2012/01/29

歯科医の過剰(5)

う蝕(虫歯)が社会問題となり始め、歯科医療の充実が叫ばれつつあった1960年頃、日本には歯科医師養成大学が東京歯科大学、日本歯科大学、日本大学、大阪歯科大学、九州歯科大学、東京医科歯科大学、大阪大学の7校しかなく、国は歯学部の新設を推進した。そして1965年までにまず愛知学院大学、神奈川歯科大学、広島大学、東北大学、新潟大学、岩手医科大学の6校に歯学部が設置された。その後1980年代前半にかけて、歯学部が16校に新設・増設され現在に至る。2007年現在で国立大学法人11校、公立大学法人1校、私立大学17校となっている。

 

以前より、歯科医師過剰問題のひとつの要因として、歯学部新設・増設後に歯科受療率が横ばいから低下したのにもかかわらず、現存の歯学部歯学科の入学定員を減少させていないことが指摘されている。この問題に拍車をかけたと考えられているのが、歯学部と定員数の増加である。この定員数の増加は、社会的要請に適ったものではない。

 

国(厚生労働省)および日本歯科医師会は、大学に対して幾度かの定員減を要請しているが、実際の定員減は殆ど行なわれていない。定員の合計は国公立が約500人(12大学)、私立が約2,500人(17大学)であるが、私立大学側からは、むしろ1970年頃から国の意向で創設・拡充した国公立大学の歯学部を統廃合すべきだ、という意見があがっている。しかし歯科医師数の過剰感と歯科医師の収入低下、昨今の不景気、大学受験者総数の減少、医学部定員の増加、歯科医師国家試験合格率の低下、私立歯科大の高額な授業料などが要因で歯学部が受験生に不人気となり、2008年度大学入試から私立歯科大・歯学部の定員割れが目立ち始め、一部にほぼ全入である大学も出始め、将来の歯科医師の質的劣化が懸念されている。

 

大学関係者の中には、学問の自由などを根拠に定員の削減等に反対する者も少なくないが、歯学部ついては公共性の高い専門職の養成機関でもあることから、定員・補助金・統廃合などに関して相応の国策的な制約を受けることは、やむをえないとする意見もある。国としては歯学部の定員の削減を更に図ると共に、歯科医師国家試験の難易度を上げ歯科医師免許交付率を下げることで、歯科医師の過剰を抑制しようと考えている。事実、この施策を講じ始めた2004年度(第97回)の歯科医師国家試験は、合格率74.2%と史上2番目の低率となり、中には受験者の半数近くが不合格となる大学もあった。

 

内訳としては国立大学 590名(合格率 87.4%)、公立大学 76名 (82.6%)、私立大学 1,529名 (68%)。しかし、毎年輩出される歯科医師国家試験合格者数(第102回合格者は2383名)と、厚生労働省が発表した現状歯科医師数を維持するに必要とされる歯科医師国家試験合格者数(約1200名)とが大きくかけ離れているため、結果的にそれを放置した形となった厚生労働省には非難する声もある。

 

歯科医師過剰問題のもうひとつの要因として、高齢の歯科医師が引退せずに診療を続けていることが指摘されている。歯科医療行為の特性上(視力、手先の器用さ、瞬時に診断を下す頭脳、体力などが必要)、新しく国家試験に合格する者の人数を抑制するだけでなく、年配歯科医師の診療現場からの現役引退(歯科医師定年制)を促進する必要があると考えている歯科医療関係者は多い。なお、歯科医師定年制はドイツなどで導入されている。

 

歯科医師過剰により、歯科医院数が増えることと歯科受療率の低下で、歯科医院収入は低下傾向にある。過当競争・予防知識の周知・再発率の低下・少子化による人口減少・格差社会による低所得者層の増大・先行き不安感などから、家計費における優先順位の低い傾向のある歯科医療費は減少傾向にあり、歯科医院収入の低下が問題となっている。歯科業界においても、一部の医院から収入の低下が認められ、経費節減のため診療時間外に技工作業等を行うことによる労働の長時間化も認められる。また悪質な歯科医院では、歯科助手などに違法な診療をさせて人件費を節約するケースもある。また現在の治療ありきの保険点数制度も、経営を圧迫していると指摘されている。