2011/07/27

「地デジ移行」の大迷惑

「地デジ移行」とやらで「強制的に」テレビの買い替えを迫られた。使っていたテレビは、2005年に現住居に引っ越して来た時に買ったものだから、まだ6年しか経っていないのにも関わらずだ。今時のテレビといえば、10年や20年は故障せずに使えるのが普通だから、僅か6年はいかにも勿体ないばかりでなく、まったく故障もしていないのに「地デジ移行などという、頼みもしていない勝手な事情で粗大ゴミにされた」という、甚だ納得のいかぬ思いなのである。

 

そうはいっても今のテレビ受像機では、これからのデジタル放送とやらが観られなくなるということだから、仕方なく無精者のワタクシも重い腰を上げてヨドバシカメラに行くハメになった。これまで何度も「テレビは滅多に観ない」と繰り返して来たのは事実であり、必ずしも「必須」とは考えていない。それでも、スポーツや芸術番組で稀に観たいものもなくはないから、やはりテレビはあった方がよいのは確かである。とはいえ、そもそもテレビに対する執着がまったくなかったから「地デジ化」に対する知識もまったくない。漠然と「3万もあれば買えるだろう」と思っていた対応テレビだったが、いざ店へ行って見てそれが最低価格帯だと知った。

 

そのテレビは、メーカーも一流だったから迷うことなく店員を呼ぼうとしたが、順番待ちの客が溢れている。テレビが家に届くのは7月末になるとのことで、その際に面倒な初期設定と「粗大ゴミ」と化す古いブラウン管テレビの回収を依頼し、ついでに、ビデオの接続を頼むと「旧来のビデオデッキはアナログ専用のため、使用できません」  と言う。

 

考えてみれば当たり前の話だが、テレビだけでなくビデオデッキまで「他人の事情で無用の長物にされた」のである。益々、腹立たしいではないか。「録画機能は、どうされますか?」と聞かれ「ビデオに録画してまで、観たい番組があるのか?」と疑問を感じはしたが、来年はオリンピックもあるし今後テレビは数年のオーダーで使うことを考えれば、いずれ録画機能が必要な場合も出てくるはずである。

 

ところが、当初予定していた最低価格帯のものは「録画機能がない」という。「録画機能なんぞは、テレビとビデオを別々に買おうがケーブルを繋ぐだけで、簡単に後付けが出来るんじゃないのか?」という従来の「常識」を覆し「地デジテレビ」の場合は、テレビと録画機能の接続には面倒な制約があるらしい。HDDを内蔵していないテレビ場合は、USBインターフェースがなければ外部との接続が出来ないと言う。録画のHDDやら、外部との接続にUSBインターフェースという名前が出てくるのを聞くに及び、PCに馴染みの深い人間としてはようやく「なるほど・・・確かにデジタル化だ・・・」と実感はしたが、感心している場合ではない。

 

最も簡単なのはHDD内蔵の機種だが、これが「バカ高い!」と文句を言うと、奨められたのがUSBインターフェースの付いたタイプだ。この時点で最低価格帯のヤツは諦めたが、さらには「TN型」と「IPS型」という液晶パネルの違いがあって、優れているのは「IPS型」の方だと奨められると、面倒も手伝って即決。HDDは容量の小さいものは割高だから、結果的に「約100時間録画可能」という無駄にデカイ「1TB」のものを買う破目となった(ただし、これは6800円と安かった)

 

結果的に、古いブラウン管のリサイクル費用なども併せると、大幅に予算をオーバーし5万以上もかかってしまったが、最低価格帯のとは違いすぐに届き、テレビ台を占領していたでかいブラウン管から、スマートな薄型の液晶に代わった。6月~7月は「都民・市民税」や「国保」の支払いやら予定納税やらが始まり、金がドンドンと消えていく時期である。免許の更新も重なってメガネも新調したから、この5万を超える「他人の事情による想定外の出費」は、かなり痛い。

 

(今までのアナログでまったく不自由はなかったし、テレビだってまだまだ充分使えていたのに・・・ユーザーにひと言の相談もなく、国の都合で勝手に使えなくするのなら、必要な費用はちゃんと補填してくれよ)

 

と、声を大にして叫びたいところだ。

2011/07/14

待機保証(プロジェクトU)(4)

「わたくしB社のNといいます。この度はUプロジェクトの件で、まことにご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした」

 

声は若そうだったが、例のB社の営業部長ということらしい。もっともB社はベンチャーだから、営業部長と言ってもまだ若いのだろう。

 

「担当営業の〇〇から今回の経緯を伺いまして、あまりに酷い話だったのでお詫び方々少しご相談させていただきたく、ご連絡差し上げました・・・」

 

「まったく、あんなに酷い話はないよ。C社は絶対に受注もできていなかったのに、面接に何十人も呼びつけてね。絶対確実だとか吹きまくっていながら、挙句は失注したんだろうね。そうでなければ、このタイミングで延期とか、こんなわけわからん話はないでしょう」

 

「はい、わたくしも話を聞いて、そんなようなことだと推測しましたが・・・それにしても、これはあまりにあくどいやり方なので、ワタクシの方から上位のM社にクレームをあげました」

 

「まあ、M社も三次請けのような立場だから、あんなところになにを言ったところで、所詮は蟷螂の斧でしかないでしょうよ・・・」

 

「仰る通りです。が、そうは申しましても、うちと直接取引しているのはC社ではなくM社なので、十分に調べもせずこのような案件を紹介して来た責任があるわけで。そこで、ワタクシの方でM社に掛け合って待機保証金を出して貰うよう交渉してみます」

 

「待機保証?

いいよ、そんなものは。今更、そんなはした金をもらってどうするんです?

こっちは、あれがもう決まりだとか言うので、他に幾つか面接が入っていたのを全部キャンセルして、結果があれだからね。その時はもう他社はストップした後だし、結局それらはサギ会社に騙されて待ってる間に全部充足しちゃって、えらい迷惑しましたよ」

 

「そこでなんですが・・・その待っている間というのが、おおむね1週間じゃないですか。その1週間分が丸々ふいになってしまったわけですから、せめてその1週間分は保証してもらおうと考えたのですが・・・」

 

「そんなもの、出すとは思えんわ。オレたちも騙されたんだというに決まっているよ」

 

「いえ、そこは交渉次第でして。私が出させますよ」

 

と、N氏は自信たっぷりだ。

 

「M社とは懇意なので、大丈夫。1週間くらいの保証は出させられます。まあ、にゃべさんとしては少ない額でしょうが、活動資金の足しにはなるんじゃないですか。なにより、私としてはこのまま黙って引き下がるのは許せないので、何とかしたいですね」

 

「まあね・・実際には、あのサギ話に乗らずに、あのまま他の面接でOKが出ていれば数十万か百万くらいはもらわないと合わないけどね」

 

「そこが難しいところでして。仮に裁判とかに持ち込んだとしても、こうした逸失利益の証明は出来ないんですよね。実際に面接の結果も出ていないので、結局どうなったかは想像でしかないわけで・・・」

 

「・・・」

 

「まあ現実的な落としどころと言えば、先にも申した通り1週間無駄になった分は誰の目にも明らかなので、それを待機保証という名目で出して貰う線だと思いますよ。私としては是非とも、この方向で話を付けようと思いますが、いかがでしょう」

 

「まあ、今更どっちでもいいですがね・・・どうせ金は出さないとは思うけど、クレームは強く通しておいて欲しいのが私の願いですよ・・・」

 

「当然です。ウチとしても、今後このようなことが無いよう釘を刺すためにも、単にクレームだけでなく、待機保証という形で身銭を切ってもらわないと、今後もあるしちょっと腹の虫が治まらない。今回は当社がM社のアンダーに入る形になりましたが、案件により逆の立場になることも多いですし、M社に対して当社が弱い立場にいるということはまったくないので、そこは対等に交渉可能なんです。」

 

なるほど、声はまだ若そうだが、さすがは営業部長というだけあって説得力があった。

 

確かに酷い話ではあったが、冷静に考えれば上位会社に掛け合って「待機保証」まで出させるというのは、通常はあまりないはずだ。

 

これまで口先だけは達者ながら、まったく行動が伴わない営業は数多く見てきたが、このN氏は毅然とした口調を裏切らず約束通りの金額が振り込まれてきた。しかも「待機保証」という名目から、B社に出していた希望単価の半分程度と思っていたのが、金額を見ると希望単価をそのまま日割り計算した満額分が振り込まれていたから、この腹立たしい出来事の中にあって、N氏の行動は救いとなった。

2011/07/13

失注?(プロジェクトU)(3)

ところがである。

 

1日置いた金曜日、それも夕方になってB社から連絡が来て

 

「まことに申し訳ございません・・・先日お伝えしていたUプロジェクトの件で、つい今しがた上位から連絡があり、来週から予定していたプロジェクトの開始が延期になりそうだとのことで・・・」

 

という青天の霹靂だ。

 

「延期?

それは、どの程度の延期なのか・・・?」

 

「はあ、それがどうも未定ということでして・・・」

 

「・・・」

 

「いずれにしても、1週間ずれるとか、そんなレベルではなさそうです・・・」

 

「ということは・・・延期ではなく、事実上中止ということなのかな?」

 

「はあ、あくまで延期としか聞いておらず、それ以上の詳細まではこちらではわかりかねますが・・・」

 

「今頃、そんなこと言われても困りますな。こっちはもう決定ということだから、他に進んでいた並行も全部ストップしてしまったし。これは一体、どうしてくれるのか?」

 

「まことに申し訳ございません・・・」

 

色々言いたいことはあったが、所詮は「四次請け」に過ぎないこの会社を相手に何を言ったところで事態が変わることはあり得ないから、悔しいがこれは泣き寝入りをするしかなかった。

 

要するに、これは受注を見込んでいたC社が失注したとしか思えなかった。実際に受注しているのであれば、入札時にプロジェクト期間が何時から何時までという条件を前提としているはずであり、その条件が数日の内に変わるはずがないのである。

 

昨日か今日に失注が判明したのだろうという見当は、恐らく間違っていないと思われたものの、相手は大手のC社だけに一技術者風情がクレームを言ったところで相手にされるはずはなかった。

 

またタイミングの悪いことに、連絡が来たのが金曜の夕方だった。数日前まで並行で動いていながらストップをかけた幾つかの案件を復活させるべく、慌てて連絡してみたものの、どこも連絡が取れなかったり、連絡が取れたところも当然ながら

 

「ああ、あれはもう他の技術者で決まってしまいましたね・・・」

 

「あの件は、充足しました」

 

という素っ気ない回答ばかりだ。なかには

 

「ストップということだったので、その後どうなっているかはモニタリングしてませんでしたが・・・・では、週明けにでも確認してみましょう」

 

と、一旦は断られた立場の先方からすれば「何をいまさら・・・」というのが口調からもありありで、最早すっかり熱意が冷めてしまっていたのも無理はない。

 

(こんなことでは、こっちも信用なくすわ・・・)

 

と、返す返すも慌ててストップをかけてしまったことが悔やまれるのだった。余談ながら、これを教訓にその後は契約書をもらうまでは並行を続ける方針を取っている。

 

翌週の月曜日になると、回答保留だった数社からも

 

「例の件は、もう充足したようです・・・」

 

とか、まだ連絡が取れていないところも

 

「仮にまだ案件が生きていたとしても、いったん断ってるからね~。再エントリーは難しいでしょうな・・・」

 

ということで、一縷の望みに期待したものの結果は全滅。返す返すも腹立たしいが、できることと言えば精々何人かの親しい営業に一連の顛末をぶちまけ、C社の悪口雑言を並べ立てるのが関の山だ。

 

もっとも、ある営業によれば

 

「ああ、受注見込みで大量募集をかけるのは、C社のような大手の常套手段ですよ」

 

と、なにをいまさらと言わんばかりだった。

 

「まあ、そういうケースは現行で入っていたりして、大抵はすんなり受注できる場合が多いですが、人材だけ先に確保しながら失注するケースもありますね。万一の時は、他にもたくさん似たような案件があって、どこも人手不足だからスライドできます、とか言うんですがね。実際は大手とは言ってもそう上手いタイミングで常に求人があるわけはないから、失注しちゃったら確保した人材は全部キャンセルですね」

 

と、まさに予想していた通りだ。

 

「実にケシカラン話じゃないか!

そんなことが許されていいのか・・・」

 

「許されるも何も、相手は大手ですからね~。我々下請け側からすれば、せめて待機保証くらいはして欲しいところですが、まさかC社に請求するわけにも行かないので、泣き寝入りですわ」

 

「なぜ?

請求すればいいのに?」

 

「だって、そんなこと請求しようものなら、次からうちには声かけてもらえなくなるじゃないですか。向こうは、どこに声をかけるかは選び放題ですからね。まあ、気持ちはわかるし同情はしますが、正直C社に限らず大手にそのような倫理観を求めても、八百屋に魚ですわ・・・」

 

と、そこはユーザーと直接取引のできる大手の元請けに対し、圧倒的に弱い立場の下請けの悲哀が込められていた。

 

つまるところ、腹立たしいが諦めてまた一から案件探しをやり直すしかない。なんとか気持ちをリセットして活動を再開したタイミングで、電話がかかって来た。

2011/07/12

ビアガーデン(プロジェクトU)(2)

そんな、ある日のことだ。

 

登録していたベンチャーのB社から、この「大手物流業」の案件でようやく面接依頼が来た。商流が深いため、一つ上のM社というところの面接は飛ばして、M社が同行してもうひとつ上のA社に面接に行くと、あまり大きそうではない会社に相応しい広くもない会議室に、面接に来たと思しき優に10人以上が犇めいているではないか。

 

A社から、今回の「大手物流業案件」、すなわち「郵政民営化関連プロジェクトのNW対応」の概略と、それに必要なスキル要件の説明があり、これを基に順番に自己アピールをしてくれということで、10人以上が並んでいる隅の方から自己紹介と自己アピールを進めていった。

 

「今回の元請けは、大手SIerのC社です。今日の面接結果でOKとなった方は、C社の最終面談に進んでいただく段取りです」

 

と聞いて、やや引っかかった。

 

というのは、C社というのは大手商社系の有名なITベンダーで、CiscoのゴールドパートナーであることからもわかるようにNW系に強いベンダーということもあって、過去に2回くらいは面接に行っていたが、毎回スキル要件がバカ高くいつも面接でNGとはじかれてきた経緯があった。そのNGというのも訳の分からない理由だったり、面接設定された後で「充足した」とキャンセルになったりで、要するにこれまではロクなイメージがなかったため、これを理由に断ろうとしたが

 

「C社と言っても大きいから窓口はたくさんあって、これまでと同じとは限らない」

 

と営業に説得され、しぶしぶのエントリーとなった。

 

ところが、まずはC社の書類選考はクリアしたとのことで、いよいよC社の最終面接が設定される。過去の例から見ると面接でOKが出そうな感触は甚だ低そうだったが、ダメ元で面接に赴くと、面接会場となっていたのは大講堂とようなだだっ広い場所だ。各社から面接に来たらしき技術者が、ざっと見ただけでも軽く30人はいそうだった。

 

当然ながら、ここでもまずは案件内容と求められるスキル要件の説明があったが、もちろん前回のA社の説明とは違い具体的な内容だ。この説明を基に面接を始めるということだったが、なにせ人数が多いだけにC社の面接担当も3人ずつ3つくらいのグループに分かれ、技術者は3人ずつ呼ばれて順に面接をしていくという、流れ作業のようなスタイルをとっていた。

 

「今回の面接は、今日だけでなく何日かに分けて行う」というから、面接者は優に100人にも達しそうな勢いだが「今回の採用枠は5つや6つではなく、かなりの数がある」

との触れ込みだった。

 

面接での自己紹介と自己アピール後、質疑の時間が設けられ

 

「何か質問があれば、どうぞ・・・」

 

と振られたので

 

「先程の説明では、来週に入札があるとのことでしたが・・・こんなことを聞くのは失礼かもしれませんが、入札の結果次第では・・・?」

 

「結果次第では、と仰いますと?

ああ、なるほど・・・受注できなかったらということを、お聞きになりたいわけですね」

 

「まあ端的に言えば、そうですね・・・」

 

「それはまあ、入札なので100%確実とまでは保証できませんが、まず間違いないと思っていますよ。〇〇省には既存ベンダーとしての実績もあるし、過去実績を踏まえてリサーチしているので、まず問題はないはずです」

 

と自信たっぷりだから、これ以上こちらとしては突っ込みようがない。

 

また付け加えて

 

「また、もし仮にですが、万一そうなった場合も当社の他PJがたくさんなるため、どこかにスライドで入ってもらうことは可能」

 

とのことだ。

 

もちろん、この時点ではこの案件以外の他の案件にもエントリーしていて、そっちの方も並行して面接依頼が来ていたりしていたから

 

「まあ、こっちは面接に受かるかどうかもわからんから、受かったら考えればよいか・・・」

 

くらいに構えていた。

 

その面接を受けたのが、月曜日のことだった。

 

(あれだけの人数から選ぶとなると、結果が出るまでかなり時間がかかりそうだな・・・)

 

この時点では、このU案件以外にも面接依頼が幾つか入っていただけに、特にこれにこだわる必要もなく、それら幾つかあるうちの候補の一つくらいに考えていた。

 

翌々日の水曜日、日本橋三越のビアガーデンで飲み放題を楽しんでいるところに、B社から着信が入った。

 

「先日受けていただいたUプロジェクトの件で、元請けのC社から是非とも参画いただきたいという連絡が来ました」

 

ということで

 

「急ですが、来週頭から参画いただけないかと確認が来ていますが、対応可能でしょうか?」

 

「来週頭からか・・・確かに急ですが、まあ大丈夫ですよ・・・」

 

「では、その旨、伝えておきます。詳細は、追って連絡が来るということなので、改めて連絡差し上げます」

 

「それで、契約の方は?」

 

「それは、来週頭からの参画ということなので、明日明後日の内に急ぎ準備します。注文書と基本契約書の受け渡しのみですので、こちらの手続きはメールだけでも大丈夫です」

 

とのことだ。

 

「ちなみに今の並行状況の方は、いかがでしょう?」

 

「幾つか面接依頼があったり、調整中というのもありますが・・・」

 

「では、そちらの方はストップしていただけますか」

 

「はあ、わかりました・・・」

 

ということで

 

「ついに、Uプロジェクトに参画か~!」

 

という安心感からか、益々ピッチが上がった。

 

その日はビアガーデンから帰った夜遅くに、各社宛に

 

「他社案件で次週から参画が決定したため、今回は辞退させていただきます」

 

とメールを発信。今であれば、実際に契約を交わすまでは並行をストップするようなことはないところだが、この時はまだそこまで「摺れて」いなかった。

2011/07/11

民営化(プロジェクトU)(1)

郵政民営化の間もないころ、関連する大規模プロジェクトの求人情報があちこちから流れてきていた。

 

これまで国営で行っていた事業の民営化だけに、なにしろ規模が巨大である。

 

民営化に伴い、持ち株会社となる日本郵政をトップに、その配下に日本郵便、郵便局、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の4つの組織に分割されるが、当時の情報を基にそれぞれどれだけの規模感かを示すと、以下の通りとなる。

 

●日本郵便

宅配便、小包取扱数は約23億超。業界最大手ヤマト運輸の宅急便とクロネコメール便を併せた約30億超に比べ一歩譲るものの、ガリバーであることに変わりない。

 

●郵便局

全国各地に普及している郵便局2万4千店は、大手コンビニチェーンのセブンイレブン(約1万2千店)の2倍。これにローソン(約8千店)、ファミリーマート(約7千店)の大手コンビニ三社を合算した数に匹敵する(2006年のデータ)

 

●ゆうちょ銀行

貯金・預金残高は約188兆円。これがいかに凄いかは「3大メガバンク」と比べれば一目瞭然。三菱UFJが約100兆円、三井住友が約66兆円だから足してもまだ追いつかず、3位のみずほ約54兆円を加えて、やっとこさゆうちょ銀行を上回るレベル。

 

●かんぽ生命

総資産は約122兆円。いわゆる「国内四大生保」と比較してみると、トップの日本生命でさえ約52兆円と半分にも満たない。2位の第一生命が約34兆円、これに3位の明治安田生命の約27兆円を加えて、どうにか近付いた。4位の住友生命の約22兆円を足して、ようやくかんぽ生命一社を上回った。

 

このように民営化となった場合は、どの組織を見てもいずれも「業界の超ガリバー」となるだけに、ひと口に「郵政民営化関連プロジェクト」の募集と言ってもプロジェクトは多岐に渡り、果たしてどの組織のどのPJを担当するのかは皆目見当もつかない。通常の求人のように「〇〇社の××プロジェクト」と書いてあれば、これまでの経験上からなんとなくプロジェクトの内容についてのイメージはできるが、当時毎日のようにメールで流れてきていた「郵政民営化関連プロジェクト」だけは、その内容にサッパリ見当がつかず

「なんだかよくわからんが、ともかく郵政関係のPJなんだな・・・」

と言う程度の理解で妥協するしかなかったのも無理ないくらい、これまでの常識は全く通用しない規格外の大プロジェクトといえた。

 

ところで、これまで見てきたように複数の組織に分割された、それぞれのプロジェクトが別個に走っていたのか、あるいは日本郵政という総元締めの親玉が全体をコントロールしていたかの実態は詳らかではないが、我々エンジニア側から見た場合の「郵政民営化関連プロジェクト」は、「サーバ」、「NW」、「DB」、「アプリケーション」、「ミドルウェア」というようにカテゴリ別の求人がされているように見えた。おそらくは上記に見て来たそれぞれの組織の中に「サーバ」、「NW」、「DB」、「アプリケーション」、「ミドルウェア」等の領域があり、その領域単位で入札を行っていたらしい。つまるところ、こうした企業側としてはシステム単位での受注となっていたからだ。流れてくる関連の求人情報を見る限りでは「郵政」というひとつの大きなくくりの中に、先の「NW」、「サーバ」、「アプリ」などの領域に分かれ、それぞれが入札をしているように見えたのである。

 

そうして、当然のことながらNWを専門とするワタクシのところに届くメールは、もっぱら「郵政民営化関連プロジェクトのNW対応」の求人になるわけだが、これだけの「正規のプロジェクト」だから、Ciscoゴールドパートナーを始めとした名だたるNIer数社によって、激しい入札の競争が繰り広げられたことは想像に難くない。

 

ここまでシステマティックなピラミッド構造が確立された業界において、末端の方で蠢いているワタクシのような一技術者のところに、それら入札競争を繰り広げているような「日本を代表する一流企業」から直接に声がかかるわけはなく、ピラミッドの頂点から水が低きに流れるように元請け、孫請け、三次請けと、下手をすればさらに仲介の会社を経由して、ようやくのことで「郵政民営化関連プロジェクトのNW対応要員募集」というメールが来るのだから、この求人の発信元たる元請けがどこかというところまでは、まったく見通せるわけがなかった。

 

それでも、これだけの大規模なプロジェクトだ。元請けはNWだけでも大手ITベンダーの数社は受注しているはずで、そこから子会社や下請け、孫請けと求人案件が流れてくるから、末端の三次請け、四次請けとなると一体何社が関わっているか判然としなかった。実際に、この頃はかつて取引のあった中小数社を始め、転職サイトを通じても聞いたことのない未知のベンチャーらしき企業からスカウトメールがバンバンと届いていた。元請けのITベンダーは言うまでもないが、その下に何社あるかわからない下請け、孫請けの多くの中小企業も関連プロジェクトでは大いに潤ったことであったろう。

 

とはいえ、スカウトメールが来たからと言って、すんなりと話がまとまるはずもなく、ことこの「郵政民営化関連プロジェクトのNW対応」に限っては声だけは良くかかるが、実際に面接が設定されるには至らなかった。求人メールに添付される情報のタイトルでは、なぜか「郵政」というキーワードは書いておらず「大手物流業」と記載されているのが暗黙の了解のようになっていた。