さすがに評判高いだけあって、H医師の腕はよほど素晴らしかったのかもしれない。その後長年の間、歯の痛みだけでなく、なんらかの問題が生じることは殆どなかったのである。
(あの先生、よっぽどしっかりと治してくれたんだな・・・)
と思っていた。
それ以降、本格的な歯の痛みを感じたのは実にン年ぶりで、東京に移住した後のことだ。以前なら、迷わずH医院に駆けつけるところだったが、今度はそうはいかない。今の住居から最寄の吉祥寺の駅まで歩くと、10分程度の道程に目に付くだけでもざっと10軒は歯医者の看板があり、また駅の周辺にはその数倍の歯医者があるのだろうから、歯医者に困ることはなかったが、逆にこれだけあると、どこへいけばいいのか迷ってしまう。おまけに近所付き合いがまったくないだけに、かつて住んでいた田舎のように、どこそこの先生は腕がいいとか、どこそこはヤブだというような評判は、どこからも聞こえてこなかった。
ともかく例によって痛みが限界に達するまでは、なんとか我慢してやり過ごそうとしながらも、ネットのクチコミを漁っていた。クチコミは、どれもがやらせのような感じを受けたものの、その中で唯一mixiのコミュニティで信用できそうなものがあって、これは書き込みも数百件と多いが悪いこともたくさん書いてあるという、内容もリアルで信憑性が感じられた。その中から、評判の良い医院を数件ピックアップしておく。そうしながらも
(自然に痛みが消えてくれればいいが・・・)
という願いも空しく、ある日の夕食でトンカツを噛んだ瞬間、飛び上がりそうなくらいの激痛が走り、ここで遂に覚悟を決めた llllll(-_-;)llllll ずーん
ところが「さすがは東京」で、あたりをつけていた評判の医院は、どれも1ヶ月も先まで予約が一杯だというではないか ( ゜ ▽ ゜ ;)エッ!!
何件か当たってみて、ようやく当日の予約が取れる歯科を見つけて、実にン年ぶりの歯科通いが始まったのである。
例によって最初にレントゲンを撮ったが、ともあれ激痛のあるところを応急的に治してもらうと、予想した通りの言葉を掛けられた。
「どうしますか・・・?
この際、悪いところは全部治しますか?」
本音は痛いところが治ればそれで充分だったが、考えてみれば前回の徹底治療からすでにン年も経っているだけに、この際徹底的に見直してみるのもいいかと思い事情を話す。
医師の話では「今回治したのとは別にもう一本虫歯があり、まずはそれを治すことが必要」
とのことだ。ただし
「その虫歯の斜めに八重歯のような余計な歯が生えているため、それが治療の妨げになる」
という。
「その歯が治療の妨げになるばかりか、今回治しても同じ歯が再度虫歯になりやすい環境であるため、この際抜くことを推奨する」
という結論だった。
「健康な歯を抜くことには害があるが、今回抜こうとしているのは正規の歯ではなく、八重歯のように変なところから生えている要らない歯である。要らない歯でも真っ直ぐに生えていれば問題ないが、これが斜めに生えて正規の歯に被さって悪影響を与えているため、虫歯だけ治しても虫歯になりやすい環境の根絶にはならないから、抜いた方が良いと思う」
というのは医師の見解で、確かに理屈は通っていた。
医師の計画では
「まず、この虫歯を治すこと。その後は、ン年前に治療したというところの数本に被せてある金属を取って状態を見て、必要なら洗浄などをした方がいいかもしれない。
ただし、これは今のところは必須ではない」
ということで、例によって数ヶ月は通うハメになりそうな雲行きと成っていた。
ともあれ推奨にしたがい、まずは虫歯治療の妨げとなっている「余計な歯」を抜くことから始まったが、これが予定外に難航した。抜歯後に汗がだらだらと流れて、目の前が真っ暗になって来た。貧血症状だ。
(これは、やばいかも・・・)
と思う意識も、段々と遠のいていった。しばらくすると、ようやく汗が止まって意識もうっすらと戻ってくる。
「大丈夫ですか?
無理しないでくださいね・・・そのまま、回復するまで寝ていてくださいね・・・」
と、医師が声を掛ける。実際には数分だったろうが、なんとか正常な状態に戻り
「もう大丈夫です・・・」
と起き上がると
「もう少し寝てた方がいいですよ・・・無理しないでください」
と、医師は気遣った。
「抜いた後で出血がありますが、5分か10分もすれば止まりますから。来週には抜いた後の穴が塞がっているので、虫歯の治療をしましょう」
という話だったが、薬局で止血剤を貰って家に帰っても30分以上は出血が止まらなかった。そして、予定通りに翌週は虫歯の治療をした後、歯石を取った。これもン年間、溜まっていたから結構な時間がかかった。
ともあれ、こうして治療はひと段落し、後はン年前の治療で被せたままになっている奥歯の被せ物を取って、中を調べるのをやるかどうかというのが残っている状態になった。これは今まで放置していただけに、特に急ぐ必要もないということもあったので、少し間を空けて再度連絡をするということにしたが、その後は忙しさや面倒に紛れて結局、そのまま何も手を着けずに終った。基本的に、やはり痛みなど切実な必要性がない場合は、足が向かないことに変わりはないのである。