2003/07/31

Classicとの邂逅


 初めてClassic音楽に目覚めたのは、高校生の時だった。


幸いにして、家には母が所有する名曲アルバム全集を始めとしたレコードが山と積んであった。

当時としては高価なYAMAHAの高級ステレオに、ショボいカセットデッキを繋いでそれらの名曲を片っ端から録音し、聞きかじり始めた頃。

『運命』、『未完成』、『悲愴』、『新世界より』、『田園』といった交響曲の有名どころは勿論だが、母の最もお気に入りだったJ.シュトラウスのウィンナ・ワルツ、そして『軽騎兵』、『詩人と農夫』、『天国と地獄』、『こうもり』など、オペレッタ序曲に至るまで手当たり次第に聴きまくった。

3の学園祭の頃には、すでにイッパシのClassicマニアを気取り「クラス対抗ブラスバンド大会」では、投票で決りかけた流行のポピュラーを強引に引っ繰り返し、エルガーの『威風堂々』をゴリ押ししたのみならず、デタラメの指揮を振ってクラスを優勝に導いたりもした。

とはいえ、その当時はまだ理解も浅く、社会人となってからは再びロックに戻った。

その後、しばらくはClassicから遠ざかっていたが、20代の半ばくらいからClassicに戻ったり離れたりを繰り返した。

Classicを体系的に究めてみようではないかと一念発起した当時は、フリーランサーをしていて夜間に原稿を書くような生活スタイルが定着していたため、その反動で日中の空いた時間に昼寝をする習慣があった。

この昼寝の時に、Classic音楽を流すのだ。

正確にいえば、Classicを聴きながら昼寝をするつもりではなく、Classicを聴くつもりが知らぬ間に昼寝時間と化してしまっていたが、確かにClassicというのは聴いていると眠くなるものである。

それはともかく、そのようにして聴いていると、どの曲にしろその良さが自ずと理解できてくるものだ、と実感できるようになった。

曲によっては、それが23回であったり、或いは20回、30回、または1ヶ月くらい繰り返し聴き続けるといった違いはあるが、いずれかのタイミングで必ず「ピンと来る感覚」が訪れた。

この「ピンと来る感覚」というのは前記の通り程度の差はあれど、どの曲も繰り返し聴いているうちに例外なく訪れたため、後はそれが自然と感性に訴えかけてくるのを待てば良いだけである。

と、そのようなことを考えているうちに、不思議な現象が起こった・・・

 音楽鑑賞といっても姿勢を正して音楽だけに集中しているのではなく、寝転がって聴いているうちに知らぬ間に寝てしまっている、というのがお決まりのパターンであることは前回も触れたが、不思議なことにその曲がいつもある同じ部分に差し掛かると、パッと目が覚めるのである。

そうして目覚めとともに耳に流れ込んでくる旋律が、耳から心へとジンワリと浸透してくるのだ。

要するに、これはその時点でその曲に「開眼」したのだ、と考えた。

そして一旦この現象が起きると、次からは必ずと言っていいほど同じ曲の同じ部分で目覚めが訪れ、そこからはじっくりと鑑賞に浸れた。

一方、まだ「開眼」に至っていない時は、当然の事ながら最後まで目覚めが訪れる事はなく熟睡状態で終わってしまうが、これまた不思議なことはいつも曲が終わるタイミングで目が覚めるのである。

こうしてみると、一見意識なく眠っているように見えるが、実は意識の深層では覚醒して音楽を認識している感覚があり、つまらない(と感じる、実際にはまだ理解できていない)曲の場合は「寝てろ」という指令を出していて、いよいよ聴きどころ(と認識されたところ)に来ると「起きろ」という指令を出す、というような不思議な多重構造が確かに認められるのである。

Classicを聴いていると眠くなる」という話はよく耳にするが、このような自らの体験に照らし

「眠くなったら、素直に寝てしまえばいいのだ」 

と言いたい。

そうだとしても、その人の感性に訴える部分では自ずと覚醒するだろうし、逆に言えば絶対に目覚めが訪れないような人は、(良し悪しは別として)Classisとは無縁なのだと思う。

無論、これはあくまで自己流の方法なので、開眼に至るパターンは十人十色だろうが、音楽の利点は特に意識的に理解に務めようとせずとも、自然な形で耳を通じて脳に働きかけてくる点ではなかろうか。

例えば文学などは、文字だけを漫然と追っていると読んだつもりでもまったく頭の中に残らなかったり、絵画なども観賞心もなくボンヤリ眺めていれば頭にも心にも残らないものだが、音楽だけは不思議とどうでもいいようなBGMが頭に残ってしまったりする日常の経験に照らしても、やはり心に残り易いのだと思える。

目を瞑れば絵も文字も見えなくなるが、日常において耳を塞ぐという行為は殆どないから、それだけ意識に入り易いのかな?

ケジメ(若き闘争の日々・第2章)(7)



「関係ないだと?
オレには、本当に関係ないのかよ、オイ!
じゃあなぜ、オレは急に呼び出されて、フロマネに謝らなきゃならんかった?   
何故オレは新しい出店計画で忙しいのに、ここでオマエとこんなバカゲタ話をしているんだ?
ふざけるのも、いい加減にしろ!!」

普段から、喜怒哀楽の感情というものがまったくないのではないか、と思っていたあの偏屈社長の突然のこの剣幕には、驚くまいことか  (/||| ̄▽)/ゲッ!!!

「自称・武道家」のあの大バカ者よりは、遥かに真実の迫力があった。

「しかし・・・」

「違うのか?
総ては関係あるからこそ、こうなってるんじゃないのか?」

「じゃあ・・・じゃあ何故、謝ったんです?
オレは、あそこで社長に謝って欲しくなかったのだ・・・」

と激情が突き上げてきたが、オーナーは無言だった。

「なんで

『うちの者が、そんなバカげた真似をするはずがない!』

と、胸張って堂々と主張してくれなかったんです?

なんでわけもわからないのに、あんなバカに謝ったのか?

本当にオレが、あんなのを双眼鏡で追ってたと思ったんですか?

本当は、オレのこと信用してなかったんじゃねーの?」

「オマエが、そんなバカな真似をしたなどと、オレは夢にも思っとらん。
あれは、向こうの勘違いだろう・・・いや、オマエの言う通り「言い掛かり」かもしれん。
しかしオマエには、オレの立場もわかって欲しかったのだ・・・」

「それは、お互い様でしょ?
じゃあ、オレの立場はどうなる?

オレが

『実は、ジーサンを眺めておりました』

と嘘を吐いてでも謝っておけば、総ては丸く収まったと?
フン、冗談じゃない!

あれは勘違いなんぞではなく、明らかに悪意を持った言い掛かりだったから心底ムカついたのだ・・・オレはあんなコメツキバッタとは違い、デパートの店員という以前に人としてのプライドがあるのだ」

「そういうのを我慢しないといけないのが、客商売というものなのだ・・・」   

「だから客商売などは、もう金輪際願い下げだと言っている。
オレも色々と言いたい事はあるけど、今更こんなところで終わった事をグダグダ言ってみても、始まらない・・・」

「だからこそ、こうして話をしているんじゃないのか?
だからこそ、オマエはこれからどうするつもりなんだと、オレは訊いたのだ」

「だからこれからの事は、社長には関係がないって・・・」

「本当に関係ないのか!
じゃあここで、ハイ、サヨナラでいいのか?
バイト料支払いの話だってまだ全然済んでないのに、本当にそれでいいと思っているのか?」

「ああ・・・そんなのどうだっていい。
くれてやらあ!」

「わかった、帰れ!」

と、オーナーが怒鳴った。

 今や目の上のたんこぶのような存在であるはずのこちらが帰れば、オーナーとしては清々するようなものだが、どういうわけかこの人物にしては珍しく、なにかに苛立っていた。

「バイト料なんて、オレは要らん。
オレは、なんも悪い事はしていない・・・それは自信を持って言い切れる。
だけど、結果的には迷惑をかけたかもしれない。
いくら金に不自由していようと、そんなハシタ金などで自分の気持ちを売りたくはないくらいの矜持は、オレにだってあるのだ・・・」

実際のところ金には常には不自由していたから、どんな端金であろうと転職活動の軍資金として喉から手が出るほど欲しいところだったが、ここまで来ると最早、意地のみであった。

「ああ・・・確かに、大きな迷惑が掛かったよ。
しかしオマエは、何も悪い事はしてないんだよな?
だったら何故、オマエが辞めるんだ?
なぜそうやって、中途半端で投げ出そうとするんだ?」

「中途半端で投げ出すもなにも・・・今更、あの分からず屋のフロマネなんぞに謝る気は、死んでもないからね。
オレの方が不当な言い掛かりで、辞めさせられたようなものさ・・・」

「そうだな・・・あの客に対してはオレが謝ったし、この上オマエが謝る必要はないな。
しかしだ・・・オレの店は、別にここだけではない・・・」

一旦、言葉を切ると、冷静な声に戻って続けた。

「今回は、おかしなことになったが・・・まあ、こういうのは客商売にはつきもので、言ってみれば交通事故のようなものだ、とオレは思っている。
前にも言ったと思うが、オマエには確かに見どころがある。
だからこそ、こうして話をしている・・・と、オレは思っていたんだがな」

心が揺れなかったと言えば嘘になる。

短い付き合いにも関わらず自分の事を理解し、これまで口にこそ出さなかったがこれだけ信用してくれていたのか、という嬉しさがあった。

が、最早ここまで来ては、引っ込みがつかない。

「そこまで社長に信用して貰えてよかった・・・いや、素直に感謝します。
だけどやっぱり、ちゃんとケジメはつけたい・・・」

「うむ・・・オレは、嫌がる人間を引き止めはしないし、ケジメをつけるのも大事なことだ。

ただ、世の中には色んな人間がいるからな・・・接客業では、こんな事は決して珍しくはないんだ。
こんな事で嫌気がさして辞めていたら、どこへ行っても長続きはしないしやって行かれんぞ。

まあ接客業が嫌になったと言うなら、それはそれでどうしようもないことだがな・・・それにオレの気持ちとして、少なくとも今日までやってもらった分の支払いだけは、キッチリとしておきたい・・・」

という社長の声を背にしながら

「じゃあ、それは迷惑料としといてください。
では、さようなら・・・」

(またオレは、バカをやっているのか?
いや・・・これでいいのだ・・・)

と迷いを振り払うと、再度クラウンのドアを開けた・・・