出典http://ozawa-katsuhiko.work/
テュール
テュールは「戦の神」で「もっとも大胆な神」と言われ「戦において勝敗を決めるので、戦士はこの神に祈願する」と言われるので、元来「戦の神」として崇拝されていた神であり、曜日に名前が残るほどですから主神級だったのでしょう。そのため「また非常に賢く、賢い人をテュールのように賢い」と言われていますが「エッダ」では主神扱いは受けていません。彼についての物語は「片手」を失った次第の話となります。
ロキが巨人の女から三人の子どもを生み、一人は「狼のフェンリスウーヴル」、一人は「大蛇(トールと関わったミズガルズの大蛇)ヨルムンガンド」、もう一人は「身の半分が青い怪女ヘル」でした。この三人がヨーツンヘイムで育っていたとき、神々はこの三人がいずれ神々の最大の敵になることを予見して、その三人を召し出すことになります。そして大蛇は海へと放ち、半分の身体が青い女の怪人ヘルは、地下のニブルヘイムへと送り、こうしてヘルは死者の女王となったのでした(英語の「地獄」を表すヘルの語源)。
狼についてはこれがだんだん大きくなって、どの予言もこの狼がやがて神々に災いをもたらす(オーディンが、この狼に倒される)となった時、神々は相談してこの狼を捕獲しておこうと相談しました。殺してしまっては神の地を汚すことになるからです。こうして一つの強力な足かせを作り、狼に向かっておまえはとても強いそうだがこの足かせで試してみないかとそそのかした。狼は一見してたいしたことはないと見て取り、足かせをかけさせ一振りでそれを吹き飛ばしてしまった。神々は驚き、さらにものすごく強い足かせを作って再び狼をそそのかした。狼は今度のものは強そうだと思ったが、名前を挙げるには危険に身をさらさなくてはならないと考えて足かせをかけさせた。そして狼は身体を揺さぶり、足を踏ん張り力を入れると足かせはバラバラになって飛び散ってしまった。
神々は怖れ、オーディンは細工で名高いこびとのところに使者を送り、特別な足かせは作らせた。それは「猫の足音、女のヒゲ、山の根っこ、熊の腱、魚の息、鳥の唾」から作られていて、それ故今日それらは世界に存在しないことになったという。こうして作られた足かせは細い絹糸のようであり、これを狼のところに持っていってこれで試してみろとそそのかした。狼は、そんな細い糸みたいな紐など引きちぎっても名誉にならないし、また何か策略が裏にあるのだったら嫌だから今度はやらないといってきた。そこで神々はおだてたりすかしたりして足かせをかけさせようとし、ついに狼はそんなにいうのなら保証として、だれか自分の口の中に手を差し入れておいたらやってもいい、と言ってきた。これにはみんな困ってしまったのだけれど、とにかく放置できないということでテュールが進み出て、狼の口の中に自分の手を差し入れたのでした。
こうして狼は足かせをはめられ、今度ばかりは紐はビクともしませんでした。こうして狼は捕らえられてしまったのですが、テュールは代わりに自分の手を失うことになってしまったのでした。狼は決して逃れられないよう二重三重の囲みにくるまれ、口は一本の剣がつっかい棒のように差し入れられて、その上地中深く埋められてしまいました。しかし世界の終末に至って、この狼はここを逃げだしていくことになるのでした。
フレイ
フレイは「雨と光を支配し、大地をはぐくむ」と言われ「豊穣と平和」をこの神に祈願すべしと言われます。「美男子の神」とされますが、彼は三つの宝を持っていました。一つは自ら一人で戦って敵を倒すという宝剣でしたが、彼はこれを失うことになり、それが結局、最終戦争において彼の命とりとなってしまうのでした。しかし彼はそんな剣を持たないでも十分に強かったので、あまり気にしなかったのでしよう。
その剣を失うきっかけは彼の熱情が原因でした。ある時、フレイは世界を眺め北の方に目をやったとき、あるところにきれいな家が目にとまりました。そこにこの家の方に一人の娘が歩いてきて、手をさしのべてドアを開くと彼女の手から光りがさして世界がパッと輝いたのです。この娘の名前は「ゲルズ」といって、あらゆる女たちの中でもっとも美しい少女でした。
フレイは、自分こそが光りの元と思っていた高慢の鼻をへし折られた思いで心を暗くして家に戻ると、寝ることも食事をすることもなくうつうつとしていました。父の「ニョルズ」は心配し、フレイの下男「スキールニル」を呼び出し、訳を探るように言いつけました。そして彼は主人のフレイのところに戻り、訳をたずねました。するとフレイは、「自分は美しい少女を見初め恋してしまった、彼女なしには生きていられないほど恋いこがれている」と言い、その上で「俺の使いとして娘のところに赴きここに連れてきてくれ、父のことは気にせんでいい、さすれば何なりと褒美をとらせよう」と言ってきたのでした。
下男のスキールニルは、それなら使いにいきますが成功すればあなたの宝剣をいただきたいと願い、フレイは惜しみなくやることを承諾してしまったのでした。こうしてスキールニルは出かけていって首尾良く彼女に求婚を承諾させ、かくしてフレイは宝剣をうしなったのでした。そしてこれ以降、彼は牡鹿の角で戦うことになってしまったのでした。
しかし、フレイはさらに二つの宝物を持っていて、一つは「スキーズブラズニル」という船であり、これは神々の全軍が完全武装して乗り込めるほどの巨大な船なのに、布のように折りたたむことができて、袋にしまうことができるほどの小ささになるという。これは多分「雲」をイメージしており、フレイが天空の神であったことと関係していると考えられます。ですから、この船が航海に出ているときは、必ず順風が吹くと言われます。
もう一つは「金色の毛を持つ猪」であり、この猪は空中であれ水中であれ走ることができ、どんな駿馬よりも早く、またその毛から発される光は闇夜も明るく照らすというものでした。これは多分、太陽をイメージしているのでしょう。
さて以上にみたように、ここにはギリシアの神々と同じような「人間くさい」神々がいますが、一番の違いは「神と人間」という関係が描かれていないことで、また「神々が死ぬ」ということが前提されているので、これでは「人間の物語」と全然違わないように見えます。このあり方は、ちょうど日本の『古事記』に見られる神の姿と同じであり、こうした神のあり方というのも世界中にあるということです。それにも関わらず彼らが「神」とされるのは、彼らが「守護者」として崇拝・祈願の対象になっているからで、これは彼らの卓越した「能力」が見られてのことでしよう。
この「能力」ゆえに「神」とされるという構造はギリシアでも同様であり、これが西欧の古代人における「神」の基本的な考え方だったのだと思われます。つまり、後に西洋人が帰依することになるキリスト教が持っている「救済」という観念は、古代にはほとんど見られないということであり、この「救済」を目的とする神は、古代ではペルシアにありますけれど、むしろキリスト教・イスラームという後代の宗教の特質であると言えるでしょう。
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