栃は洒落から始まった
栃木という県名の由来が、明治時代の県庁所在地『栃木市』に端を発していることは、多くの県民が理解していることだろう。では、その栃木の語源はと言うと、殆どの県民は知らないのではないか。
素人考えであれば「その昔、栃木にはトチノキがたくさん生えていて、それが訛ってトチギになった」という嬉しい推論も成り立つが、現在では次のような解釈で県関係の文書では説明されている。
その昔、現在の栃木市城内地内に『神明宮』という神社があって、人々の信仰を集めていた。その社の屋根には『千木』と書いて『ちぎ』と呼ばせる、冠のような構造物が付いていた。伊勢神宮や出雲大社の千木は、巨大なことで有名である。
通常は屋根の端と端に一対付いているのが普通だが、神明宮のそれは十本もあって大層立派であったそうな。実際の残り八本は鰹木と呼ばれる頭飾りだったろうが、目立っていたことだけは確かだと思う。ロマンチックな人は、もうお気付きだろうか。
そう『千木』が『十』あって、即ち『十千木』なのである。言わば洒落の産物だ。さらに「とちぎ」に当てられた漢字が、また奮っている。千を十倍して万になることから、とちの漢字には『杤』という文字が使われていたのだ。現在では、石という意味の『厂』を付けて表記する。これが明治12年に決められた国字『栃』の字だ。
和名の由来
トチノキという和名を分解すると「トチ」と「ノキ」になることは明白だ。下のノキはヒノキやセンノキの例でも分かるように、樹木であることを伝えるための接尾語である。だから、山仕事に従事して木々の識別に慣れている人々は、単に『トチ』とだけ言う。こうしておけば、実や葉を表すにも「トチノキの実、トチノキの葉」と言わず「トチの葉、トチの実」で済む。もっとも、栃木県民であれば『トチノハ』と音声で言われてもピンと来るだろうが、他県ではどうか。
さて、肝心の『トチ』の意味である。実は、これが不明なのだ。スギならば「真っ直ぐ育つ」のスグか転訛したもの、とすぐに説明が付くが、トチはその由来が解明されていない。逆に考えれば、それだけ大昔から私たちに馴染みの深かった樹木と言えるだろう。
同様に日本特産の母樹ブナも、その語源が不明だそうだ。アイヌ語では、木の実の総称をトチ、木のことをイと言うそうである。これを繋げると『トチイ』となって、いかにもの感があるが認められてはいないようだ。
《「とちる」という四段活用の動詞がある。役者がセリフを間違った時などに使う言葉だ。漢字であえて書くなら、もちろん「栃る」。この言葉の語源には、トチノキが深く関わっている。
栃の実には多量のデンプンが含まれていて、大昔から食用としていた。この加工食品の一つに『栃麺』という『変わりうどん』があって、米粉・麦粉に栃の実粉を混ぜ合わせる製法で作られる。しかし栃粉を入れると堅くなる時間が大変短くなり、急いで延ばさないと麺にならない。
作る人は、目を丸くして麺棒を動かさなくてはならない。そんな慌てふためく様を見て、食べる人はきっと滑稽を感じたのだろう。そこから派生し、慌てたり驚いた様子を『栃麺棒を振る』と言うようになった。これが動詞の『とちめく』に転訛し、慌ててうろたえることを表すようになったのである。現在では、それが短縮形となって『栃る』になっている訳だ。
「面食らう」も、ここから来ているらしい。自分勝手に理解して失敗することを『早とちり』と言うが、これは歌舞伎の世界の言葉で舞台入りのタイミングを焦って、早く上がってしまうことを指す。
さらに「とちり」には、業界用語で「特等席」の意味がある。観客席で前列より「い・ろ・は・に…」と列名を打っていくと、一番舞台の良く見える席が7~9番目の列の中央部分であることから、この7列目=と、8列目=ち、9列目=り、の3列を合わせて「と・ち・り」となり、役者の一挙一動がよく分かる座席となる。これらの席には当然、御祝儀をはずんでくれる上客が座っているので「とちりには、特に気をつけるように」と座長から言われていたに違いないのである。
さて、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』(弥次・喜多道中)に登場する主人公二人のうち、おっちょこちょいの弥次さんこと弥次郎兵衛の屋号は「栃面屋」だったという》
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