2011/08/16

歯科医の過剰(3)

歯医者になるためには、お金がかかる。歯学部の約9割は、私立大学にある。つまり歯医者さんが10人いれば、9人くらいは私立大学終身の先生ということである。これは、歯科教育が私立大学に委ねられてきた歴史的背景があるためで、私立の歯科大学は、日本の歯科に大きく貢献し続けて来た。

 

それでは、私立大学における入学時に必要な最低限の費用と、年間の授業料を見てみよう。調査の対象は、いずれも伝統ある私立名門大学である。個別の詳細は省くが、平均値は初年度納入額が「994万円」、授業料が「345万円」となっている。仮に留年することなく、6年間で卒業した場合の最低限必要な費用は「3000万円」で、ここには書籍費や実習費用は含まれていない。

 

対象で最も高い大阪歯科大学の場合であれば、初年度納入額が「1264万円」、授業料が「400万円」だから、スムーズに6年で卒業しても合計で「3664万円」が必要である(書籍費や実習費用は含まない)。つまり、私立の大学で歯科医の資格を取ろうとすると、その他諸経費を併せ少な目に見積もっても、みかん箱に1/3から半分くらいの1万円札が要る(最低4000万円くらい)

 

この金額は高いかと言うと、決して高くはない。私立大学は文部省から補助金の支給を受け、さらに卒業生からの支援によって足りない資金を埋めているのが実態である。 国公立大学は、全額公費で賄っている。つまり、一人の歯科医を養成するには40005000万円がかかるということである。経済面だけを考えた場合、その費用を自分で出すか公費で出してもらうかが、私立と国公立の差ということになる。

 

平均値で見て授業料が月に30万も掛かるのだから、普通の会社勤めではとてもコンスタントに賄える金額ではないし、ましてや入学金が1千万円だ。これではいかに優秀であっても、儲かっている医師の家庭か豊かな家庭の子供でなければ、まずスタートラインにすら立てない。勿論、金だけあっても(裏口は別とすれば)、かなりの高い能力や努力が必要であることは、言うまでもない。

 

国立大学の場合は、学部に関係なく一定である。初年度納入額「74.4万円」、授業料「47万円」で、同じように6年間でスムーズに卒業した場合は「356万円」で済む。私立大学の場合の、約 1/10だ。授業料の月額負担が「4万円」、初期費用も「74.4万円」だから、これならそれほど高給取りでなくても、一般家庭で充分に賄える額と言える。

 

歯科医になるためには、これだけの最低費用と6年間、プラス殆ど無給の研修期間1年の年月を必要とする。例外的な場合として、大阪大学のように一部の大学では学士入学制度を設けている。すでに4年制以上の大学を卒業後、実社会で実務を積んだ人が、その能力と経験を歯科に反映させる趣旨の制度で、選抜試験により専門部に飛び級し4年間で卒業できる。収入がなくなるため留年しない限り学費は免除、または減額される。

 

ここに挙げた必要経費は、あくまで理論上の最低費用である。実際には歯科大学に合格したとして、いったい何割が6年で卒業できるかというと、精々多めに見積もって半数だ。無論、留年したからと言って授業料はまけてはくれず、中には12年もいく「ツワモノ」もいる。さらに無事卒業できたとしても、その後は国家試験が待ち受けており、落ちれば「ただの人」である。おまけに下宿などしようものなら、月々15-20万は必要となる。こうしてみると、やはり私立の歯科大、歯学部に入学した場合、最終的には4-5000万円くらいは見ておく必要がある。

 

では国公立大学はどうかと考えると、入学試験の偏差値競争に打ち勝つために、進学校への入学準備や塾だの家庭教師だの、それまでの教育費に膨大な資本投下と、子供らしい生活を犠牲にしなくてはならない。中には自力でお金をかけず、苦学して受験競争に勝ち抜いてきた二宮金次郎みたいな秀才もいるが、これは少数派だ。これだけの投資をして、さらに後々生涯所得を考えると、それまでの投下資本が回収できるのかどうか、甚だ怪しいところなのである。

 

勿論、医師になるためには金だけあってもダメで、人並み外れた能力と努力が必要であるのは言うまでもない。前回までに触れてきた金の問題は基本的な条件であり、まずそれだけの金が準備できなければスタートラインにも立てないが、次には能力の問題がある。まず医師になるためには、大学の医学部に入らなければならないが、これが簡単ではない。国公立大学の医学部(医学科)の偏差値は、東大(法・医を除く学部)・京大(医を除く学部)とほぼ同じレベルなのである。

 

開業医になるためには、特に国公立大の医学部でなくとも私大の医学部や医科大でもいいが、それでも通常は上位の国立大(いわゆる旧帝大)レベル以上の難易度であり、さらに先に見てきたような莫大な金が掛かる。これに比べ歯科医であれば、国公立大でも旧帝大かそれ以下のレベルであり、私大であればさらに難易度は下がって地方のレベルの低い私大と同程度の難易度だから、ぐっと入りやすくなる。中には、偏差値が50を大きく下回るどころか「F(フリー)ランク」(要するに誰でも入れる)と称されるような底辺の歯科大、歯学部も存在する

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