2011/07/14

待機保証(プロジェクトU)(4)

「わたくしB社のNといいます。この度はUプロジェクトの件で、まことにご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした」

 

声は若そうだったが、例のB社の営業部長ということらしい。もっともB社はベンチャーだから、営業部長と言ってもまだ若いのだろう。

 

「担当営業の〇〇から今回の経緯を伺いまして、あまりに酷い話だったのでお詫び方々少しご相談させていただきたく、ご連絡差し上げました・・・」

 

「まったく、あんなに酷い話はないよ。C社は絶対に受注もできていなかったのに、面接に何十人も呼びつけてね。絶対確実だとか吹きまくっていながら、挙句は失注したんだろうね。そうでなければ、このタイミングで延期とか、こんなわけわからん話はないでしょう」

 

「はい、わたくしも話を聞いて、そんなようなことだと推測しましたが・・・それにしても、これはあまりにあくどいやり方なので、ワタクシの方から上位のM社にクレームをあげました」

 

「まあ、M社も三次請けのような立場だから、あんなところになにを言ったところで、所詮は蟷螂の斧でしかないでしょうよ・・・」

 

「仰る通りです。が、そうは申しましても、うちと直接取引しているのはC社ではなくM社なので、十分に調べもせずこのような案件を紹介して来た責任があるわけで。そこで、ワタクシの方でM社に掛け合って待機保証金を出して貰うよう交渉してみます」

 

「待機保証?

いいよ、そんなものは。今更、そんなはした金をもらってどうするんです?

こっちは、あれがもう決まりだとか言うので、他に幾つか面接が入っていたのを全部キャンセルして、結果があれだからね。その時はもう他社はストップした後だし、結局それらはサギ会社に騙されて待ってる間に全部充足しちゃって、えらい迷惑しましたよ」

 

「そこでなんですが・・・その待っている間というのが、おおむね1週間じゃないですか。その1週間分が丸々ふいになってしまったわけですから、せめてその1週間分は保証してもらおうと考えたのですが・・・」

 

「そんなもの、出すとは思えんわ。オレたちも騙されたんだというに決まっているよ」

 

「いえ、そこは交渉次第でして。私が出させますよ」

 

と、N氏は自信たっぷりだ。

 

「M社とは懇意なので、大丈夫。1週間くらいの保証は出させられます。まあ、にゃべさんとしては少ない額でしょうが、活動資金の足しにはなるんじゃないですか。なにより、私としてはこのまま黙って引き下がるのは許せないので、何とかしたいですね」

 

「まあね・・実際には、あのサギ話に乗らずに、あのまま他の面接でOKが出ていれば数十万か百万くらいはもらわないと合わないけどね」

 

「そこが難しいところでして。仮に裁判とかに持ち込んだとしても、こうした逸失利益の証明は出来ないんですよね。実際に面接の結果も出ていないので、結局どうなったかは想像でしかないわけで・・・」

 

「・・・」

 

「まあ現実的な落としどころと言えば、先にも申した通り1週間無駄になった分は誰の目にも明らかなので、それを待機保証という名目で出して貰う線だと思いますよ。私としては是非とも、この方向で話を付けようと思いますが、いかがでしょう」

 

「まあ、今更どっちでもいいですがね・・・どうせ金は出さないとは思うけど、クレームは強く通しておいて欲しいのが私の願いですよ・・・」

 

「当然です。ウチとしても、今後このようなことが無いよう釘を刺すためにも、単にクレームだけでなく、待機保証という形で身銭を切ってもらわないと、今後もあるしちょっと腹の虫が治まらない。今回は当社がM社のアンダーに入る形になりましたが、案件により逆の立場になることも多いですし、M社に対して当社が弱い立場にいるということはまったくないので、そこは対等に交渉可能なんです。」

 

なるほど、声はまだ若そうだが、さすがは営業部長というだけあって説得力があった。

 

確かに酷い話ではあったが、冷静に考えれば上位会社に掛け合って「待機保証」まで出させるというのは、通常はあまりないはずだ。

 

これまで口先だけは達者ながら、まったく行動が伴わない営業は数多く見てきたが、このN氏は毅然とした口調を裏切らず約束通りの金額が振り込まれてきた。しかも「待機保証」という名目から、B社に出していた希望単価の半分程度と思っていたのが、金額を見ると希望単価をそのまま日割り計算した満額分が振り込まれていたから、この腹立たしい出来事の中にあって、N氏の行動は救いとなった。

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