2006/09/27

夢前川

 かつて地元愛知にに住んでいた頃に「大山のクリームケーキ」という、美味しい洋菓子がありました(最近、近所のスーパーでも、時折見掛けるようになった)

 その袋に<(略)卵のふる里は、兵庫県夢前町。夏にはほたるの舞う、清流「夢前川」の上流にある最新のウィンドウレス養鶏場と契約し、産卵後一日以内の新鮮卵だけを使いました(略)>

といった能書きがあり、地名に拘りのあるワタクシは、この「夢前川」の名が大層に気に入ったものでした。

<夢前川は、兵庫県に流れている川です。夢前川の名前の由来としては、一説には一夜にして川の水が無くなったり一杯になったりして、まるで夢を見ているような不思議な川だから、と言う説があります。そしてもう一つ、余り知られてない話があります。それは夢前川の石を枕の下に入れて寝ると、近々自分に起こる災いや不幸な事を、夢で前もって教えてくれるのです。そういう夢を見た時は、石を近くの川に投げ入れると災いや不幸から回避出来るそうで、そこから夢前の名前が付いたと言う人もいます。その夢前川の石を、夢石と言います>

<瀬戸内海に注ぐ夢前川は、手沼川と呼ばれていたものが射目先川、射目前川と書かれ現在の字になったのは明治以降。播磨風土記に、その名の由来を「応神天皇が狩りに来て、弓を射た丘を射目前と名付けた。その時に、天皇が手を洗った川を手沼川と名付けた」と記しています。その他、柿本人麻呂に由来するもの、書写山の開祖・性空上人に由来するものなど諸説があり、明確な解は見い出せません>

ポリネシア語による解釈
<夢前川は、飾磨郡夢前(ゆめさき)町北端の雪彦(せつびこ)山東斜面を源とし、ほぼ真っ直ぐ南流して姫路市下手野で菅生川と合流し、さらに南流して播磨灘に注ぎます。

この「ゆめさき」は、マオリ(ハワイ)語の「イ・ウメ・タキ」、I-UME-TAKI(i=past time;ume(Hawaii)=draw,pull,attract;taki=track,lead,bring along)、「(菅生川を)引き寄せて(合流して海まで)連れてくる(川=夢前川)」の転訛と解します>
出典 http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/

2006/09/21

決裂(二度目の契約更新)part6

結局、ワタクシが簡単に話を切り上げたにも拘らず、何故かT氏は忘年会に出なかったらしい。当初より、T氏はワタクシの能力を過小評価していると思い続けていたが、その頃には

(要するに、ワタクシの能力を理解できないだけなのだ・・・このワタクシに、いつまで経ってもロクでもない仕事しかさせないのは決して嫌がらせではなく、要するに指示する人間の無能さゆえなのだ・・・)

と、既にかなり前から結論付けていた。

通信障害などのトラブルで、F/Wやサーバなどを調査するような対応はもっぱらR氏に廻していたが、元々休みの多いR氏の不在の時には主として、ワタクシが対応していたのである。

ある時、わざとT氏お気に入りの従順なM君を指名して、同じ対応をさせた事があった。30代半ばとは、とても信じられないような素朴なM君は珍しいくらいに善性の人柄であり、ワタクシを含めて皆から好かれてはいた。

元々、生真面目を絵に描いたようなタイプだけに、業務知識は誰よりも精通していたがトラブルシューティングとなれば、話はまったく別だ。予期しないトラブルに対応するためには知識と経験、それに裏打ちされた判断力や大胆さ、そして何よりもどんな展開にも対応できる柔軟かつ高い知能といった総合的な能力が重要なのであり、平和な時には抜群の働きをするM君ではあったが、残念ながら有事には、あまり役に立つタイプではなかった。

そんなM君を、何とか育てようという意図から敢えて指名したのだったろうが、ワタクシなら1時間も掛からないその作業(R氏なら、30分程度か)に、予想通り3時間以上を費やす結果となった。それどころか挙句には、M君の調査結果報告が信用できないT氏は

「にゃべさん・・・念のため、Mさんの調査結果に間違いがないかどうか、確認してください」

と、泣きついて来たのには呆れた。

 さらに

「口頭で説明しても理解が難しいのと、情報共有のため詳細についてはメールで報告してください」

と言ってきたのは、口頭で知識不足を馬鹿にされるとでも勘ぐったのかは知らないが、面倒だったため下書きのつもりで書き殴ったものを、そのまま送信してやると

「これじゃ、何がいいたいのかサッパリわかりませんよ」

と、早速クレームが飛んできた。そんな他人の頭の悪さなんぞを、ワタクシがどうする事が出来ようか。

以前にも、似たような事があった。あるトラブルに関して、ベンダーのN社へ事象と個人的な見解を書いてメールで送った直後にT氏に呼ばれ、ヘンな言いがかりを付けられたのである。

「メールを送る時は、相手が自分と同じ理解力を持っていると期待しては、絶対にダメですよ・・・」

「今のセリフは、相手を冒涜する事になりますよ?」

「冒涜ではないです・・・今後メールの際は、相手は自分よりもアタマが悪い人間なんだと思って、もっと簡単にわかるように書いてください・・・」

「そんな事はありません・・・相手はN社ですよ。そんな風に、相手をバカにしてはだめですよ・・・」

「とにかく、今後はそうしてください・・・そうでないと、にゃべさんのメールは、誰も全然理解できませんよ・・・」

と言っていたのは、単に自分の理解力不足に過ぎないのである。よもや一流大の博士号や修士号を持った、天下のN社エリートがワタクシ如きの書くメールが難し過ぎて理解できないなどと、そんな愚かしい事があろうはずがない(N社からメール内容について確認の電話は、しばしば掛かってきていたが (; ̄ー ̄)...?

 ともあれ、そうして取り敢えずは「3ヶ月」という最短の再契約を交わしたのは、先に書いたとおりである。元々こちらの方では、二通りの希望を出していた。

・金銭面(給与の大幅アップ・・・具体的な金額は出していなかったが、腹案としては最低でも10万程度のアップ)
・条件面(有休の計算を現場にあわせる・・・現場の方が日数が多かったため)

  当初、A氏は

「有休の日数を現場に合わせるのは不可能です・・あくまで、うちとNx社との契約に基づいていますので、Nx社の規定に合わせる以外は絶対に不可能・・・ただし、その分は給与を多く上げて穴埋めして行く事になるでしょう」

と繰り返していたが、結局のところ給与はたったの2万しか上がらなかった。 その代わりに、という事か

「有休の件については、私の方に勘違いがあったようで再度N×社に確認したところ、現場のルールに併せていただいて結構だとの事でした・・・」

と、これまた話が変わってきた。この場合は、良い方向に変わったのだから文句はないとはいえ、こう話がコロコロと変わるのではやはり、この人物は信用し難いとしかいいようがない。そんな人間が東京事業所の所長なのだから、次は所属会社そのものを変わった方が賢明であろう・・・と判断せざるを得ないところである。

いずれにしても政府系研究機関という、一般的にはまったく認知度がゼロに近い特殊な世界であり、ここでのキャリアが他で通用するというものではない。 唯一使えそうなのは、ワタクシの専門たる通信ネットワーク技術とセキュリティを含めた基盤通信インフラに関わる技術だが、この分野はすっかり安定しているため大した面白味もなく、また上の方が技術のわからないところから、こうした技術を軽視する傾向があるのも、ワタクシとして甚だ面白くないところである。

こうして、二度目の更新を迎えた時点において

(更新は、これが最後だな・・・)

という腹は固まっていた (´ー`)y~

2006/09/20

決意(二度目の契約更新)part5

 元々、H氏とは当初からあまり良い関係ではなかったが、このT氏とは最初からよい関係を築いていたのだったが、いつからかその蜜月関係が終わりを告げた。

T氏からすれば誰よりも心安く、またN社マネージャーという立場から見ても、対外的には同じN社の所属となっているワタクシは、立場的には何かと使い易かった・・・というところもあったのかもしれない。恐らくは客観的に見て、両者の関係が悪化したのはワタクシの方に、より多くの原因があったのだろう。

技術者肌であるワタクシは、どうもどこへ行っても上の者には確実に嫌われるタイプのようだ。それはワタクシが技術的な妥協を決してしないからで、論戦になった際など間違った意見を吐く相手が許せないために、容赦なく攻め立てるからであろう。相手にしてみれば、自信たっぷりに放った主張が理論的に否定されるのは、恥を掻かされたという思いなのかもしれないが、こちらとしてはあくまで技術的な話だと割り切った事であるし、何も人格を攻撃しているわけでは一切ないのにも係わらずである。

元を辿れば、現場のシステムをより良くしようとの考えが根底にあるのだから、そんな事でイチイチ子供じみた逆恨みされては、堪ったものではない。ところがそんな事が度重なるにつれて、これまでのどの現場のトップよりは遥かに度量があると思っていたT氏も、次第に明らかにワタクシを避けるようになった。

それでも意見を求められた時は、意趣返しのつもりで時にはわざと過激な意見を述べ立てると、必死になって頭ごなしに却下してくるのだ。それならば最初からワタクシに訊かずに、絶対に反対意見を出さないその他大勢の無能な輩に訊けばよいではないか、と思えてしまう。

こうした事が積み重なって、それまでは次第にR氏一人に寄り掛かるか、リーダーR氏とワタクシに続く三番手とはいえ、知識レベルは数段劣る若いC君に頼り始めたのは、まったくのお笑い種であった。

 当初は、明らかに検討がおかしな方向に向かっているような場合は、割り込んで正論を打つと、T氏が却下した後からでもH氏が

「にゃべさんの意見は、決定事項とまったく逆みたいですが大丈夫でしょうか?」

と決定事項を蒸し返し、引っくり返したりしていた事もあったが、その後ワタクシが問題提起したテーマにもかかわらず(結論だけ横取りする形で)、途中で検討から外された事があってからは、冷淡な傍観者を決め込むハラを固めた。

そうして大してやる事がなくなったワタクシは、所属会社に対して契約の終了を宣言した。実のところ、理解力の低い相手の説得に疲れたというのが真相である。

通常、この現場では守秘義務を重んずる事から、要員の交代は直前まで誰にも知らされない事になっているが、ワタクシの場合は事情が違う。元々、所属会社の取引先であるNX社はN社の系列だから、リーダーのN氏は勿論、N社からの出向の身である責任者のT氏や、本部から出向のもう一人の責任者H氏の三人には、当日にも連絡が行った模様であった。

その日、H氏とN氏は役所で重要なミーティングがあったため現場には来ていなかったが、早速電話でT氏とやり取りをしている様子も窺えたし、技術リーダーのR氏の携帯にも連絡が入り

「急遽、会社に呼ばれたので・・・」

と、定時で慌しく帰って行った。

そんな様子を尻目に、これといってする事がないが忘年会は欠席を決め込んだワタクシは嫌がらせを思いついて、転職サイトに匿名公開する経歴書を密かに作成しており、気付いたら遅い時間になっていて、部屋にはワタクシとT氏しかいなかった。

この頃には既に、話しかけようとするだけでも露骨な逃げ腰になっていたT氏が、珍しく自ら話し掛けて来た。


「もう今年も僅かですが、来年も頑張ってください」

「ありゃ?
Tさん、忘年会には出ないんですか?」

「今から行くところですよ・・・」

「まあ、ここでは私の出番はないからね・・・」

と、適当に相槌を打つと

<今のところは比較的出番が少ないが、来年には機器の一斉リプレース等が控えており、通信ネットワークやセキュリティに強いにゃべさんに、是非とも頑張って貰いたい>

とか何とか言っていたが、誰が今更こんな世迷言なんぞにマトモに取り合おうものか。

 挙句は

「今時フリーでやろうとしたら、よっぽどの高いスキルがないと仕事もないし、金になりませんよ」

と、脅しとも取れそうなセリフを吐いて来た。

「じゃあ仕事がないかどうか、試して来ましょうか?」

と切り返した事は、言うまでもない。

2006/09/19

現場(二度目の契約更新)part4

 (だったらクビにすればよいじゃないか)

という気持ちがある。こちらの方は、会社との契約の縛りがあるから、辞めたいという意思表示をしてから、最低でも三ヶ月は我慢しなければならないのが厄介だが、仮りにH氏の方からN社に

(この際、辞めて貰いたい)

と言ったとしたら、N社といえどもう少し便宜を図って、早く交代が出来るかもしれないのである。実のところ、密かにそれを期待している部分もあった。

(あれだけオレの事が嫌いなんだから、今度はNGにしてくれるかも?)

と期待するも、どうしたわけか毎回

「是非、お願いしますという事でした・・・」

となるのは何故なのだろう・・・と問いかけるまでもなく、実はその答えは簡単だった。つまり、セキュリティとインフラ(基幹ネットワーク)の知識にかけては、ワタクシと技術リーダーのR氏が圧倒的な双璧だからである。

さすがに人一倍頭が切れて知識も豊富なH氏といえど、この分野に関してはまったく2人に頼り切りというのが実情なのだ。

そうなると、いつまで経っても辞められないような気もするが、ワタクシからすれば

(R氏が、いるじゃないか・・・)

という思いがある。事実、30過ぎてからこの業界に入ったワタクシとは違い、専門学校を出てからこの道一筋で生きて来たR氏の知識はワタクシ以上であり、また頭脳に関しても間違いなく非常な優秀さを備えていたのだ。

さらに現場のキャリアに関しても、リーダーN氏(約5年半)、H氏(約4年半)に次いで、4年数ヶ月と3番目に長いのがR氏であり、現場の事は知り尽くしてもいたのである(この時点では、自分はまだ2年)

また口八丁手八丁のR氏だけに、H氏とは最も蜜月とも言うべき仲の良さでもあるなど、総ての条件を兼ね備えたような欠かせない人材であった。

 ちなみにR氏の席はH氏の真正面、つまりワタクシの隣であり、ワタクシの反対隣は空席になっている。ワタクシは常にR氏とは反対向き(と言う事は、H氏からも顔を背けた方向)であり、端の席のR氏も常に反対の方を向いていた。さらにH氏は先に述べた通り、ワタクシと反対方向の斜め下向きに俯いているという、この普段の姿勢が三人の関係をハッキリと物語っていた。

現場においては、それぞれ「優秀な頭脳」と認められ、またワタクシの眼から見ても恐らくは他の現場でも、そうはお目にかかれないような賢い人々が、こうした子供じみた真似をしているのも、密かに皆を呆れさせていたようだった。

かつて

「私には基盤ネットワークの事はわからないので、総てRさんに一任するという事で本部にも話を付けて来たから・・・最高の頭脳のRさんに・・・」

とまで絶賛したように、H氏が全幅の信頼を置いているかに見えるR氏ではあったが、絶賛したのはあくまで技術力と頭脳に関してであり、人間性に関しては話がまったく違ってくる。実のところ、このR氏というのがワタクシにさらに輪をかけたような、いい加減かつ稀代の無精者であった。

これまでも中途半端に投げ出した(決して押し付けはしないが、病欠という手を使い年間40日の有休をフルに消化)ままの仕事をワタクシがフォローして来ている経緯が何度もあるため、石橋を叩いても渡らないような慎重居士のH氏としては、R氏に頼り切るのには一抹の不安があった事は推察できた。

それだけに万一大きな障害が起こったり、ワケのわからないような依頼が突如として舞い込んで来た場合(実際に、本部の上部機関である某省の課長から、無理難題としか言いようがない不可解な調査依頼が度々あった)に、そうしたタイミングでR氏が休んでいた場合の保険として、R氏と同等レベルの人材をもう一人確保しておきたい・・・と考えていたのは明らかなのである。

こちらとしては

「スペアの位置付けなんぞは、冗談じゃない・・・」

という技術者としてのプライドと

「スペアでいる限りは、楽が出来るな・・・」

という個人的な計算とが相半ばするアンビバレントな心境であった。

 この現場にはH氏とは別にもう一人、T氏という責任者がいた。H氏も生真面目な人だったが、このT氏はH氏にさらに輪をかけて石部金吉を絵に描いたような、クソ真面目一方の人物だった。

役職は同じ責任者の2人だが、S省下部組織の社団法人からの出向という身分のH氏は、現場と内幸町の本部を行き来していたのに対し、大手ベンダー企業N社から出向の身分(自社ではマネージャー)のT氏は、現場に常駐していた。

年齢的にはH氏が30代半ばと若いのに対し、T氏の方は50歳くらいと訊いていた。そうした年齢差も関係してか、実質的に現場を執り仕切っていたのはT氏の方である。

通常、責任者や上に立つものには、大きく分けて二つのタイプがある。自らはあまり手や口を出さずに、殆どのところは部下に任せて大どころだけを見るタイプと自ら手や口を出すタイプであるが、このT氏に関しては後者のサンプルのようなタイプである。T氏自身が色々な知識を持っていて誰よりも勉強家であるため、H氏以上に様々な事に詳しいという事情もあったが、やはり根本的には人に任せていては安心できない性分らしく、どんな細かい仕事も自分でやらないと気が済まないタイプだった。

元々が開発畑の出身であり、他のメンバーと同様に電子政府に関しては殆ど知識のないところからのスタートだったにも関わらず、今や最古参の技術リーダーN氏とその方面に関して、丁々発止と遣り合ってもまったくヒケを取らないくらいまで、いつの間にやら猛勉強を積んで来ていたのには驚いた。

そのT氏にして唯一、基盤インフラのネットワーク技術とセキュリティに関しては、(構築時のPMではあったものの)通勤の電車やバスの中で「情報セキュリティアドミニストレーター」やら「情報セキュリティ」といった、国家資格向けの参考書を読んで、必死に勉強しているらしかったが

「あの世界の日進月歩の進歩だけは、私は到底ついていけません・・・私はもう、諦めました・・・」

とH氏と同じように、その分野に詳しいR氏とワタクシに完全に頼り切っていたのである。