2016/05/15

接近(小説ストーカー・第二部part7)



●ラッキーボーイの場合
 「タコオヤジが、いない・・・」
 
 なにかのイベントでもあったのか、と思えるくらいにその日の電車は、いつにも増して混雑していた。
 
 実際には、あのタコオヤジもこの大混雑の中に埋没しているだけで、例によって同じ車両に「同乗」しているのではないか・・・と、目を皿のようにして何度も見回してみたが、この日に限ってはその姿を認めることはできなかった。
 
 (まあ居たとしても、視界に入らなきゃ文句はない・・・)
 
 と、久しぶりの「開放感」にドップリ浸りたいところだったが、そんな「開放感」を味わうような混雑度合ではなかった。
 
 折角、あの鬱陶しいタコオヤジから解放されたとはいえ、そのような大混雑にウンザリしているラッキーボーイだったが、幸か不幸か目の前に居るのが、こんな時にありがちな暑苦しさを助長するばかりのオヤジではなく、若い女の子だったのは、この場合のせめてもの救いであった。
 
 ただし、その女は終始うつむいていて、顔が良く見えなかった・・・ 

●忍の場合
 「一体、なんなの・・・この混みようって・・・」
 
 まるで、なにかのイベントでもあったのかと思えるくらいに、その日の電車はありえないくらいの混みようじゃないの。
 
 例によって、ラッキーボーイを見つけて「背後霊」としての位置取りを・・・というとこまでは日常的なルーチンだったのに・・・ああ、大誤算!
 
 首尾よくラッキーボーイの背後の定位置を確保したまでは良かったものの、ここからが大誤算だったの!
 
 後ろから次々に押し寄せてきた「臭いオッサンの洪水」に押しやられて、気付いた時には「ラッキーボーイと目と鼻の先」に来ちゃってたわけよ。
 
 (えーっ!
 こんな想定外って、一体どーすりゃいいのよ~っ!)
 
 なんて、思わず心の中で叫んじゃった!
 
 ああ、万事休す。
 
 だって、これまで「背後霊」に徹して来たからラッキーボーイにも気づかれずに済んだのに、ここで顔を覚えられたが百年目、もう明日からラッキーボーイのストーカーが出来なくなっちゃうじゃん!
 
 そうは言っても、このありえない混雑っぷりだから、体の向きを入れ替えることもできんし、参った。
 
 こうなると、もう「まな板の鯉」の心境で、さすがの私も諦めるしかないわね。
 
 ああ・・・目を上げれば、目の前にラッキーボーイの涼しげな顔が・・・でも、顔を上げられない私・・・ずっと俯いたままの私がラッキーボーイの視線を感じるのは、あくまで気のせい?

ラッキーボーイの場合
 次の駅までの長い時間を前後左右からの圧迫に耐え、身動きもままならない10数分を我慢すると、ようやくのことで駅に着いた。

 (ふー
 ようやく、このバカみたいな混雑から解放されるかな・・・?)

 ドアが開くと、大勢の乗客が一斉に降りていく人並みに呑みこまれないようにと体を踏ん張ったラッキーボーイ。

 が、喜んだのも束の間のことで、降りていった数に匹敵するような新しい乗客がわんさと押し寄せて来たではないか!

 (こりゃ一体、どーなってんだ?)

 と目を白黒させている間もなく、入れ替わりの新しい乗客に圧されるようにして、先の見覚えのある大人しそうな和風顔の若い女が目の前に戻ってきた。

 (ん??
 さっきの居た女が、また戻ってきた?)

 暇潰しに観察しようというラッキーボーイの視線を避けるかのように、和風顔の若い女はあたかも混雑を利してラッキーボーイの体に顔を埋めようとでもいう格好で、ちょこんと立っていた。

●忍の場合

 あのラッキーボーイの目の前から動けなくなっちゃったのは誤算だったけど、次の駅で乗降する人並みの凄まじさに翻弄されてしまった・・・


 一旦、ホームに降りて位置取りを考えたけど、後ろから押してくるオッさんパワーに押しやられちゃって、気付けばまたラッキーボーイの目の前に。


 (なんとかして、ラッキーボーイの近くに・・・)


 という潜在意識のなせる業かもしれないけど、こんなに接近しちゃったらやばいよね・・・


 当のラッキーボーイは

 (あれ?
 さっきの女?)

 なんて顔してるし、もう完全にばれちゃったよなー。


 こんなにラッキーボーイに接近できる幸せを噛み締めつつも


 (一体、私は明日から、どーすればいいのー?)


なんて思っちゃうんだけど。

0 件のコメント:

コメントを投稿