2009/10/12

(プロ野球)CS制度のアホ

プロ野球の「クライマックスシリーズ(以降「CS」と記す)」のおかしさは、これまでにも散々書いてきた。このヘンテコリンな制度は、MLBのポストシーズンを真似たものなのだろうが、いつも言っているようにあらゆる条件がまったく違うMLBを真似るなど、愚の骨頂である。

 

そもそもリーグで6つのチームしかないのに、3位になれば無条件でCSに進出できるというところからして、まったくおかしいのだ。今年は、その欠陥制度の弊害がモロに出てしまい、なんと勝率5割にも満たないヘッポコチームが、CSに進出するという醜態が発生した(7172敗のヤクルト)

 

1年のトータルで負け越したチームが、日本一を決める舞台への出場権を賭けた戦い」に参加してくるというのだから、世界広しといえどこれほどバカゲタ制度があろうか?

 

2位の中日に「10」ゲームもの差を付けられ、勝率5割にも満たないヤクルトが、第1ステージではまったく同じ条件で、3試合のうち「運良くたった2勝」してしまうだけで、決勝ラウンドに進んでしまうのだ。さらに、決勝ラウンドに進んだ場合は「22ゲーム差」という天文学的な大差をつけた巨人に与えられるアドバンテージが「たったの1」という大バカヤローな制度なのである。

 

中日とヤクルトとは「10ゲーム」もの差があるのだから、単純計算でも10戦全勝でようやくイーブンであり、また「22ゲーム差」の巨人とヤクルトに至っては「22勝分のアドバンテージ」をつけない限り、この制度は「出来損ない」としか言いようがない。これが35ゲーム程度の差であれば、長いシーズンでは「誤差」の範囲と見ることも出来なくはないから、CSの出場資格としては、せめて「首位と5ゲーム差以内」程度の規定は最低限必要であるし、ましてや勝率5割にも満たないチームなどは、まったく論外とすべきなのである。これは大相撲に喩えれば、7勝8敗で負け越した力士が優勝決定戦に出ることと同じで、いかに愚の骨頂であるかがわかろうと言うものである。

 

しかも短期決戦では、必ずしも実力が反映するとは限らないから怖いのだ。たとえ「22ゲーム差」の実力差があっても、たまたまこの時期の選手のコンディションや勢いなどによって、どう転ぶかわからないのが勝負事である。ましてや今年のように、早々に優勝を決め1ヶ月もの間が空く事で緊張感が欠けてしまうであろう巨人と、低次元とはいえ最後まで3位を争ってきたヤクルトでは、モチベーションがかなり違うはずである。 だからこその6ヶ月、144試合という長丁場のシーズンを通して「極力運などの要素を排除した、真の総合的な実力を競う制度」になっているはずなのに、これでは「何のために半年間もかけて、144試合も戦って来たか」の意味がまったくなくなってしまう。それどころか僅か数試合の偶然の結果で、144試合もの努力の結晶をひっくり返そうという「劣悪な制度」としか言いようがないのである。

 

無論、プロ野球はエンターテイメントであるからには、ファンを歓ばせる事こそが第一義であるのは間違いない。だからこそ、これまで人気に胡坐をかいていたセリーグも、バカにしていたはずのパリーグを真似て二番煎じの恩恵に肖ろうという、さもしい発想に便乗してきたのだろうし、現実に興行としては成功しているのが、さらにこの問題を厄介にしている。人気凋落が叫ばれて久しい中にあって、苦肉の策として金儲けの余興としてやることにまで敢えて反対はしないが、単なる拝金主義で終わってしまっては見識がなさ過ぎると言うものだ。

 

結論的には、あくまでペナントレースの延長線上に存在しなければ意味がないし、そうでなければサッカーの天皇杯のようにペナントレースとは別に存在する、トーナメント形式のお祭りにすべきなのである。どうしても今のような、ペナントレースの延長線上という形式を続けるのであれば、先に触れたようにゲーム差を考慮した適切なハンデを設けるなり、セ・パに関係なく「勝率上位4球団+ワイルドカード」にするなり、また少なくとも先に触れたように勝率5割5分以上というような「出場資格」を設定しなければ、世界中の笑いものである(誰もこんなバカに注目してないだろうが・・・

2009/10/11

大文字の謎(1)

出典http://kyoto.nan.co.jp/

ところで今更ながらだが、ここで「大文字」とはなにかという基本的なところから、確認していきたい。


 盆の精霊様の迎え火・送り火の変形した観光行事で、祇園祭とともに京都の夏を代表する風物詩の一つである。他界(あの世)の祖霊を、天空から山を通じて家々に迎える趣旨からいうと、百八松明と同じく本来は迎え火の行事であった。

 

著名なものは、京都市東山の如意ヶ岳の西峰大文字山で、毎年816日(もとは旧暦716日)の夜行う火祭りで、それゆえ送り火の代名詞のごとく言われている。 山の中腹に地元の人たちがマツの割木を組んでおき、一斉に火をつけて「」の文字を浮き出させる。市民や観光客は、遠望して観賞する。

 

その他に、衣笠金閣寺山(金閣寺大北山の「左大文字」)にも同じものがあり、西賀茂船山では船形、松ヶ崎西山(万灯籠山)・東山(大黒天山)では妙法、嵯峨曼荼羅山(水尾山)では鳥居形がある。これらが同夜相前後して点火され、これを五山送り火と呼んでいる。

 

同類の行事は全国に点在し、神奈川県箱根の大文字焼きも著名であるが、山梨県北杜市須玉町では万灯火(まんどび)といって、盆の13日から15日まで毎夜、集落から見える山の斜面に青年たちが麦稈を置いて焚き「キ」「正」、酉年なら「トリ」、15日は「止」などの文字を浮き出す>

 

とある。

 

次に「大文字焼き」の起源を見ていくことにする。

 

大文字に代表される送り火の起源について、それぞれ俗説はあるものの不思議と確実なことはわかっていない。まず送り火そのものは、再び冥府にかえる精霊を送るという意味をもつ宗教的行事であるが、これが一般庶民も含めた年中行事として定着するようになるのは、室町から江戸時代以後のことであると言われている。古くは旧暦7月16日の夜、松明の火を空に投げ上げて虚空を行く霊を見送る、という風習を記した史料がある。これに対し、現在の五山の送り火は山において点火されるという、精霊送りの形態をとっている。


  816日午後8時から、京都盆地の周囲の山に、炎で描かれた「」、「妙法」の文字や鳥居、船が次々に浮かび上がる。お盆に迎えた精霊をふたたび冥府に返す精霊送りの意味を持つ、あくまで宗教行事である。市内の川沿いや御所など開けたところから遠望することができ、関係者は静かに手を合わせ先祖に思いを馳せて欲しい、としている。

 

今では夏の風物詩として有名な大文字の送り火ですが、その起源や由来が謎に包まれている事は意外と知られていません。長らく日本の首都であった平安京では、その殆どの行事や風物は朝廷などによる公式な記録が残っていますが、大文字の送り火については、そのような公式記録がなく、「いつ、誰が、何のために」始めたのかは、謎のままになっています。

 

「あくまでも民衆による自発的な行為だったので、記録されなかったのでは」とも言われていますが、今でも現代人の目を惹く大文字、昔の人々にとってはさぞかし夏の夜の一大パノラマだったでしょう。

 

その大文字に朝廷が何の意見も述べていないのは不思議ですし、また昔は京都周辺の殆どの山々で送り火が燃やされていた時期もあるとも伝えられており、そのような事が朝廷の許可なく行われていたとは考え難いです。それとも、山々に灯す送り火は、わざわざ書き留める必要もないほどの自然な行いだったのでしょうか。

 

と、あくまで謎に包まれているのである。 


 その謎を解きあかすには「日本人とお盆」、「京都でのお盆」を探ってみなければならないらしく、ここで「盂蘭盆(うらぼん)」というモノが登場してくる。

 

元々、お盆とは中国から伝来された仏教行事のひとつ盂蘭盆の略で、日本では盂蘭盆会(うらぼんえ)とも言われています。語源は梵語のウランボーナで、逆さ吊りの苦しみを表します。

 

ある時、釈迦の十六弟子の一人である目連は、自分の生母が餓鬼道に落ち逆さ吊りに苦しんでいる事を霊感しました。そこで7世代前までの父母の霊を救うために、百種の供物をしたというのが盂蘭盆の始まりとされています。

2009/10/07

空気の支配(「人権擁護法」の恐怖)

さらに恐るべきは「人権擁護法」である。なるほど「人権擁護」などといえば、あたかも聞こえはいい。が、問題は「誰のための人権擁護か?」ということである。この法律を導入することで誰が得をし、そもそも誰が何の目的で推進しているのかを考えれば、それは直ぐにわかる事だ。

 

この「人権擁護法案」なるものを要求しているのは、XX解放同盟やら在日K国人である。しかも「実際に差別の被害にあっているもの」だけではなく「差別を受ける恐れのあるもの」までもが対象となっている。その「受ける恐れがある」とは、誰がどのようにして判断するのか?

 

この仕組みは、まず法務省の外局として「人権委員会」なるものが設置される。これは司法、行政、立法のどれにも属さない「独立した権力」であり、そこが「全国に最大二万人の人権擁護委員を選定」し、この全国に散らばった「人権擁護委員」が国民生活を監視する、というのが隠された実態である。

 

早い話が、ナチスドイツの「ゲシュタポ(Gestapo」や、東西冷戦時代に恐れられた東ドイツの「シュタージ(Stasi)」(秘密警察組織)」のような、思想及び言論統制の恐怖組織なのである。この「人権擁護委員」なるものが「実際の被害にあっているもの」だけではなく「被害を受ける恐れのあるもの」まで判定するというのだから、人権擁護委員は、まことに神のような人たちである。

 

しかし、これで驚いてはいけない。どんなデタラメでも、人権擁護委員が「これは差別の恐れがある」と独断した場合は「令状なしで立ち入り捜査」ができてしまうのである。 国家権力である警察ですら「令状なしで立ち入り捜査」などという強権の発動は出来ないのだから、つまりは警察以上の権限を持つことになるということだ。これを「三権分立の崩壊」と言わずして、なんと言うべきか。

 

さらには「職務遂行の結果を、一般に公開する義務が無い」のだから、極論すれば「人権擁護委員が、なんとなく気に喰わんというだけの理由」で「令状なしで立ち入り捜査」をしても、された方はわけがわからないまま「犯罪人」に特定されてしまうという、恐るべきバカさ加減なのである。「言論の自由」などは、風前の灯だ。

 

このようなデタラメな「人権擁護委員の罷免」に国民が参加できないというのだから、これは日本をスターリンの恐怖国家にしようという、トンデモナイ法案だとしか言いようがない。しかも、この人権擁護法案における人権委員は、ナント外国籍(在日K国人やC国人)にも任命されるというから、少なくとも国益(正確には「私益だろうが」)は最優先だった旧ソ連より、もっとタチが悪いのである。

 

これが実現すれば、在日K国人はこの人権擁護法案を武器に使い、必ず外国人参政権を要求する。在日K国人に参政権がないのは差別であり、人権侵害であり、人権擁護違反であると、例によって喚き騒ぎたてることだろう。つまり在日K国人にとって、人権擁護法案は外国人参政権への前段階なのである。

 

そして在日K国人に参政権を認めれば、いずれ被選挙権も要求するのは間違いない。その結果は、多くの在日K国人籍の国会議員が誕生する危険性もある(すでに民主党には、その種の出自の怪しい議員が存在しているではないか!

 

当然ながら、彼らはK国政府の指示で動くから、日本の政治にスパイが大手を振って介入しているようなものであり、日本が乗っ取られてしまうというのもまったく冗談ではなくなるのだ(そもそもC国に至っては、総選挙すら出来ない共産党独裁国だから、自国の選挙権すら持たないのである)

 

こんな政策を進めようと画策しているヤツは、一体「どこの国の政治家なのか?」としか言いようがない。そして、この「人権擁護法」についても「外国人参政権」同様、「主権者たる日本人の人権」は、まったくないがしろにされているのだ!

 

まことにもって不思議なことだが、日本のマスゴミにとって守るべき「人権」は常に重大犯罪事件の容疑者や死刑囚、或いは在日外国人が対象であって、本来最も守らなければならない日本人の人権や犯罪事件の被害者の人権は、いつまで経ってもないがしろにされ続けているのである。

 

この他にも挙げていけばキリがないが、国際法でとっくにケリがついているのに、未だにありもしない「日本の戦争責任」を穿り返し、謝罪外交のための官庁を創ろうという画策、さらには靖国神社を否定して新しい施設を建設しようとしているだけに止まらず、ご丁寧にもわざわざチャイナくんだりへ行って「第2次世界大戦時のA級戦犯が祀られている限り、日本の首相は参拝に行くべきでない」などとアホな約束をして、支持を取り付けるという売国奴なのである。

 

政権欲しさに、国家のために身を挺して戦った英霊を「A級戦犯」と断罪し、侮辱して足蹴にすることも恬として恥じない。「戦争犯罪人」として諸悪の根源のような極悪人に仕立てられた東条英機元首相の

 

「自分は日本国民に対して敗戦の責任を負っているのだから、喜んで絞首刑になる。 しかし、戦争犯罪人と言われることについては、断じて拒否する」

 

という言葉の重みなどは、爪の先ほども考えたことがないのだろう。

 

さらには、国旗の日の丸をズタズタに切り貼りした党旗を作り「我が党の神聖な党旗云々」と、日の丸軽視をも露呈している(靖国の神道も否定)

 

この党が、党大会などでも日の丸を掲げないのは、C国やK国(或いは、それらに関する在日団体)に対して忠誠でも誓っているのか、としか解釈のしようがない。

 

他にも論っていけばまことにキリがないくらいに、どれひとつとってもとても正気の沙汰とは思えない人物であり政党というのが、民主党とその党員なのである。

 

「自治労」、「日教組」など、反日的な団体が民主党の支持母体であることは知られているが、これ以外にも「在日K国団体」、「XX解放同盟」も民主党支持母体である。そればかりか、党員資格も「在外邦人や 在日外国人の方もOK」(明らかにコリアやチャイナを想定)と謳っているのである(公明党も同様)

 

自民党の「本党の目的に賛同する日本国民」は言うに及ばずだが、共産党ですら  「日本共産党は、日本の労働者階級の党であると同時に、日本国民の党であり・・・十八歳以上の日本国民は、党員となることができる」と規約されている。

 

在外邦人や 在日外国人の方もOK」の民主党や公明党よりも、共産党の方が遥かにまともといえる。

2009/10/03

宇治

 出典http://www4.kcn.ne.jp/~usuitoge/chimeinoyurai.htm

 宇治は源氏物語・宇治十帖の舞台で、藤原頼通が建立し、世界遺産にも指定されている平等院で有名である。また宇治は茶所として、全国にその名が知れ渡っている。

 

うじ」という地名の名は、喜撰法師(きせんほうし)の

 

「我が庵は 都のたつみ鹿ぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり」

 

という句に登場する。

 

「うじ」と聞くと、「うじうじしたところ」、関西では湿っぽいところの意味を連想させる。人の場合に例えると、いつまでも執念深いヤツ、優柔不断な者を意味する。いずれにせよ、単語から連想する悪いイメージから、偏屈な人物、斜に構えた人物などが隠れ棲む所だと思っている人がいるかもしれない。しかし「宇治」とは、そういう「うじうじ」した所に語源があるわけではない。

 

岩波文庫に、天保時代にまとめられた「百人一首一夕話」の中の喜撰法師の項で、歌の解釈や味わい方とともに「宇治」という地名の由来が記されている。それによると

 

「山城国宇治郡の事は、応神天皇第四の御子を大鷦鷯皇子(おおさぎのおうじ)と申し奉り、また末の御子を菟道若郎子(うじのわかいらつこ)と申せしが、この御子桐原の日桁宮(ひけたのみや)を造り、大宮となして住ませ給へり。この御座所(ござしょ)をもとは許の国(きのくに)といひしを、ここに住ませ給ふ菟道若郎子(うじのわかいらつこ)の御名によりて後に宇治郷と名づけたる由、風土記に見えたり」

 

となっている。

 

応神天皇の四番目の皇子である、菟道若郎子(うじのわかいらつこ)がここに宮殿をつくって住まわれたことによるというこの由来話が、これまで「宇治」という地名についての公式見解とされてきた。

 

実際、「うじ」は「菟道」という字が当てられていることもあった。だが地名研究が進むにしたがい、これは違うということになってきている。「菟道」だけではなく「鵜路」、「宇遅」、「宇知」などいろいろな字が当てられてきた。

 

では「うじ」とは、何を意味するのであろうか?

 

「宇治市史」には「うじ」とは「うち」を意味する、と書いてある。「うじ」の北も東も南も山に囲まれ、西はというと巨椋池に塞がれ、これらの内にあるからまさに「うち」で、これをいつしか「うじ」と呼ぶようになったとしている。

 

「日本語源大辞典」は、菟道若郎子が宮殿を建てて住むより前から「うじ」という地名はあったから、菟道若郎子に由来するものではなく「内」だから「うじ」になったという説を採っている。この説に対し、あの南方熊楠は「兎に関する民俗と伝説」のなかで、文字どおりに解釈すべきだとし「兎が群れて通ったことから起こった」と、ケモノ道ならぬ「ウサギ道(菟道)」に由来しているのではないか、としている。

 

他にも「うじ」の「じ」について昔から「道」「路」が当てられていることから考えて、やはり「道」「路」に由来があると見た方が良いのではないかとされ  「ウ(諾、宣)なる道、すなわち一番良い道、ここより外に適当な所がなく、ここが最上に都合の良い道というぐらいの意味で、ウナミチ(諾道)というのが語源であろう」という解釈もある。

 

7世紀頃、日本人は「良い、都合がつくと思う時にウベナリ(諾)と言い、承諾する時の応答語にウとかムとか発音した」ことも記され、肯定して「ウナヅク」の「ウ」も、首筋の「ウナジ」の「ウ」もそうで、さらに宇治の南に古代につくられたミゾ(溝)のことを「ウナデ」と呼んでいることが記され、それは田んぼの溝の土を高く盛ったところを「ウネ(畝)」ということからきており、宇治の道はまさに、そのウネのようなものであるとされている。

 

同じく道に関係している地名に、宇治田原や宇治山田がある。余談ながら、我々が返答するとき「うん」というのは「うべなり」「うなづく」からきているのだが、よく親から「ウンではなく、ハイと言いなさい」と叱られたことがある。  しかし、古代日本語では「ウン」が正しいのである。「ハイ」は漢字が入ってきてからで、これは「拝啓」、「拝読」などの「ハイ」から来ているのである。

 

もう一つ「う」から始まる地名に、京都の右京区の「うたの、うだの(宇多野)」というところがある。ここも「ウベなる田」つまり「良い田」、「素晴らしい野」という意味である。これに対し、奈良県の「(うだ)宇陀」は「湿地帯」を意味する地形語からきている。

 

アダ(穴田、穴太)、ウダ(宇陀、)、ムダ(六田)は同義語で、湿地を意味するアクツ、アクト、アドから転化したもので、河川流域の湿地を意味するとされ、同じ「うた(うだ)」でも正反対の意味がある。