※「ロッシーニの料理」より引用
パリに住むロッシーニは、マカロニの産地にもこだわりをもっていた。本場ナポリ産のパスタでないと満足できない彼は、これをイタリアから取り寄せていたのである。時には友人に、さりげなくおねだりをすることもあった。
ナポリの音楽学者フランチェスコ・フロリモ宛の手紙に、こう署名しているのだ。
「マカロニがなくて寂しい G.ロッシーニより」
1815年から22年までの7年間、ロッシーニはナポリ王立劇場付の作曲家・音楽監督として活躍した。豊かな自然と食材に恵まれたナポリは、イタリア屈指の食道楽の地でもあり、その特産の1つがマカロニなのである。
前回紹介した「注入マカロニ、ロッシーニ風」では、トリュフ、フォアグラ、ヨークシャー・ハムを刻み込んだベシャメル・ソースの詰め物が、味の要となっている。食通としても有名な、作家のアレクサンドル・デュマが作り方を尋ねると、ロッシーニはこう答えたという。
「貴重なレシピだから教えないよ。明日、わが家で食したまえ。君が人の言うように腕のいい料理人なら、何が使われているか分かるだろうから」
翌日、ロッシーニの家を訪れたデュマは、料理に手をつけずこう言った。
「ありがとう、マエストロ。知りたいことは、すべて判りました」
なんとも失礼な話だが、実はデュマ
「パスタ料理なんて香料入りのソースの下に隠された、湿った洗濯物にすぎない」
と公言する、パスタ嫌いだったのである。
「ロッシーニ自筆のレシピは現存しない」というのが通説なのだが、ティエリー・ボヴェール著『ロッシーニ ~ 美食のあやまち』には、ロッシーニが 1866年12月26日に書いたマカロニ料理のレシピなるものが引用されている。これは「注入マカロニ」ではなく、マカロニをソースと一緒に幾層にも重ね、グラタンにした「マカロニ、ロッシーニ風(Maccaroni la Rossini)」である。ソースに必要な材料とその分量も、次のように詳しく書かれている。
・バター50グラム
・おろしたパルメザン・チーズ50グラム
・ブイヨン5デシリットル
・生のシャンピニョン10グラム
・刻んだトリュフ2個分
・刻んだ生ハム100グラム
・4種の香辛料ひとつまみ
・香草(ブーケ・ガルニ)1束
・トマト1個
・生クリーム1デシリットル
・シャンパン2カップ
以上の材料を陶製の片手鍋に入れ、弱火で約1時間煮たら濾して湯煎にしておく。その間にグラタン皿に澄まし、バターを塗りつけて上記のソースを注ぎ、下茹でしたマカロニを一層分並べる。おろしたパルメザン・チーズとグリュイエール・チーズをたっぷり振りかけ、再び先の要領でバター、ソース、マカロニ、チーズを重ね、竈に入れて表面に焼き色がついたら供するというのがロッシーニ直伝の調理法である。
ちなみにロッシーニは、この料理に「ヴェズヴィオの大地(terre de V suve)」なる銘柄のナポリ産マカロニを使用したそうである。19世紀のパリにも世界の銘酒を商う業者がいて、ロッシーニはイタリア・フランス・ドイツ・スペイン・ポルトガル、果ては南米ペルーに至るワインを厳選してコレクションしていた。それらは晩餐のお客に気前よくふるまわれたが、ロッシーニが普段の食事で飲んでいたのはボルドー・ワインだった。
現存する領収書から、サンテミリオンSaint- milion、サンテステフSaint-Est phe、ぺラギーP raguey、ポイヤックPauillacの4銘柄を大量に納入させていたことが分かる。卸業者ガロTh.Garosが、ロッシーニに宛てた1867年11月11日付の手紙には
「あなた様を友人、また食通として遇しておりますので、第一級のとびきり出来のよい1861年産の最上級品をお送りました」
と書かれている。この時ガロが納めた最上級のペラギー大樽の価格は、2500フランだった。これは、当時ロッシーニの借りているショセ・ダンタンの家賃2.5カ月分、雇っていた家政婦と料理人の月給50倍に相当する金額である。
パリのロスチャイルド家が、1836年にシャンパンを大口で買い付ける際に、選定をロッシーニに委ねたとの証言も残されており、彼は稀代のワイン通としても名を馳せていた。
ここでは、1834年にロッシーニが父ジュゼッペに送った手紙の一部を訳しておこう。樽からボトルにワインを移す際の注意事項が書かれており、ロッシーニがこの分野に確かな知識を持つことが分かる。
「(ヴェネツィアからワインが4樽届いたら)湿気の少ない良質のワイン庫で、8日間から10日間寝かしてください。次にボトルへ移し替えますが、ワインとコルクの間には指2本分の空きを残してください。その空気が必要なのです」
「最後に取れる数本分のワインは、常に濁っているので注意してください。これをボトルに移すには、糊の付いていない濾紙を通せばうまくいきます」
「最愛のヴィヴァッツァ[父の渾名]、美味しいワインを飲みたいと思えばとてもお金がかかりますし、労を惜しんでもいけません。ワインをボトルに移しても、少なくとも6カ月は待ってください」
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