2013/04/30

2013ゴールデンウィーク

しばらく京都から遠ざかっている。

 

「今年こそ、京都で花見!」と、計画を温めていたのは事実だった。職場では、3月後半に「リリース」の大イベントを迎えた。昨年秋に参画以来、全てはここを目指して頑張ってきたという、まさに最大のイベントだ。このリリースというオオヤマを越えたら、自分の役割は終わるものだと思っていた。

 

実際、このリリースに最も貢献したのは間違いなくワタクシ自身だと思っているし、だからこれを終えたら自分としてはお役御免だとも思っていた。リリースが終われば後は維持管理Gに渡して、設計チームは解散するのが普通である。色々とすったもんだはありはしたが、リリースはともかく無事に終わった。が、肝心の桜の方が待ってくれなかった! なんと、今年に限って信じられぬほどの異常なスピート感で、リリースが終わってほっと一息と言うタイミングで、気付けば都内は早くも満開を迎えてしまったのだ。

 

京都は、都内よりは1週間遅い。まだまだ残作業はあったものの、狙っていた週末は悉く雨に祟られる。「京都の花見」は諦め、次は「日本一の桜」の呼び声の高い高遠桜へと、頭を切り替えた。京都のような庭園はないが、この高遠桜も数年越しの念願である。ところが、リリース直前から現場責任者の迷走が始まったせいで、思いもよらず忙しくなり思うように休みが取れない。そのようにして、すったもんだの挙句、遂に高遠桜も逃してしまうという結果に。

 

そんなNG連発の末に、ようやく迎えたGWだ。今度こそは4月で現場を離れ、のんびりとGWを満喫するのだ!

 

が、この予定も、脆くも崩れ去った。本来ならスムーズに辞められるハズだったのが、迷走を続けた現場責任者が遂に4月で退くことが決定したのである。

 

「だから、このタイミングで抜けられるのは非常に困る!」

と、新しい責任者や営業にも泣きつかれた。

 

そんなの、オレの知ったことか!

 

と言いたいところではあるが、現実問題としてここ数か月は「現場責任者代行」的な役割だったのだから現場責任者が残るならまだしも、それが抜けるとあっては、とてもすぐには抜けられない。そうとハラが決まれば、開き直って仕事を一気に片付るしかなく、そのようにしてなんとかGWの休みを確保することはできた。ところが、肝心のホテルに空きがない・・・

2013/04/27

妻籠・馬籠

木曾路は「すべて山の中」にあり、木曾駒ヶ岳(2958メートル)を主峰とし、空木(うつぎ)岳(2864メートル)などの高峰を擁する東の木曽山脈と、山岳信仰の霊山として名高い山頂に五峰五湖がある御嶽(おんたけ)山(3067メートル)が、ひときわ高く聳える西の飛騨山脈の間を縫って南流する木曾川の深い谷を貫いています。中山道が木曽路に入って最初の宿場が贄川で、北端に人の通行と木材の搬出を検査する木曽福島関所の副関の番所が設けられていました。

 

地名は、諏訪大社に川魚を御贄として供進したことに由来するとされます。木曾路は、木曾谷の南端の峻険な峡谷を避け、妻籠(つまご)から馬籠(まごめ)峠(801メートル)を越えて馬籠へと、距離の短い険しい山を越えるルートを辿ります。妻籠は昭和51年に「重要伝統的建造物群保存地区」指定第1となり、馬籠は島崎藤村の生地で『夜明け前』の舞台として知られます。馬籠峠からは、藤村が愛した恵那山(2191メートル)の雄姿が望めます。

 

この「きそ」、「つまご」、「まごめ」は「キ・ト」、KI-TO(ki=full,very,of place,into;to=drag,wet,calm)、「湿気が・多い(杉・檜などの生育に適している。地域)」もしくは「静まり・かえっている (山また山の。地域)」または「キ・タウ」、KI-TAU(ki=full,very,of place,into;tau=ridge of a hill,come to rest,be suitable,)、「山々が・重なり合う(地域)」、「ツ・マ(ン)ゴ」、TU-MANGO(tu=stand,settle;mango=shark,shark's tooth)、「鮫の歯のような場所(急坂)が・ある(土地)」(「マ(ン)ゴ」のNG音がG音に変化して「マゴ」となった)」(「マ(ン)ゴ」のNG音がG音に変化して「マゴ」となった)、「マ(ン)ゴ・メ」、MANGO-ME(mango=shark,shark's tooth;me=if,as if)、「まるで・鮫の歯のような(急坂の。場所)」(「マ(ン)ゴ」のNG音がG音に変化して「マゴ」となった)の転訛と解します。

2013/04/26

醜態(プロジェクトD)(9)

「Yさん、どうしたのか?

突然呼ばれて状況がサッパリわからんのだが・・・手短に説明してくれないかな?」

 

と問いかけても、Y君は貝になったように固く口を閉ざしたままだ。対面するN社の製品事業部のリーダーらしき人物が、業を煮やしたように

 

「どうも・・・突然に呼び出しを喰らって状況がわからんと思いますが・・・とにかく私どもとしては、レビューをお願いしますといわれてやって来たのに、まったく準備不足なのか何を言っているのかわからなくてね。どう見てもレビューの準備が整っていないようにしか見えないんだけど、どうしますか?

今日の予定は準備不足ということでキャンセルとするか、それとも改めてこれか立て直してちゃんと説明してもらえるのか・・・いずれか方針を明確に決めてもらいたいな。我々だって遊んでいる身ではないし、もうレビュー始まってから結構時間経ってるけど説明も始まりそうにないし、どうしたいのかハッキリしてほしいんですがね・・・」

 

「なるほど・・・承知しました。まずは、ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした・・・」

 

と、一応は形式的に詫びておいて

 

「で、Y君!

レビューの準備が出来ていないというのは、確かなのか?

なぜ、このような状況になったかは後でヒアリングするとして、この場のレビューは始められるのか、もしくはキャンセルしてリスケさせてもらった方が良いのか?」

 

と問うても、Y君は固まったまま返事がないのである。

 

「私も突然呼ばれたので、準備状況がどの程度か把握できていませんが、どうも見る限りレビューができる状況ではなさそうなので、本日のレビューはキャンセルとして、改めて日程調整をさせていただきたい」

 

とN社製品事業部に申し入れると

 

「その方が良さそうですね・・・どうも、なんとも。今後は、このようなことがないようにして欲しいね・・・」

 

と、思いっきり嫌味を言われてしまった。

 

「なんで、こんなことになったんだ?」

 

N社製品事業部のメンツが去った後、Y君を追求してみるも要領を得た返事が返ってこなかったが、これまでの経緯など色々と考えてみると、どうもN部長がスケジュール優先の考えで勝手にレビュー日程を設定してしまったが、実際の作業が追いつかずに準備不足のままにレビューを迎えてしまったらしい。

 

しかも相手が海千山千のN社製品事業部だから、レビュー開始早々にその点を突っ込まれて、その場はなんとかごまかしてやり過ごせばよいものを、技術力は凄いが案外に世間ずれしていなかったY君が、すっかり舞い上がってしまい立ち往生してしまったというところらしい。

 

この一事をもってしてもわかる通り、リーダーのN氏は明らかにこの地獄のように過酷なPJから「逃げる気満々」のようで、事実この頃になると赤坂の現場に出勤する頻度はじり貧に減っていき、遂には偶にしか来なくなっていた。

 

N社との定例会議については、こっちも概ね内容を把握できて来ていたのでそこを任される分にはまだ我慢できたが、それを良いことにN氏の知らぬ顔はさらに酷くなっていった。

 

ある日のこと。

その日も「自社用」とやらで不在のN氏から、突然に電話がかかって来た。

 

「私は自社でどうしても抜けられない用事があるので、今日はそっちに行けません・・・」

 

「またですか。まあ今日はN社との定例も、他のmtg予定もないから良いですが・・・」

 

「実はですね・・・今日水曜は『高度化WG』というヤツがありまして・・・」

 

「高度化WG

なんすか、それは?」

 

「いや、大した内容じゃないけど、一応私は毎週出席しているので・・・今日はにゃべさんが、私の代わりに出ていただきたい・・・」

 

「といっても、なにをやるのかもサッパリわからないですが・・・」

 

「大丈夫です。その会議で、うちらが発言を求められるようなことはない・・・はずです」

 

と、なんだか語尾が怪しい。

 

「じゃあ、今日はNさんがいないので欠席で良いんじゃないですか?」

 

「いや、この会議にはTさんが出るので、欠席はまずいな~。代わりに出てください。」

 

「しかし・・・」

 

「何も聞かれないハズですが、もしわからないことを聞かれたら、持ち帰り回答するとでも言っておけば・・・」

 

なんとも無責任なリーダーだ。

 

こうなれば、仕方ない。何と言っても一応はサブリーダーとしてN氏不在の時は代行の役割だから、出ないわけにはいかぬ。

2013/04/19

救世主(プロジェクトD)(8)

  そんな状況下、忽然と予想していなかった、ずば抜けた「能力」の持ち主が登場した。当然ながら彼に作業負荷が高まる。誰もが対応できないような難しい作業はY君に流れる。精密機械でもあるかのように驚くほど仕事が早いY君だったが、誰もが対応できない難しい作業となると、さすがにそれなりに時間がかかる。さらに、それが片付いたら終わりと言うわけではなく、人の手に余るような作業は全てY君に流れていくから、彼にとって終わりはない。


かくして、Y君の仕事(他の無能な連中の尻ぬぐいも含む)は連日終電を過ぎるまで続くようになり、深夜の1時や2時にタクシーで帰る日も珍しくなくなっていった。勿論、こうなると毎朝9時に出勤は不可となって、午後出勤が増えていく。それでも彼に代わるどころか、その足元にすら迫る人材は皆無だから、彼の稼働負荷は徐々に厳しさを増しており、このままでは

 

「Y君は、果たしていつまで持つか?」

 

というところまで来ていた。

 

身長183cm100㌔は優にありそうで頑丈を絵に描いたようなY君も、さすがに数か月も経つと痩せることはなかったものの、かなり疲労の色が濃くなってきており、普段は無口で余計なことは喋らなかったが

 

「なんでもかんでも私にばかり頼られては困りますね・・・」

 

などと、徐々に不満を隠さなくなってきた。

 

そうして有象無象どもが、日夜手をこまねいている中で、だたひとり涼しい顔でバリバリと仕事をこなしていたのがY君だった。

 

先にも記したように、このY君と言うのが身長183cm、体重は優に100kgは超えてそうな巨漢に加え、風貌もキツネ目の太々しいのを絵に描いたようなキャラだっただけに、技術力で格段に劣る他のメンバーは、Y君の前にはすっかり委縮してしまっていた。

 

さらに風貌だけでなく、ぶっきらぼうな性質のY君だっただけに、こちらとしても使いにくい。そこで一計を案じ、いかにも人畜無害そうだが、能力的には吸収力がありそうな人材を2人ほどピックアップし

 

「わからないことはY氏に教えてもらい、彼の技術を盗め!」

 

と発破をかけたものの、このY君というのが、どうも技術屋にありがちな難しい性格のようだった。

 

「あれから、Y君に色々と教えてもらった?」

 

と聞くと

 

「Yさんは、まったく教えてくれません・・・」

 

と言うことで、聞けば「技術というのは、人に教わって習得するものではない」とケンモホロロにあしらわれらということ。なにしろ、あの巨体の迫力ある人物から、そのように突き放されてしまっては、取り付くシマもないというのだ。

 

ところが、である。

 

この巨体の威圧感にモノをいわせて(?)、傍若無人に振舞っているかのように見えたY君が、実は相当に人見知りだったらしい。そのことが発覚したのが、N社のレビューだった。

 

そのころには、あまり現場には顔を出さなくなっていたリーダーのN氏だったが、それでも成果物の作成&レビューのスケジュールを勝手に設定していたらしく、ある日にN社のレビューが設定されていたのだが、突然にN社製品事業部というところから

 

「プロジェクトの責任者はいますか?」

 

という呼び出しがかかったらしい。

 

「プロジェクト責任者はC社のN部長ですが、今日は来ていません・・・」

 

と回答すると

 

「では、代行する役目の人は・・・?」

 

「はあ、それは私になるでしょう」

 

と呼び出され、訳がわからぬままにおっとり刀でレビュー会場に駆けつけると、Y君を前にN社の製品事業部のレビュアーとおぼしき3人のオジサンたちが、揃いも揃って雁首揃えてしかめっ面を並べているではないか。

 

「一体、なんなんですか、これは?

レビューというので、我々N社製品事業部のメンバーがわざわざ集まったのに、全く準備も出来ていないようだし、まともな説明も始まらないし・・・一体、私たちは何のために呼ばれたのか理解できない。我々も、そう暇な人間が集まっているわけじゃないんだが・・・」

 

と、至ってご立腹の様子だ。

 

で、頼みのレビューイたるY君はといえば、なぜか日頃チーム内で見せている傲岸不遜ともいえる表情からは打って変わり、「N社製品事業部の面々」を前にしては、まるで借りてきた猫のようにすっかり委縮して固まってしまったかのように無言の行を貫くばかりだから、突然に呼び出されたこちらとしては、サッパリわけがわからないという状況だった。

 

とはいえ、こっちはN部長の名代としての立場もあるから、Y君のように貝になっているわけにも行かぬ。それに、こっちは、それなりに様々修羅場を潜って来た勘もあるから、場の雰囲気を観ればどういう経緯で呼ばれたかは、凡その見当は付こうというものだ。

2013/04/12

通信革命(プロジェクトD)(7)

 ここまで記してきたように、このプロジェクトは「国内最大手携帯キャリアのスマホ導入対応」であり、ここに至ってワタクシも認識を改める必要に迫られた。

 

そもそもの成立ちとして、携帯電話というのは従来の固定電話に代わる「モバイル性」の便利さで普及したものだった。かつては、現実離れのしたアホみたいなバカでかいバッテリーをかついで「よっぽどの目立ちたがり屋か見栄坊」の間にしか普及しないだろうと蔭で冷笑していたものだった。

 

ところが案に相違して急速な小型化のみならず、価格面からもキャリア各社の競争激化による低価格競争の末

 

「旧来の不自由な固定電話に代わる、新たなコミュニケーションツール」

 

として、爆発的なまでに普及が加速したのである。

 

さらには

 

「さすがに、固定電話の代用とはなりえないだろう」

 

との予測をもあっさりと覆し、すっかり不自由な固定電話に代わる移動通信手段として、通信の「主役」になりおおせたばかりか、今や学生の身分でさえ当たり前に1台は所有するに至っていた。

 

これだけでも、通信業界にとっては十分に「革命的」ともいえる現象だったが、このスマホというのが従来の携帯電話のような、単なる「固定電話に代わる通信手段」に留まることなく、その多機能ぶりはPCの代用にもなりうるものまで進化したのだから、これこそは、まことに通信業界の「革命」としか言いようがないのである。

 

今、まさに通信手段の本流が「携帯電話」から「スマートフォン」へと変わりゆくこの時代にあって、幸か不幸か「携帯最大手キャリア」のスマホ導入対応というプロジェクトに関わってしまった「縁」の不思議さを思うのである。

 

もちろん、これだけの「革命」的な出来事なのだから、その対応に当たる技術者の方も「旧態依然」では追いつかず、日夜「新技術の習得」に追われることになっていた。とはいえ、ひとくちに「新技術の習得」と言っても、そう簡単なことではなく、それなりの技術的な下地と、新技術に対応できるだけの高度なセンスが求められるとあって、この現場の「二流技術者」風情が悪戦苦闘するのは当然の成り行きと言えた。

 

繰り返し触れてきたように、このプロジェクトは業界再大手のキャリアが、今後爆発的な需要増が確実に見込まれるスマホユーザー向けに、新たなプラットフォームを導入するとともに、既存のプラットフォームを増強するという巨大かつ難易度の高いものだ。当然ながら、このニーズを実現するためには最新技術を駆使したものにしなければならず、これまた当然ながらそれを実現するためには、最新技術を使いこなせる高度な技術や知見を備えた人材が必要になるわけだ。

 

ところが実態はどうだったかと言えば、これまで触れてきたように、我がLBチームの顔ぶれを見ただけでも、到底そのようなニーズに対応できる体制になっていないのが実情だった。しかしながら、携帯からスマホへの切り替えという世の中の流れを止めることはできず、またスマホの導入に関しても一刻も早い対応が求められていた。業界最大手とはいえ、強力なライバルが何社かあるだけに、生き残りのためには品質だけでなく、時流に対応した相応なスピード感が求められていた。

 

とはいえ、つまるところ人がやることであり、また人がやるからにはそこに携わるエンジニアの「能力」に応じた対応しかできず、いかにニーズがあるからとはいえ能力以上の対応はできない。つまるところは「能力」の足らない分は「努力」で補うしかなく、必然の成り行きとしてメンバーの作業負荷は高まる一方となっていく。

 

プロジェクトにはスケジュールがあり、スケジュールを守ることは必須であるから、一定の水準をクリアできるまでは仕事が終わらない。こんな負のサイクルにハマった「能力なき」メンバーたちは、連日朝から始まって終電ギリギリまでの「努力」に迫られていた。

2013/04/05

CCIE(プロジェクトD)(6)

  「自社寄り」がどんどんと増えていって、このころは半分も現場にはいないN氏だったが、相変わらずドキュメントは持ち帰って、どこかで直したり作ってはいるようだった。あれだけの仕事のボリュームと厳しい納期を考えてみれば、多少の遅延はあるとはいえそれなりにメンバー数人分の「ゴースト」として作業を完遂していることは、まことに驚異的と言えた。

 

CCIE」といっても、机上の知識だけで現場における実践となると

 

(こいつが本当にCCIEなのか?)

 

という「ペーパーエンジニア」も多い中、このN部長のスキルに関しては掛け値なしといえたが、その反面で肝心のマネージメントの方はまったく疎かとなり、すっかりこちら頼みのようだった。

 

N社のマネージャーT氏は「狷介」ともいえる性質だけに、N部長としては苦手らしく、もっぱらサブリーダーのK女史を頼りにしていたらしい。大企業のN社とはいえ、T氏は「マネージャー(課長)」だが、自分はN社ほどの大企業ではないが、一応は「上場企業の部長」としての矜持や、T氏よりは幾つか年上としてのプライドもあるだろうから、マネージャー級の相手からガンガン言われるのは苦痛だったかもしれない。

 

一方、年齢的にはかなり下のK女史は、まだ主任クラスでガミガミ口煩いのはあるいはT氏以上ともいえたが、ひたすら冷徹なだけのT氏とは違い姉御肌で面倒見の良さがあり、またN部長には好感を持っていたようだったため、N氏は裏ではK女史とコミュニケーションを図っている様子も垣間見えた。

 

それにしても、いよいよN部長の「自社寄り」頻度が高まり、遂に半分も現場に顔を出さないような状況になりつつある時、遂にC社に「救世主」が現れた。

 

パートナー会社から新規参入してきたY君で、これがビックリするようなハイスキルの持ち主。年齢こそまだ30そこそこだが、なんとあの「CCIE」のN部長をも唸らせるレベルの男だ。N部長もさることながら、C社メンバーのスキルの低さに頭を抱えていたN社のT氏とK女史にとっても、まさに救世主である。

 

あの気難しく狷介なT氏が

 

「Yさんがいなくなったらと思うと、オレは夜も眠れない・・・」

 

と言うほどだった。