2009/12/31

某年大晦日

大掃除

大晦日と言えば、大掃除である。厳密には「大晦日=大掃除」という関連性は何もないわけだが、普段から掃除などは滅多にしないワタクシのようなモノグサ人間には、なんとしても「大晦日」といったような切っ掛けが必要なのだ。

 

モノグサではあっても、それなりには綺麗な部屋で正月を迎えたいという気持ちくらいは、まだ残っているだけに厄介なのだが・・・それにしても、一体どこから取り掛かればよいものやら、途方にくれてしまう状況である。

 

なにしろワタクシときては、ある人がエアコンフィルターの掃除をしたと聞いて

 

(そういや、エアコンフィルターの掃除など、した事なかったな・・・)

 

と、初めて思いついたくらいのものである。勿論、少なくとも月に12度くらいは、部屋の掃除機がけくらいはしているが、天井近くに張り付いているエアコンの存在などは意識した事もなかったし、今の住居に住み始めて数年経つが、一度も掃除などした事がなかった。それどころか、実はフィルターの外し方すら知らなかったくらいである。

 

といったワケで、3年目にして初めて外したフィルターは、当然の事ながら埃で真っ黒になっており、ようやくにしてベランダで埃を払い落としてから、そんな面倒な手間を描けるまでもなく、ざっと水洗いをすればよい事に気付いたのであった。

 

キッチン換気扇のフィルターは、エアコンと違って常に目に見える部分に露出しているから、さすがのワタクシも普段から汚れは気になっていた。前年の大晦日に、100均の3枚入りぞうきんを総て潰して必死で2年分の埃を取った記憶があるが、一年でまた埃だらけになってしまっている。よく見ると下の方にネジ付いており、手で回したら簡単に取り外しが出来るではないか。で、こちらもエアコンフィルター同様に、水洗いで綺麗に埃を落とすことができるのであった。

 

ついでにガスコンロの部分も、取り外しが出来るところは総て水洗いをした。それなりに名の通った「タカラ・システムキッチン」が、泣いている事だろう(ちなみに魚用と揚げ物用のコンロは、自慢ではないがこれまで一度も使った事がない)

 

電子レンジや冷蔵庫の裏側の埃は、例年通りひと目で掃除の意欲を減退させる代物だったが、今年は気合を入れ直して取り掛かる。

 

(大晦日だといっても、ここで総てが終わるわけではないし、夜が明ければまた代わり映えのしない日々が続いていくのだから、続きは年明けにまたやればいいじゃないか・・・)

 

と、またしても頭を擡げつつあった怠け虫を抑えてなんとか頑張ったお蔭で、どうやら8割程度は完了したようだ。

 

マンスリーマンションなどに入居する時は、入居時に「消毒料」として滞在費とは別に2万くらい取られるが、入居する時は確かにピカピカである。2万程度であんなに綺麗になるのなら、是非とも頼みたいものだが。

 

初詣

正月三が日の初詣人出で、毎年トップの明治神宮の原宿までは、家から30分弱の距離である。正月3が日で300数十万人というのを、一体どうやって数えるのかは知らないが、過去の実績に照らして3日で300万人以上(つまるところ、一日当たり100万人以上)もの人間が押し寄せてくる事が確実に推定出来るような場所へ、好んで出向くほど混雑が好きでも酔狂でもない(と言いつつも、昨年は3が日を過ぎてから、明治神宮へ新年の熱燗を飲みに行ったがw)

 

寺社の拝観は好きだが信仰心はまったくなく、これまで一貫して「無宗教という最悪の宗教」を選んできた人間だから、初詣には殆ど縁がない。と言うわけで今年も正月は家に閉じ籠もって、水のように穏やかに過ごすのみである ー`)y━~

2009/12/29

五輪代表(フィギュアスケート全日本選手権観戦記)(2)

そして、いよいよ真打の浅田が登場だ。SPはトップで通過したとはいえ、これまでなら眼中にもなかったはずの安藤、中野、鈴木らとのダンゴ状態というのが、浅田の初めて体験する試練の厳しさを如実に物語っていた。

 

演技構成、技術力ともに、持てる力を出し切る事が出来れば圧倒的に強いはずの「孤高の天才」が、この浅田である。そんな「孤高の天才」であっても、ここで一つ尻餅でもついたら過去の実績もクソも総てが台無しになってしまうという、実に想像を絶するような厳しい舞台だ。そのような想像を絶するプレッシャーと戦い、ボロボロに傷つきながらも見事にプレッシャーに打ち克った姿は、やはり心を打たれる。なんと重い五輪切符であることか。その五輪では、キムのような強敵が待ち受けているのだから、重いのは当然とも言える。先のグランプリファイナルを見てもわかるように、安藤は完璧に近い演技をしても、イマイチの出来だったキムにも及ばないのだから、本領発揮したキムに勝てるポテンシャルを秘めているのは、ひとり浅田しかいないのである。

 

スケート協会としては、どうしても人気者の浅田を出したいのが本音のはずだから、正直なところ転ばない限り浅田は選ばれるだろうと思っていた。なんといっても中野や鈴木では地味すぎて、スポンサーが付かないだろうと言う現実の事情もあるだろう。

 

そして・・・ある意味では、浅田以上に注目されたのが鈴木だ。この時点でトップの浅田の五輪出場はほぼ決定だから、残るは中野か鈴木かという、まさに喰うか食われるかの熾烈な戦いとなった。しかも浅田とは違い、どちらも年齢的に見ておそらく、これがラストチャンスである。その鈴木は転倒があったとはいえ、躍動感溢れる見事な演技を見せて、僅か「0.17」という僅差で中野を上回り、劇的な大逆転を果たした。

 

実力伯仲の鈴木と中野・・・やはり冒頭に書いたように、貧乏神を引き寄せた中野のネクラさと、女神を呼び込んだ鈴木の明るさと執念のアピール力・・・ここが明暗を分けた気がしてならない。そうしたアピール面から見ても、これまで入賞が指定席でメダルにはなかなか届かなかった中野より鈴木の方がメダルが期待できるし、個人的には安藤以上に期待できる存在だと思っている。

 

この結果、五輪代表は以下の顔ぶれに決まった。

 

女子代表:浅田、鈴木、安藤

男子代表:高橋、織田、小塚

 

男女とも、誰がメダルを獲ってもおかしくないような、かつてない素晴らしい顔ぶれが揃っただけに、本番が大いに楽しみである。

2009/12/28

女の戦い(フィギュアスケート全日本選手権観戦記)(1)

最初に登場したのは中野だ。中野は安藤のようなゴツゴツした無骨さがないし、前から繰り返しているように堅実な安定性は感じるが、どうもこの選手は華というか存在感が希薄なのである。どうしても浅田、安藤に次ぐ「第三の女」(最近では、鈴木の後塵を拝して「第四の女」か)の印象は拭いきれず、どうにも中途半端な存在に映ってしまう。それなりに高い技術を持っているのだから、もっと魅力的にアピールして欲しいと以前から指摘して来たが、やはり何かに欠ける気がする。安定感はそれなりにあるとはいえ突出したものがないし、さりとて安藤のような意外性もなく、常に及第点である。

 

ここままのスタイルでは、いつまで経っても浅田、安藤の引き立て役で終わってしまいかねないだけに、どこかで殻を破らないといけないと言い続けてきたが、なかなか簡単ではなかったようだ。演技同様に、インタビューでもいつも優等生的な匂いはするが、これといった決定打というか、面白みに欠けるのである。マスゴミは、例によって最近急上昇中の鈴木とライバル関係を作りたがっているようだが、確かに両者は対照的なタイプと言える。

 

鈴木の方は、お世辞にもかわいいとはいえないが、表情の明るさや豊かさと力強いアピール力があり、対する中野はどことなく表情が暗く蔭も薄い。要は「苦労人面」なのである。過去に会心の演技をしながら、意外なほどに得点が伸びなかったことが何度かあったが、典型的な得点の出難いタイプだ。おそらく性格的に生真面目で、中途半端に頭を使うからいけないのだ。採点競技なのだから苦労の跡を見せてはダメで、鈴木のようにもっとバカになって演じきらないとダメなのである。

 

気になるのは、インタビューで自らの演技に満足しているようなコメントが聞かれることで、素人に本音をさらけ出す必要はないからあれは本心ではないのかもしれないが、現状に満足していては上を望むのは難しいと思う。

 

続いて登場した安藤については過去に散々書いてきたし、今回は代表選考の対象外のため割愛する(以前から読んでいる人はご承知の通り、個人的にはあまり好きではないし、得点ほどに上手だとも思っていない) 皮肉にも、安藤はこの大舞台で唯一五輪出場を決めており、緊張感に欠けた戦いになったことは、本番でマイナスに作用するような気がして仕方がないのだが。

2009/12/12

大文字の謎(3)

出典http://kyoto.nan.co.jp/

 


もうひとつの代表的なものに「室町時代中期に足利義政が始めた」というものがあります。その理由は「大文字の送り火の正面は、足利将軍家の旧室町幕府跡に向いている」というものです。また大文字山の麓には、足利家ゆかりの銀閣寺もあります。旧室町幕府は現在の烏丸今出川の北側、同志社大学と相国寺の西側にあったとされ、確かに室町幕府跡と大文字を結ぶ線上に、ちょうど出町柳の三角州があります。この賀茂川と高野川が合流し、鴨川となる出町柳の三角州あたりは、今でも大文字が一番綺麗に見える場所として人気があります。

 

ではいよいよ、肝心の「大の字の謎」に迫ろう。

 



大文字の送り火では、なぜ「」の字なのかも実は謎のままです。諸説としては

1)      元々、大という字は星を象ったものであり、仏教でいう悪魔退治の五芳星の意味があったのではないか。

2)      一年を通して位置の変わらぬ北極星(北辰)は神の化身とみなされており、その北極星を象った大の字を同じく動かぬ山に灯したのが、そもそもの大文字送り火の起源ではないか。

3)      弘法大師は、大の字型に護摩壇を組んでいたところから、大の字にしたのではないか。

などがあります。

 

なお京都では、男の子が生まれるとその子の額に大の字を書き、宮参りをするという風習が残っております。

 

現在では「大文字」、「妙法」、「船形」、「左大文字」、「鳥居形」の五山で執り行われている送り火ですが、明治以前にはこの他に「い」、「一」、「竹の先に鈴(竿に鈴)」、「蛇」、「長刀」の、合わせて十山で行われていました。明治になり、急速に近代国家を目指した日本では、祖先の霊「大文字」や疫病神「祇園祭」を迷信とし、明治初年から10年間、祇園祭と大文字を禁止しました。その後、再開はされましたが古式伝統に目を向けなくなっていた当時では、公的、私的な援助を受けるのが難しく、資金難に陥った送り火は昭和初期(第二次世界大戦前)までに次々となくなり、現在の五山になりました。戦後、文化財や伝統保護の気運が再び高まるまでは、大文字と祇園祭にとって苦難の時代だったと言えるでしょう。



五つの送り火と点火時刻

816日の夜午後8時、京都市内のネオンが一斉に消されると左京区東山如意ヶ嶽の「大文字送り火」に火が灯ります。その後、同10分 左京区松ヶ崎の「妙法送り火」、同15分 北区西賀茂の「船型万燈籠送り火」、同15分 北区大北山の「左大文字送り火」、同20分 右京区鳥居本の「鳥居形松明送り火」、と、京都の町をぐるりと取り囲む山々に反時計回り(左回り)に次々と火が灯っていきます。

 

それぞれの送り火が燃えている時間は、約30分と昔から変わらないそうです。これらの五つの送り火を総称して「五山の送り火」とも言われていますが、江戸末期頃は全部で十の山々で送り火が灯されていたそうです。明治から昭和初期にかけて、現在の五山になりました。現在では点火されなくなってしまった五つの送り火ですが、その場所は「い」は市原、「一」は鳴滝、「蛇」は北嵯峨、「長刀」は観空寺村にあったとされています。しかし「竿に鈴」は大正初期まで点火されていたにもかかわらず、その場所が一乗寺だったのか静原だったのか西山(松尾山)だったのか、もうすでに明確でなくなってきています。この三ケ所は方角がまったく違いますし、当然、距離もだいぶ離れております。

 

近代にはいってもなお、大文字についてはなぜこのような事が起こるのか、非常に不思議です。

 

このように謎がいっぱいの大文字、もしかすると静かに暮らす黄泉の国の霊達が  「騒がしい現世の人達にその場所を知られたくなくて、あえて記録を消している」のではないか、とさえ思えてきます。夏の夜空にまるで幻のように浮かぶ、大の字、妙法、船、鳥居。その吸い込まれるような不思議さは、現世の煩わしさをひと時忘れさせてくれます。