』21巻)、結局だめで、蘇我馬子が物部氏を襲い、これを滅ぼしてしまいました。

 

 こうして「力づく」で仏教の勝ちにされ、これ以降朝廷は「仏教色」に彩られることになるのですが、もちろんこの仏教は「護国・鎮守、幸いの招来」を旨とする「在来の神の仕事」をする仏教でして、現世利益を目的とし、決して「出家して悟りを開き、魂の平安を得る」といったものではありませんでした。

 

 これは「聖徳太子」の場合も同様で、彼は「渡来した新しい神(つまり仏)」によって旧弊の朝廷政治の在り方を変えようとしたのであって、仏教教理に感動して「魂の救済」を志したわけではありません。

 

 以上が、仏教伝来時の状況でした。そして、この伝来時の状況の中で「神の道」というのが大きく意識されたのでしょう。用明天皇の場面で「神道」という言葉が史上初めて使用され、「神道」というものの存在が明確に意識されてきたのです。

 

 一方、こうなるには仏教の方がすでに「守護神」といった性格を持っていたことが原因であったわけですが、どうして仏教にそうした性格が持たされていたのかも考えておかなくてはならないでしょう。

 

 つまり、仏教は確かにお釈迦様の場面では「悟りを開く」ものでした。ところが、これが歴史的に発展していったとき、先ずは朝廷・貴族のものとして「守護神」と捕らえられ、さらに民衆段階に降りた時も「民衆の願い」に応えるものとなっていきます。いずれにしても「守ってくれる」という性格が要求されたのです。「極楽浄土」の願望も要するに、そのレベルでの「救済願望」だったのです。

2022/02/21

常呂の太陽輝く(北京冬季オリンピックpart9)

カーリングが日本で注目されたのは、いつからだったかは記憶にないが、前回のオリンピックでメダル(銅)を獲得したことにより、一気にブームに火が点いたことは間違いない。

 

これまでは「もぐもぐタイム」など、どちらかといえば低俗マスゴミによってアイドル的な扱いをされることが多かったが、日本チームは着実に実力を伸ばしてきていた。

 

他の競技とは違い「絶対的な本命」がいないのが、この競技の特徴かもしれない。強いて言えば、オリンピックで3度優勝のカナダ、前回優勝のアメリカ、あとは前回まで2大会連続でメダルを獲得したスウェーデン、あるいはスイス辺りか。

 

実際に予選リーグでは、8勝1敗のスイスと7勝2敗のスウェーデンは別格としても、続く5勝4敗は日本の他にイギリス、カナダの3か国がひしめき、直接対決もそれぞれ1勝1敗で優劣が付かず、「ドローショットチャレンジ(DSC)」とやらで、日本はなんとか4位に食い込んで準決勝進出を決めた。さらに予選敗退となったアメリカ、C国、K国も4勝5敗と1勝の差で涙をのんだ。

 

予選リーグ最終戦で、スイスに敗れた時点で「予選敗退」かと思わた日本だったが、同時にライバル国が敗れたことで「タナボタ」的に転がり込んだトーナメント進出ともいえた。

 

これだけ実力伯仲だから、どこが勝ってもおかしくはなく、実際に準決勝では「ドローショットチャレンジ(DSC)」で、なんとか拾われた日本とイギリスが、予選1位と2位のスイス、スウェーデンを破る「下剋上」を演じる。こうした経過を経て「予選リーグ5勝4敗」の両国が決勝で相まみえることに。ここまで来たら、やはり金メダルを期待してしまうところだが、結果はイギリスに完膚なきまでにやられてしまった。

 

それにしても、両国選手の体格差が半端ない。単に身長が高いだけでなく、ガタイがまったく違うのだ。カーリングに体格差がどれだけハンデとなるかはわからないが、両国選手が並んだところは、まるで男子チームと女子チームくらいの差に見えてしまう。イギリス選手の腕の太さは、日本選手の1.5倍はありそうに見える。

 

決勝が殆ど見せ場がないまま、一方的にやられてしまったのは心残りだが、よくよく考えれば予選からトータル「6勝5敗」での「」は幸運というしかない。結果がすべての勝負の世界。日本におけるカーリングの知名度を益々高めた結果が「銀」というからには、残るは頂点しかない。

 

4人の中心メンバーは前回大会と全く同じ顔ぶれで、揃いも揃ってアラサーとなった。日本のカーリングといえば、すっかりこの顔ぶれが定着してきたが、そろそろ新しい時代を担う若手の登場も期待されよう。

2022/02/20

アオルソイ ~ 民族移動時代(11)

両軍は合同して縦隊をつくり、進軍を開始した。前部と後尾はアオルシー族が、中央はローマの援軍とローマ風に装備したボスポロスの部族が固める。こうした隊形で敵を撃退しながら、ダンダリカ王国の首邑ソザに達した。すでにミトリダーテスがこの町を放棄していたため、ローマ軍は予備隊を残して監視することにした。

 

次いでシラキー族の領地に侵入し、パンダ河を渡り首邑ウスペを包囲した。この町は丘に建てられ、城壁や濠で守られていたが、城壁は石ではなく柳細工や枝細工を積み重ねたものに土を詰めただけのものであったため、突破するのにさほど時間がかからなかった。包囲軍は壁より高い楼を築き、そこから松明や槍を投げ込み敵を混乱に陥れた。

 

翌日、ウスペの町は使節を送ってきて「自由民に命を保証してくれ」と嘆願し、奴隷を一万人提供しようとした。ローマ軍はこの申し出を断り、殺戮の号令を下した。ウスペの町民の潰滅は、付近の人々を恐怖のどん底に陥れた。シラキー族の王ゾルシーネスは、ミトリダーテスの絶体絶命を救ってやろうか、それとも父祖伝来の王位を維持しようかと長い間考えあぐねた。遂に自分の部族の利益が勝って、人質を提供しカエサルの像の下にひれ伏した。

 

こうしてローマ軍は、タナイス河を出発して以来、三日間の行軍で一滴の血も失わずに勝利を勝ち取ることができた。しかしその帰途、海を帰航していた幾艘かの船が、タウリー族の海岸に打ち上げられ、その蛮族に包囲され、援軍隊長とその兵がたくさん殺された。

 

ミトリダーテスは自分の軍隊を少しも頼れなくなり、アオルシー族のエウノーネスに依ろうとした。ミトリダーテスは、服装も外見も現在の境遇にできるだけ似つかわしく工夫し、エウノーネスの王宮に赴いた。

 

エウノーネスは、盛名をはせたこの人の運命の変わり方と、そして今もなお尊厳を失わぬ哀訴に、ひどく心を動かされた。そして嘆願者の気持ちを慰め、ローマの恩赦を乞うために、アオルシー族とその王の誠意を択んだことに感謝した。さっそくエウノーネスは、使節と次のような文書をカエサルの所へ送った。

 

「ローマの最高司令官らと偉大な民族の王たちの友情は、まず地位の相似から生まれている。予とクラウディウスは、その上に勝利を分けあっている。戦争が恩赦で終わる時はいつも、その終結は輝かしい。このようにして、征服されたゾルシーネスはなにも剥奪されなかった。なるほどミトリダーテスは、さらに厳しい罰に価する。彼のため権力や王位の復活を願うのではない。ただ彼を凱旋式に引き出したり、斬首で懲らしめたりしないようにと願うだけである。」

 

ウァンニウスに従軍するイアジュゲス族

かつてローマのドルスス・カエサルが、スエビ族の王位に据えていたウァンニウスが内紛によって放逐されたため、ウァンニウスはローマに支援を求めた。しかし、クラウディウス帝(在位:41 - 54年)は、蛮族同士の争いに軍を派遣したくなかったので、戦闘はせず最低限の軍を川岸に配備するのみで、ウァンニウスには避難所を与えてやった。

 

ウァンニウスには、彼の部族(クァディー族)の歩兵と、サルマタイのイアジュゲス族の騎兵が味方となった。敵はヘルムンドゥリー族、ルギイー族など数が多く、太刀打ちできないと思ったウァンニウスは、砦にこもって籠城戦に持ち込もうとした。しかし、敵の包囲にたまりかねたイアジュゲス族が打って出たため、ウァンニウスも出る羽目になり敗北を喫した。

 

アランの登場

1世紀になると、文献からアオルシ(アオルソイ)の名が消え、代わってアランという名の遊牧民が強大となる。このことは漢文史料にも記されており「奄蔡国、阿蘭と改名す」とある。この奄蔡はアオルシに、阿蘭はアランに比定されている。考古学的には、2世紀から4世紀における黒海北岸の文化を後期サルマタイ文化と呼んでいるが、この文化の担い手はアランであるとされる。アランについて、4世紀後半のローマ軍人アンミアヌス・マルケリヌスは「彼らは家を持たず、鍬を使おうともせず、肉と豊富な乳を常食とする」と記している。

 

後に、アランは北カフカスから黒海北岸地方を支配し、その一部はパンノニアを経てフン族に起因する民族移動期にドナウ川流域から北イタリアに侵入し、一部はガリアに入植した。さらに、その一部はバルバロイを統治するため、ローマ人によってブリテン島へ派遣された。また、その他の一部はイベリア半島を通過して、北アフリカにまで到達した。アランより前にパンノニアに進出し、ローマ人によってブリテン島の防衛に派遣されたイアジュゲス族も、ブリテン島にサルマタイ文化の痕跡を残した。

出典 Wikipedia

2022/02/18

「強く速く美しい」オリンピックのドラマ(北京冬季オリンピックpart8)

高木(妹)が、5種目目にしてついに頂点に立った。

 

「金」が最有力視された2種目目の1500メートルこそ、僅差の「悔しい銀」に終わったが、ここから「怒涛の快進撃」が始まった。

 

かつての誰かさん(あえて誰とは言わないがw)のように、単に多くの種目にエントリーしているだけではない、高木(妹)の凄さは「エントリー5種目のどれもがメダル圏内」という、(ドイツ人やアメリカ人などには、時折見られるが)日本人としは稀にみる規格外の天才なのである。

 

姉とともに出場した翌日の500メートルは「0.08秒」という僅差で、これまた惜しくも「銀」。

 

姉の

 

「この種目で妹に金を獲ってほしかった」

 

の発言からも、この種目こそ「本命」だったことは窺えるだけに、普通であればこれで「」の夢は潰えたかと考えるところ。

 

しかしながら、高木(妹)のチャレンジはまだ続く。

 

団体追い抜き。

こちらは、ゴール直前でほぼ手中にしていた「」を逃すという、これ以上ない悲劇的な展開で悔し涙を呑んだ。

 

もちろん、ここまでの「銀3」だけでもまことにずば抜けてはいるが、これだけ「あと一歩」で金を逃すという展開が続いたのに加え、直前では姉の悲運にも見舞われるという過酷な状況だ。常人であればモチベーションの維持も大変だろうが、ここまで痺れるような状況の中にあっても、最終レースで強靭なメンタルを発揮したのはまことに驚異的だった。

 

これが5種目目というのに「一体どこに、そんな体力が残っていたんだ?」という、恐らくは稀代の天才が死力を尽くしたというような会心の滑りを見せ、オリンピック記録を叩き出して、遂に待望の「」をゲットしてしまった!

 

前回は「金・銀・銅」、今回は「金1、銀3」と、これで7個目のメダルという超人ぶりだが、意外なことに個人種目での「」は、これが初めて。ここまで僅差で金を逃したり、団体戦での思わぬ逆転負けなど、これだけ不運に見舞われ続けるのも前例がないという感が強かったが、そのご褒美というにはささやかながら、最後にドラマティックなフィナーレが用意されていた。

 

この逸材にとっては、おそらく「」でも満足とはいかないのだろう。

出場する全種目で、常に「最高の結果」を求められる逸材に相応しく、常にストイックな姿勢を崩さない高木(妹)が、珍しく心底からの喜びの笑顔を爆発させたのを観るに

 

うん、これが観たかったんだよな・・・

 

などと、勝手に納得してしまった。

 

レース後のインタビューでは苦し気に咳き込む姿が目に付いた高木(妹)

これだけの天才でありながらも(だからこそというべきかも)、想像を絶する過酷なトレーニングを積んできたことが窺える。

 

当然ながら、まだ十分に「次」も狙えそうな年齢だけに、このパフォーマンスを目にしては皆の期待が否が応にも高まらざるを得ないが、日本の「至宝」として体だけは大切にしてもらいたい。

※ハイエナのようなマスゴミに持て囃されて、稀代の才能を潰されないことを切に念じたい。

 

フィギュアスケート/女子

SPではロシア勢の一角を崩し、3位に着けた坂本。ドーピング騒動の余波を受け、さらには最終組で「渦中の」ロシア勢に囲まれるという想像を絶するプレッシャーを余儀なくされる中、フリーでも己を見失わずに最高のパフォーマンスを演じきって3位を死守し、笑顔が満開に弾けた。

一方、ドーピング疑惑のワリエワは、圧倒的な差をつけた頂点から、まさかの4位に凋落。

 

ノルディック複合/団体

かつて日本の「お家芸」と言われたこの種目。当時は得意のジャンプで強敵のノルウェーなどに大差をつけ、弱点のクロスカントリーでなんとか逃げ切るという展開で、堂々オリンピック連覇を達成したこともあった。

 

この日本勢の躍進に対し、狡猾な国際社会が即座に策動する。ジャンプの点数を低くし、欧米勢が得意とするクロスカントリーの比重を高くするという、まことに臆面もないご都合主義のインチキ改正を行った。結果、当然のごとく、日本は勝てなくなった。

 

このようなイカサマなルール改正にも一言の文句も言わず(言えず?)、いつの時代も真摯な努力で対応してくるのが、良くも悪くも「誠実な日本民族」であるから、知らぬ間にあれだけ苦手としていたクロスカントリーを克服したのは、実に「驚くべき進化」と敬意を表さねばならない。

 

こうして、ジャンプ4位と出遅れながら「得意の」クロスカントリーで順位を上げ「7大会ぶりの表彰台」という結果には、この競技ならではの時間の重みを感じさせるのである。

2022/02/17

「神仏習合」とは何か(1)

出典http://ozawa-katsuhiko.work/

 日本にも、伝来の神々というものがおりました。それは「自然神」であった場合と「朝廷の神」とであった場合がありましたが、いずれにしても「日本の神」でした。ところが、朝鮮から「日本の朝廷に献上される」という形で日本に「仏教」が伝来してくると、この伝来の神々と仏教とは融合してしまうのでした。それを一般に「神仏習合」と呼んでいます。

 

 この「仏教」と「神道」の習合の原因や仕方は様々ですが、それを見ることは「日本人の神観念」を見る上で欠かせませんので、ここではそうした原因の中でも特に特徴的と思われる場面を見ていきたいと思います。

 

仏教に期待された働き

 とりあえず真っ先に言えることは、在来の神道に対して仏教が「外来・異質」のものとして輸入されてきたのではなく、「朝廷・貴族の守護神」という「神道の神」のように理解されて移入されてきた、ということが大事です。

 

 すなわち「神」の一人(要するに「外来の神」、「蕃神」といいますが、そういう神として)受容されたということで、対立から和解・併存、やがて妥協・融合といった、ついうっかり考えがちな経緯を経たものではない、ということが指摘されるでしょう。要するに、初めから仏教は「神道の一部」みたいな形で移入されたのであり、初めから「仏」は「神の一人」とみられていたということです。これは日本仏教を理解する上で、非常に大事なことです。

 

 その神道的なものとは、一言で言って現世利益的な「繁栄・救済・保護」の願いを司るものということです。神道が「繁栄・守護」を目的としていたことは、すでに述べておきました。仏教も、こうした働きのものとして受容され発展していったのです。

 

 「仏教」というのは、発祥である本来のお釈迦様の段階では「悟りを開く」のが目的ですが、後世になって「仏に救っていただく」という思想も持つようになっていきます。その「救済の力」が「現世利益」に求められる場面が、実は日本に入ってくる以前の仏教にもありました。

 

その現世利益というのは「守護力」に求められました。「病気や災厄からの守り」であり、これは一般庶民の願望と結びついて一般化していきます。そしてもう一つが、同じ願望なのですが「朝廷・貴族」が求めた「護国・鎮守」という形になります。こうして貴族たちは仏教を保護し、仏教の側も「勢力拡大」のため朝廷・貴族と結びついていきました。「護国・鎮守の呪術の仏教」というわけですが、こうした「災厄からの守り」を求める仏教というのは、仏教の展開史において「庶民の仏教」を標榜して「民間信仰」と結びついていった「大乗仏教」運動で大きく推進されていったと言えます。

 

融合の経緯

 一般に「宗教は対立する」と考えられがちですが、それは「キリスト教やイスラーム」などがそうであるからで、古い昔の「民族の宗教」では対立ということはほとんどありません。ギリシャとエジプトの神々も対立していませんし、ローマの神々などギリシャの神々と融合してしまいました。それは「働きが同じ」だったからです。

 

 日本が「新来の仏教」と「在来の神」とを融合させたのも同じ理屈からです。それは、「在来の神」が新来の仏を「自分たちとおなじ働きのもの」として扱ったからです。

 

 そして仏教の方も「自分は全く神道とは異質のもので働きも神道とは異なり、釈迦本来の教えである現世否定で、出家を条件として修行で悟りを得ることが目的だ」などとは決して主張せず、むしろ「護国、守護」の呪術的なものだとして「神道と同じ土俵のもの」であることを主張したので、簡単に受容され得たのでした。こういった在り方が「神仏習合」というものの在り方だったのです。

 

 ですから、仏教が日本に移入された時「本来の仏教」が全く誤解されてしまったというわけのものではないのです。確かに、本来の仏教は「悟りを開く」ことが目的で「現世否定的」で、「出家=家・社会を捨てる」ことを要求し、「個人の魂の救済」を企図するものでした。これは後の日本の仏教も取り戻してはおりますが、しかし、これを初めから主張してしまうと、仏教は神道とは真っ向から対立してしまうのです。

 

 ところが、仏教は長い歴史の中に変質し、大衆化し、その限りで「現世利益」的となり、またそうであることによって、すでに早い時期から「朝廷・貴族」とも結びついていたのでした。

 

 しかも、仏教が日本に着くまでには「中国・朝鮮」を経ているのでした。この間に仏教が相当に変質しているであろうことは当然です。仏教は、すでに中国で「皇帝」のものとして「護国」的に働く側面を見せておりました。もちろん、一般大衆教化の働きも存在はしていたのですが、日本における仏教の受容が「朝廷」であったということは、移入された仏教の性質をよく語っているのです。つまり、初めから仏教は「朝廷のもの」であったということで、そうした「国家守護」という働きとしての仏教であったなら、これは当然「神道」の働きと同じですから、抵抗感なく受容されたのです。

2022/02/16

強い妹を持つ姉の悲劇?(北京冬季オリンピックpart7)

スピードスケート/女子団体追い抜き(パシュート)

前回オリンピックで日本が金メダルを獲得種目であり、しかも前回と同じ「最強トリオ」が連覇の偉業に臨んだ。

 

予選トップで通過した日本。準決勝で「ドーピング大国」のROCを圧倒し、順調に決勝に進んだ。この時点で「銀」以上が確定するとともに、今大会3つ目のメダル獲得となった高木(妹)は、歴代の女子選手で最多メダル獲得選手となった。

 

テレワークの恩恵で、日ごろの行い良いせいか(?)、うまい具合にWeb会議の合間を縫うようなタイミングで決勝が始まった。相手は強豪のカナダ。へっぽこ解説者の「実力は互角」という言葉を嘲笑うかのように、スタートから日本チームがリードを続ける理想的な展開で、最終コーナーに差し掛かる。

 

オリンピック連覇」が、いよいよ現実味を帯びてきたところで、高木姉がまさかの転倒。文字通り、あと一歩と言うところで連覇を逃した。

 

誰が考えたか、この「チームパシュート」という競技は、まさに日本民族の得意そうな種目である。「隊列の美しさは世界一」というのが日本チームの定評らしいのだが、皮肉にもこの種目には某インチキ採点のような「飛型点」や「テレマーク」などという「芸術点」は存在せず、純粋に速さのみを競うレースだ。もちろん、ワタクシは審査員の主観に頼ったファジーな採点には反対だから、この競技のように「速いものが勝つ」方がわかりやすくスッキリするのである。

 

後半に強いという評判通り、カナダチームの追い上げが強烈だったことに、相当なプレッシャーを感じたための転倒だったのかもしれないが、女子選手史上最多のメダルを獲得した高木妹の方は稀に見る逸材だけに、姉としては妹の大活躍こそなによりもプレッシャーだったのかもしれない

 

この日は、他にスノーボード女子ビッグエアの村瀬選手、ノルディック複合/個人ラージヒルでは渡部選手がともに「銅」を獲得し、メダル獲得数は過去最多の「14」となった。このうち「」は僅かに2つのみ。銀3つを取った高木妹でさえ「金」には届いていないくらいに「」が遠い。

2022/02/14

盤古 ~ チャイナ神話(3)

中国神話における天地開闢は、史記にも記載がなくその初めての記述は呉の時代(3世紀)に成立した神話集『三五歴記』や、『五運暦年記』『述異記』に記述がある。盤古開天闢地(ばんこかいてんびゃくち)、盤古開天(ばんこかいてん)とも。

 

あらすじ

天地がその姿かたちをなす前、全ては卵の中身のようにドロドロで、混沌としていた(『太上妙始経』ではこの状態を仮に「道(タオ)」と呼称し、万物の根源(神格化したものを元始天尊)とする)。

 

その中に、天地開闢の主人公となる盤古が生まれた。この盤古誕生をきっかけとして天地が分かれ始めたが、天は1日に1丈ずつ高さを増し、地も同じように厚くなっていった(従って、中国神話では、天の高さと地の厚さの長さは同じ)。その境にいた盤古も姿を19度も変えながら1丈ずつ成長していった。そして18千年の時が過ぎ、盤古も背丈が9万里の大巨人となり、計り知れない時が経った末に死んだ。

 

盤古が死ぬと、その死体の頭は五岳(東岳泰山を筆頭とした北岳恒山、南岳衡山、西岳華山、中岳嵩山の総称)に、その左目は太陽に、その右目は月に、その血液は海に、その毛髪は草木に、その涙が川に、その呼気が風に、その声が雷になった。

※なんだか、古事記のスサオノの神話を真似たような記述かとw

 

その他の天地開闢神話

盤古による天地開闢神話以外にも、古代中国には次のような神話がある。

 

重黎による天地開闢神話

原初、天地は近接しており自由に往来できていたが、重黎(ちょうれい)という神が天を上に押し上げ、地を下に押し下げたために天地が分かたれたという。『書経』『国語』『山海経』に記述がある。

 

女禍補天神話

『淮南子』には、中国の地勢の起源を語る女禍補天神話の記述がある。

 

太初より大地の四隅に天を支える柱が立っていたが、あるとき柱が折れてしまい、天が落ちてきて大洪水や地割れ、大火災が発生し大惨事となった。これを見た女媧という人頭蛇身の神が5色の石を練ってひび割れた天を補修し、巨大な亀の足を切り取って東西南北の柱として立て直して天空を支えた。さらに、芦を集めて焼いた灰で大洪水を治め、天地は元通りとなった。

2022/02/13

スッキリしないジャンプのルール(北京冬季オリンピックpart6)

スピードスケート/女子団体追い抜き1回戦

高木姉妹と佐藤選手で挑んだ日本は、オリンピック記録で1位通過。とはいえ、僅差で2位に着けたカナダを始め、3位と4位のオランダ、ROCも侮れない相手だ。

 

スピードスケート/男子500メートルでは、森重選手が「不可解なフライング裁定」の被害に遭いながら「

 

そして、スキージャンプ/男子ラージヒル。ノーマルヒルで金メダリストに輝いた小林選手は僅差で2位となり、惜しくも「二冠」の快挙は逃した。しかしながら、個人種目で「金・銀」は見事な快挙だ。

 

■納得いかんジャンプのルール

繰り返しになるが「ジャンプ競技」のルールが、どうにも気に喰わん

なぜ、素直に「誰よりも大きなジャンプをした者」がチャンピオンにならないのだろう。

 

スピードスケートは当然のごとくに誰よりも速く滑った者」が勝利者で、滑走姿勢の美しさなどは無関係だ。他に、たとえば陸上のトラック競技にしても、ただ「速さ」のみを競うものである。世界には、かなり不思議なフォームで走るトップアスリートも存在する。そもそも、誰しも自分が一番速く走れるフォームを追求し結果の産物だから、どんなフォームで走ろうが大きなお世話であって、幸いにしてこの世界ではそれぞれの「個性」として尊重されている。

 

フィールドの跳躍にしても、古今東西を通じて「最も大きく跳んだ者」、「最も高く飛んだ者」が勝利者になるのが当たり前で、そこに一ミリも疑いの余地はない。間違っても「飛型の美しさとやらの曖昧な尺度」が出る余地はまったくなく、着地で尻もちをつこうが減点対象となるはずはない

 

このように「わかりやすいルールだから、観ていて楽しい」のであって、いたずらに素人を混乱させるだけの、ご都合主義に根差したルールの複雑化は排除しなければならない。

 

などと書いているうちに、実は「飛距離競技ではなく「ジャンプ競技」なのだから「単に飛距離だけでなく、飛ぶ姿勢や着地の美しさも競う総合ジャンプ競技(芸術?)」で間違ってないのではというのも、なるほど一理あるかもしれぬ気がしてきた。しかしながら、やはり「誰よりも大きなジャンプをする」ことこそが原点であるからには、それで「勝者になれない」ことがあるのは、やはり本末転倒であろう。

 

これは前の例に挙げた他の競技との比較以前に、スポーツの精神から考えてもおかしな話だから、現状の「ジャンプ」とは別に「飛距離」という本来あるべき種目を設けるべきではないか。もちろん、これは「飛型や着地」などがいかに不細工だろうが関係なく、とにかく「どれだけ遠くまで飛べたか」で勝敗を決する。別に選手の負担が増えるわけでもないし、誰が見ても同じ結果を共有できるのだから、これほどスッキリすることはないんじゃないかと素人として思うのだが、選手や競技関係者の意見を聞いてみたい。

2022/02/12

「疑惑の祭典(採点)」(北京冬季オリンピックpart5)

スノーボード/男子ハーフパイプで、平野選手が「

「疑惑の判定」を乗り越え、スノーボード競技で日本人初の快挙!

 

スキージャンプの高梨選手の「スーツの規定違反で失格」が大きな話題になった。事実上、この「失格」によって日本はメダルを逃しただけに、日本人ならば誰しもが許し難い思いだろうが、実は今回のオリンピックは、これ以外にも「疑惑のデパート」の様相だ。

 

高梨選手のスキージャンプに関しては、通常とは異なるセクハラまがいの検査やら、特定の選手(または国家?)を狙い撃ちしたような甚だ公平性を欠く「抜き打ちチェック」など、ネットのニュースをチラ見しかしていないワタクシでさえ、それこそ論えば枚挙に暇がないくらいの「不可解な判定」が横行しているようだ。

 

そもそもホストを考えれば、過去の大会同様にインチキが横行するのは目に見えていたが、それはあくまで「地国選手に有利な判定」だけと思っていた。ところが、どうしたことか、ホストの選手とはまったく関係のないところにまで「疑惑判定」が横行していそうなのである。

 

その最たる例が、フィギュアスケート女子の「金メダル候補」ワリエワ(15)だ。団体競技後に「ドーピング違反で失格」となり、表彰式も取りやめになるほどの騒ぎになったにも関わらず、その舌の根も乾かぬ数日後に「無罪放免」という奇々怪々な茶番が演じられた。

 

「あれは検査のミスで、実際にはシロと判明した」という説明でもあればともかく、明確な説明は一切ないままウヤムヤにされてしまった。「明確な説明がない」ということは、すなわち「説明すべき明確な材料や根拠がない」ということで、これではなんらかの裏取引があったと疑われても仕方がなく、一体なんのためのドーピング検査かということになる。

 

ロシア勢といえば、度重なる組織的なドーピング問題の影響により、「ロシア」という国の代表ではなく「ROC」なるワケのわからない団体名として参加せざるを得ないくらい、常に「真っ黒な常習犯」である。

 

こんな連中が、国別で競う「団体戦」出場が認められていること自体が、そもそもおかしい。これでは単に呼び名を変えただけで、結局「国家」と同じ扱いである。

 

それなら「ROCとは、なんなのか?」と正式名を調べてみると「ロシア・オリンピック委員会」というから、結局「ロシア国」として参加しているのと何が違うのか。

 

そもそも、15歳に冬季オリンピック出場の資格があったのだろうか?

かつての浅田や紀平は「金メダル有力」と言われながら、年齢制限に引っ掛かってピークの時に出場を逃していた記憶があるのだが・・・

 

これまでも繰り返してきたように、冬季オリンピックで気に入らないのは「採点競技」が多いことだ。そもそも欧米が牛耳る国際スポーツ界では、過去に日本選手がメダルをたくさん獲った競技に限って、いつの間にか「大幅なルール変更」がなされるという小学生レベルの嫌がらせが繰り返された。そうした嫌がらせにも負けず、日本選手が新たなルールに適応して結果を残し始めると、今度は「疑惑の判定」が横行するという狡猾さで、浅田選手を始めとするフィギュアスケート勢や、ジャンプ、ノルディック複合選手など、どれだけこのルール変更や「疑惑判定」に泣かされてきたことか。

 

ところが今大会に限っては、必ずしも日本選手だけでなく(相変わらず被害に遭っている選手は、かなり多そうだが)、欧米選手なども多く被害に遭っているという面妖さだけに、これは常識的になんらかの利権が絡んでいるとしか考えられない。

 

とかく「採点競技」は胡散臭い。採点するのは神ならぬ人間だから、そこには必ず「感情や好み」が反映されるはずで、百歩譲って「依怙贔屓や悪意」はなかったとしても、人である以上、どうしても「主観」に左右されることは不可避だ。それで、たまたま「主観に合わない」採点員に当たってしまった選手こそいい面の皮で、これまでの人生を賭けた努力が無になってしまうのだから、これはどう考えても許し難いシステムである。

 

元々、オリンピックというイベントは、スポーツの素晴らしさや楽しさを広く伝えるための目的も重要なはずだ。特に冬季オリンピックの場合、普段はなかなか見ることのできない競技や、日本では日頃馴染みの薄い競技などを観るチャンスだけに、それこそ「スポーツの素晴らしさや楽しさ」を伝える絶好の場なのが、商業主義に偏り過ぎた昨今は政治裏の薄汚いカケヒキや疑惑判定のオンパレードなど「醜悪さ」ばかりが目に付き、オリンピック離れが加速している状況と言える。

 

事実、「疑惑の判定」が蔓延る冬季オリンピックの観戦はイライラばかりが募るのだから、この際は無味乾燥であろうが「AIによる公平な採点」とした方が、よほど公正を保てるのではと思えてしまう。

2022/02/10

異次元の男の涙(北京冬季オリンピックpart4)

フィギュアスケート男子

SPでは鍵山が2位、宇野が3位の好位置につけたが、「オリンピック三連覇」の偉業に挑んだエースの羽生はまさかの8位と、大きなハンデを背負ってFSを迎える。

 

宇野、鍵山の健闘が称賛に値するのは間違いないが、なんといっても多くの日本人の期待は羽生だ。

 

なにせ、あの圧倒的な存在感は、これまでの日本選手にはないカリスマ性が確かにある。前回オリンピックで「」の宇野などは、他の大会での実績も併せて考えれば本来もっと騒がれてしかるべき存在なのに、なにしろ「羽生という稀代のスーパースター」の前には蔭が薄い。ましてや、心境著しいとはいえ鍵山に至っては

 

「そんな選手がいたのか?」

 

というレベルだ。

 

この小柄な2人に比べれば、手足が長くスタイルも(顔も)抜群の羽生には、やはり他の選手にはない「カリスマ性」がある。

 

もちろん、スタイルが良かったり顔が良かったりというのはあくまで二次的な要素にすぎぬ。あれだけの才能を備え、それに相応しいだけの輝かしい実績を残しながらも、常に現状に満足せずにさらなる高みを目指す求道者のストイックさも兼ね備えたところに、彼の「カリスマ」たる所以があるのだ。

 

ここに、羽生のことを上手いこと表現した文章を引用する。

 

「容姿のいいスポーツ選手のリストの上の方には、必ず羽生結弦の名前がある。フィギュアスケートに興味のない人でも、検索用語のリストやショートビデオを通して彼を覚えている人は多いに違いない。その“少年のような”表情としなやかな姿から、羽生結弦は『漫画の中から出てきた氷の王子様』とも称される」

 

「顔は翡翠(中国で古くから人気がある宝石)のように美しく、姿かたちは松の木のようにしなやかで、軽々と羽ばたく様子は驚いて飛び立つ白鳥のようであり、しなやかな美しさは自由に動き回る龍のようだ」とかつて称えたことを紹介。しかし、羽生の本当の魅力は優れた容姿ではないと、記事では指摘した。

 

「羽生ファンは『美しさは長所の中では言及する価値が一番低い長所だ』と常に言う。翡翠のように美しく優しい『氷上の王子様』はほとんど『大魔王』と言ってもよいほどの実力の持ち主なのだ」

 

これが、なんとC国メディア「CCTV」の解説者の記事と言うから驚くではないか。

 

確かに、このような「異次元の存在」だからこそ、多くの日本人だけでなく、今や世界中と言っても過言ではない期待が集中してしまうのは自然の成り行きであり、またその大きな期待をプレッシャーではなく、エネルギーに変えてしまうことができるのが「異次元の男」たる所以なのである。

 

そして、この「異次元の男」は強靭なメンタルを持っている。もちろん、メンタルの強さというのは努力である程度はなんとかなるのかもしれないが、やはり生まれ持った才能が大きい。あの女のような優しい顔からは想像できないような、誰よりも強靭なメンタルを持つのも「異次元の男」たる所以である。

 

だからこそ、「SP8位」と得点差の現実を踏まえれば、最早「金」はおろかメダルも絶望的という、目の前に突き付けられた現実も忘れたかのように、多くのファンが

 

羽生なら、途轍もない演技で金を獲ってくれるのでは?

 

という幻想を抱いてしまうのも無理ないことであり、またそのような「」を見せてくれる唯一無二の存在ともいえた。

 

この「異次元の男」の方程式には、そもそも「リスクを回避して、少しでも順位を上げたりメダルを獲りたい」などというケチな考えは、おそらく爪の先ほどもなかったのではないか。これまで誰も成しえず、それだけに大きな期待の掛かっていた乾坤一擲の大技にリスク覚悟で挑んで来たのは、異次元の男のプライドからすれば当然すぎる選択で、そもそも我ら凡人とは根本的に発想が異なるのである。

 

もっとも、本人はかつて

 

「五輪は発表会じゃない。勝負の場所で勝たなければいけない」

 

という話をしていたらしいから、この決断はあるいはSP8位という結果が齎した産物かもしれないが、そもそも羽生が狙っていたのは「」のみであって、銀や銅はハナから眼中になかったろうし、「金以外なら、どれも同じ」くらいの考えではなかったか。実際に、表彰台の一番高いところで皆の視線を一心に集めてこその羽生であり、脇の低い段に遠慮そうに立つ姿は「異次元の男」にはまったく似合わず、イメージすら浮かばないではないか。

 

そしていまだ

 

「メダルは取れなかったけど、私の中では彼が一番」

 

などとワケのわからないことをいう「信者」が後を絶たないのも、彼が唯一無二の「異次元の男」だからなのである。

 

一方、「異次元の男」の陰に隠れて目立たなかった宇野、鍵山の両選手。こちらは日本人としてもかなり小柄だから、国際大会では一層小ささが際立つが、そんなハンデを跳ね返して会心のパフォーマンスを演じきってのメダル獲得だから、これは称賛に値しよう。この大舞台で、ついに頭の上の大きな重石が取れた両選手には、一層伸び伸びとした演技の活躍を期待したい。

 

鍵山は会心の「銀」、宇野は羽生に勝った喜びの一方、後輩に負けた悔しさはあるだろう。羽生は・・・勝負の世界は残酷だ

2022/02/09

サラの悲劇(北京冬季オリンピックpart3)

フィギュアスケート男子(SP

オリンピック三連覇という大偉業」に挑む羽生選手が登場。その羽生の背中を見続けて研鑽を重ねてきたであろう宇野選手、さらには18歳とフレッシュな鍵山選手という強力な布陣だ。もっとも「強力な布陣」とはいえ、なんといってもその中心は「絶対王者」の羽生であることは間違いなかった。

戦前までは・・・

 

前回大会で、すでに「オリンピック連覇」の偉業を成し遂げ、凡人ならすっかり満足のうちに引退するか、タレント気取りでテレビで愛嬌を振りまくかというところだろうが、敢えて「三連覇の偉業」に挑んできたこと自体、称賛に値する。

 

そんな「絶対王者」の地位は揺るがないハズだとの確信に支えられての観戦だったが、この日のSPでは予想外のミスが出て「まさかの8位」というスタートだ。

 

「まだショートプログラムだから」とはいうものの、これまでの「ショートでトップに立って逃げ切り」のパターンが崩れただけでなく、トップ選手たちとは大差が付いてしまっただけに、事実上「逆転金」の目は、ほぼ潰えたといえる。当然ながら「」だけを目標にしてきたであろう絶対王者には「早すぎる終戦」を迎えることに。

 

くわえて宇野(3位)、鍵山(2位)という後輩たちにも、まさかの後塵を拝するというのは、さすがに絶対王者には想定外すぎる展開であったろう。

 

もっとも、宇野、鍵山両選手の活躍自体は日本人としては喜ばしい限りであるから、このままいけば「いよいよ世代交代の波が・・・」ということになりそうなのだが、なにしろあれだけの強さを誇った絶対王者が、このまま黙って引き下がることはなかろう。

 

勝負のフリーでは、この際

 

順位よりも、この稀代の天才がこの状況下で、果たしてどのようなパフォーマンスを見せてくれるか?

 

に注目してみたいのである。

 

スキージャンプ混合団体

個人戦で表彰台を逃した高梨選手が、リベンジを期待された団体戦では「スーツの規定違反で失格」という前代未聞(?)のイチャモンを付けられ、またしても悲運に見舞われた。

 

そもそも、この「ジャンプ競技」のルールというのが、よくわからない。

ジャンプ」というからには、誰よりもたくさんの距離を飛んだ者が強いはずで、その点からいえば高梨選手は文句なくナンバーワンのはずだった。

 

ところが(だからこそというべきか)、これでは高梨選手など体重の軽い日本選手の独壇場になるからとばかり「飛型点」などという、わけのわからない採点が出てきた。要するに「飛ぶ姿の美しさ」ということらしいが、元々が「いかに遠くまで飛べるか」を争う競技なのだから、飛ぶ格好など不細工だろうがなんだろうが、たくさん飛んだ者が勝者であるべきだし、それでこそ誰の目にも不公平がないはずだ。

 

ところが、この「飛型点」などとトンチンカンだけではまだ足らず、さらには「テレマーク」などという、これまたわけのわからないルールまで加わって「着地の美しさ」までもが採点の対象となってしまった(実際の採用順序は知らんがw)

 

繰り返すが「ジャンプ」というからには「遠く高く」飛ぶことを競うべきであって、せめて「どれだけ高く飛んだか」ならまだしも理解はできるが「飛型」や「着地」の美しさなどが「ジャンプ」競技に一体、何の関係があるのか?

どう考えても「最もたくさん飛んだ者」が、絶対に偉いのであって、「飛型」の不格好さや着地で尻もちをついてひっくり返るのは「ジャンプ」の能力とは、まったく無関係なのである。

2022/02/08

「怪物に喰われた?」日本のエース(北京冬季オリンピックpart2)

この日の注目は、スピードスケート/女子1500メートルだ。

 

前回オリンピックでは「金2個」を取った姉と「金銀銅」をコンプリートした妹という高木姉妹が登場。さらに「21W1500メートルで3度表彰台」の佐藤選手という、もう一人の有力な選手がくわわる「最強布陣」だけに、金メダルはもちろんのこと複数のメダルも期待できる種目と言えた。

 

しかしながら、そう上手くはいかない。2日前の3000mでは、エースの高木(妹)が「まさかの6位」に終わり「世界の壁」の高さを改めてまざまざと思い知らされたばかり。この大会5種目のエントリーをしてはいるものの、その中でも「世界記録保持者」として「本命」と見られたのが、この種目。まさに「満を持して」臨んだレースと言えたが、やはり世界は広かった!

 

冬季オリンピックの選手の中では、圧倒的な天才肌を感じさせる高木(妹)をもってしても適わない相手。それは

 

過去オリンピック4大会で「金5,銀5,銅1」と、1人で11個ものメダルを獲得してきたバケモノ(?)

 

であった。

 

この怪物が、35歳という年齢を超越した会心の滑りを見せたから、最終組の高木(妹)に極限のプレッシャーがかかってしまったのも無理はない。今季、ワールドカップなどの主要な大会では目立った活躍はなかったらしいのにくわえ、年齢的にもすでにピークを越えたと思われたが、ここ一番で会心のレースを演じるところが、さすがバケモノたる所以なのだろう。

 

スピードスケートの魅力は、わかりやすい点にある。採点競技が多い冬季オリンピックの種目は「疑惑の判定」によってモヤモヤが残るケースが多い中、純粋に「速いものが勝つ」スピードを競う競技は、やはり観ていて爽快感がある。

 

惜しくも「銀」に終わったとはいえ、これでトータル4個目のメダルとなった高木(妹)、まだ3種目を残しているだけに、この悔しさをぶつけて好結果に繋げてくれるはずだ。

 

他の競技では「フィギュアスケート団体」という耳慣れない競技で「銅」。

こんな種目、いつできた?

2022/02/07

金メダル第1号(北京冬季オリンピックpart1)

冬季オリンピックが開幕した。

 

「北京オリンピックって、なんか最近やったばかり(2008年)だと思ったが、またやるの?」

 

というのと、冬季オリンピックは前回がK国だったから

 

「なんでまた2大会続けて東アジアの、しかも日本にとっては最悪な国で・・・」

 

という思いは否めないものの、「オリンピックオタク」としては、そのような政治的なカケヒキは置いといて、やはり気になってしまうのである。

 

「北京オリンピックなど、選手もボイコットせよ!」

 

などと勇ましく吠えたてる「自称言論人」が居て、まあ気持ちはわからなくはないが

 

「スタートの号砲が鳴ったら、止めて帰ってこい!」

 

などという戯言は、ここにすべてを賭けて来たアスリートを冒涜する言動であり、厳に慎むべきである。

 

/5(土)

実質的な競技初日となったこの日。

さっそく「金メダル候補」の呼び声高かったスキージャンプ女子の高梨選手が登場。幸先よく行きたいところが、結果「金」はおろかメダルにも届かず。しかしながら、フリースタイルスキー/男子モーグルの堀島選手が銅メダルを獲得し、今大会のメダリスト第一号となった。

 

/6(日)

これまた「メダル候補」と評判が高かったのがスノーボード女子だ。似たような競技で、まだ記憶に新しい東京オリンピックでの「スケボー」の大活躍が記憶に鮮明なだけに、ついつい二匹目のドジョウを期待してしまったが、結果はメダルには届かず。

 

こうして前評判の高かった選手が次々と玉砕していく中、スキージャンプ/男子ノーマルヒルで小林選手が見事に金メダルをゲットした。

 

一方、フリースタイルスキー/女子モーグルで「金メダル候補」の呼び声高かった川村選手は5位で終戦。

2022/02/04

サルマタイ ~ 民族移動時代(10)

サルマタイ(ギリシア語:Sarmatai、ラテン語:Sarmatae、英語:Sarmatians)は、紀元前4世紀から紀元後4世紀にかけて、ウラル南部から黒海北岸にかけて活動したイラン系遊牧民集団。紀元前7世紀末からウラル南部にいたサウロマタイに、紀元前4世紀頃東方から移動してきた遊牧民が加わって形成されたとされる。サルマタイはギリシア語であり、ラテン語ではサルマタエとなる。また、彼らのいた黒海北岸地域をその名にちなんでサルマティアと呼ぶため、サルマティア人とも呼ばれる。

 

サウロマタイとサルマタイ

サルマタイの名が初めて登場するのは、紀元前4世紀のギリシアの著作である。それ以前はヘロドトスなどに記されたように、サウロマタイという名前のよく似た民族が登場していた。サウロマタイはサルマタイの直接の祖先とされ、考古学的にはドン川から西カザフスタンに至るまでの地域における、紀元前7世紀から紀元前4世紀の文化をサウロマタイ文化とし、それに続く文化をサルマタイ文化(紀元前4世紀 - 紀元前2世紀)としている。

 

ヘロドトスによると、サウロマタイはウラル川からヴォルガ川流域の草原地帯で遊牧を営んでいたが、ヒッポクラテスが記したように紀元前5世紀末になると、マイオティス湖(アゾフ海)周辺に移住していた。紀元前4世紀中葉になると、クニドスのエウドクソスはタナイス川(ドン川)に住むシュルマタイ(syrmatai)というサウロマタイ系の部族を記録し、カリュアンダのスキュラクスもタナイス川(ドン川)にシュルマタイの存在を記し、サウロマタイの一集団とした。しかし、フィリッポフカ古墳の発掘調査によると、紀元前5世紀末までにウラル川中流域でサルマタイの勢力が増大していたことが明らかとなる。

 

サルマタイのスキティア侵略

サルマタイのスキティア侵略については、様々な史料に断片的に記録されているが、ヘロドトス等に記されているスキタイほど詳細な史料が存在しない。しかしながら紀元前4世紀末には、サルマタイ諸部族がサウロマタイに代わってドン川に迫り、そのうちのシラケス族はボスポロス王国の権力闘争に深く関与して、クバン川流域を支配下に置いたという。

 

時にスキタイ(第二スキタイ国家)は、紀元前339年のアテアス(アタイアス)王の死後から弱体化し、紀元前3世紀にはドン川を越えて侵攻してきたサルマタイによって征服されてしまう。以降、この地域はスキタイのスキティアから、サルマタイのサルマティアと呼ばれるようになった。サルマタイは黒海北岸を征服すると、そこにあったギリシア植民市にも侵略し、自由民たちを捕虜にして売りさばいた。サルマタイから圧迫されたスキタイはクリミア半島に押し込まれ、第三スキタイ国家を形成した。その地域は小スキティアと呼ばれた。

 

ポントス・ボスポロス王国に従軍

ポントス・ボスポロス王のパルナケス(在位:紀元前63 - 紀元前47年)がローマと戦うことになったため、シラケス王のアベアコスは騎兵2万、アオルソイ王のスパディネスは20万、高地アオルソイ族はさらにそれ以上の騎兵を送って従軍させた。

 

アルメニア王国の地図

35年、パルティア王アルタバヌス2世(在位:10年頃 - 38年)の王位に不満を持ったパルティア貴族がローマ帝国に支援を求めた。ローマのティベリウス帝(在位:14 - 37年)は援軍を派遣するとともに、ティリダテス3世を新たなパルティア王に据え、前年にアルタバヌス2世が奪ったアルメニア王国を取り返した。この戦いでサルマタイは両方の側にかり出され、互いに争ってアルメニア奪還に貢献した。

 

ボスポロスとローマの戦い

ボスポロス王国のミトリダーテス(在位:41 - 45年)は、王位を弟のコチュスに奪われて以来、各地を彷徨っていたが、ボスポロス王国からローマの将軍ディーディウスとその精兵が撤退し、王国にはコチュス(在位:45 - 62年)とローマ騎士ユーリウス・アクィラの率いる少数の援軍しか残っていないことを知った。ミトリダーテスは、二人の指揮者を見くびって部族を煽動して離反を促し、軍勢を集めてダンダリカ族の王を放逐し、その王国を掌中に収めた。これを聞いたアクィラとコチュスは、自分らだけの手勢に自信が持てなかったため、アオルシー族の強力な支配者であったエウノーネスに使節を送り、同盟条約を結んだ。

出典 Wikipedia

2022/02/02

神社と祭神 ~ 古事記と日本書紀の神々(7)

出典http://ozawa-katsuhiko.work/

神社

 以上のような神は、支配者である「皇室の神」です。ですから、その多くが崇拝を求められて「神社の祭神」となっているのですが、残念ながら一般の人々はどの神社にどの神が祭られているのかなど全く意に介さず、知ろうともしません。要するに「神」でありさえすればいいからです。つまり「」だけが問題なのであって「誰」であるとか「どんな職分」の神であるかは問題にされないのです。

 

 以下、有名神社について紹介しておきます。「神社」と総称してはいますが、神社には何々「神宮」と呼ばれたり、何々「大社」、あるいは「」とか「」とか呼ばれているものもあり複雑です。ここでは詳しい説明は割愛して、簡単な紹介にしておきます。

 

「伊勢神宮」(三重県)

 これは本来「別格」の神社で、ここだけはただの「神宮」と呼ばれるはずのものでした。つまり、本来「伊勢」という限定はいらないのであって、ここはすべての神社を代表しているということです。というのも、ここの主神は「天照大神」であり天皇家の祖先神であるからです。この神が「内宮」の主神ですが、外宮には食物神である「豊受けの大神」が祭られています。

 しかしその後、複数の神宮が作られたため「伊勢の神宮」と限定されてしまったというわけでした。今日では「神宮」というと、むしろ東京の「明治神宮」を意味してしまうことが多いようです。

 

「熱田神宮」(愛知県)

 ここは三種の神器の一つである「草薙の剣」が祭られていることで有名で、主神は「熱田大神」とされますが、これは要するに「天照大神」ということになってしまいます。その他、この剣を八股の大蛇を退治して取り出した「すさのう」と、これを以て駿河で「草を薙って」この地を平定した(それゆえ「草薙の剣」と呼ばれることになった)「日本武尊(やまとたけるのみこと)」が祭られているのは当然です。

 

「明治神宮」(東京都)

 「初詣」で有名な神社ですが、ここの祭神は「明治天皇」であって、全く新しい神社です。しかし今日、限定なしに「神宮」というと、ここを意味してしまうほどに有名になってしまいました。

 

「出雲大社」(島根県)

 ここの神は「大国主大神」です。本来は、ここだけが「大社」と呼ばれていたことが『延喜式』に見られます。つまり「神宮」は本来「伊勢神宮」だけで、「大社」は「出雲大社」だけということのようでした。それが拡大されて、後に各地にたくさん「大社」が作られていきました。

 

「春日大社」(奈良県)

 藤原氏の「氏神社」として興隆したものですが、一般に「春日祭り」で有名となっています。祭神は「大国主」に国譲りの談判に行った「たけみかずち」と、『日本書紀』の方で「たけみかずち」と共に談判に言ったとされる「ふつぬしの神」です。共に「戦の神」とされています。

 

「諏訪大社」(長野県)

 大国主の国譲りの話しのところに出てくる「たけみなかた」が祭られています。

 

「伏見稲荷大社」(京都府)

 一般に「お稲荷さん」で親しまれているものですが、それらのお稲荷さんは「伏見稲荷」とは無関係に地方にあった信仰が取り込まれたものと考えられ、全国に数万の社が存在すると言われています。そうなったのも、この稲荷信仰は「食物、穀物の神」とされる一方、屋敷神ともされたりして氏族の守護を司るとされ、また他方でここの使い神である「狐による祟り」が考えられたりして、それ故地方ごとにあった様々の信仰形態が包括されてしまったといわれています。

 一応、その本家とされるのがここで、祭神は「食物、稲の神」とされる「うかのみたま」となります。今日でも「商売の神」として、多くの信仰を得ています。もちろん全国数万の「お稲荷さん」も同様です。

 ちなみに愛知の「豊川稲荷」も有名ですが、こちらは全く別系統で、仏教での「だきにてん」と稲荷が習合したものです。

 

「熊野神社」(和歌山県)

 一般に「熊野神社」と呼んで全国各地で多くの信仰を集めていたものですが、この「熊野信仰」の母体となっている神社は、紀州の「熊野三山」つまり「熊野本宮大社」と「熊野速玉大社」、「熊野那智大社」をさします。

 この他に、島根にも「熊野大社」という非常に由緒ある社などもあって、ややこしいです。祭神は「本宮」が「けつみこ大神」とされますが、この本体は「すさのう」とされています。「速玉」は「速玉大神」ですが、この本体は「いざなぎ大神」とされます。「那智」は「おおあなむち」です。

 

「宇佐八幡宮」(大分県)

 これは「宇佐神宮」が本名のようですが、一般に「八幡様」と呼ばれて親しまれているものです。祭神は「応神天皇」ですが、一般に「源氏の氏神」として有名で「八幡太郎義家」などと名前にまで使われていました。源氏の氏神とされていることに了解されるように、ここは「戦の神」とされています。

 

「太宰府天満宮」(福岡県)

 俗称「天神様」ですが、ここには「菅原道真」が祭られています。この菅原道真が九州の太宰府に流されて憤死し、その祟りで京の都に「雷」が落ちて火事になるなどの災害が生じ、これは「道真の怨念による祟り」であるとされました。そのため道真を「神として祭って」祟りを起こさないようにと「鎮めた」ものです。「雷」だったので「天神」と呼ばれたわけです。後に、この道真は書の達人であったところから「学問の神」とされていったのでした。

 この天神様のように、歴史上有名な人物が神格化されて祭られている場合も多々あります。日光の東照宮には徳川家康が祭られています。

 

 こうした神の中で、庶民に人気となって祭られているものに「平将門」がおります。とくに「神田神社」一般には「神田明神」と言われて、銭形平次でも有名になっているものですが、ここの祭神は一宮が「おおあなむち」、二宮が「すくなひこな」、三宮が「平将門」になっています。元来は「おおあなむち」が祭られたもののようでしたが、平将門の祟りがあったと見られた時、荒れ果てていたこの社に「合併して祭る」ということで祭られて以来興隆し、徳川時代には「天下祭り」と呼ばれていました。明治時代に一度、平将門は「別にされ」「すくなひこな」が合祀されましたが、昭和時代になって氏子の強い要求で、再びここに祭られるようになりました。

 

 以上の神社は皆「人気」があって、様々の地域に勧請されて祭られています。そのベスト15を上げておきます。

 

稲荷、八幡、天神、宗像・厳島、諏訪、日吉、熊野、津島、白山、八坂、松尾、鹿島、秋葉、金比羅