2018/11/23

境岡の宮の巻【懿徳天皇】

口語訳:大倭日子友命は軽の境岡の宮で天下を治めた。この天皇が師木の縣主の祖、賦登麻和訶比賣命、またの名は飯日比賣命を娶って生んだ子は、御眞津日子訶惠志泥命、次に多藝志比古命である。<二柱>

この天皇の漢風諡号は懿徳天皇である

 

口語訳:御眞津日子訶惠志泥命は天下を治めた。次に當藝志比古命は、<血沼之別、多遲麻之竹別、葦井之稻置の先祖である。>

 

天皇御年肆拾伍歳。御陵在2畝火山之眞名子谷上1也。

訓読:このスメラミコトみとしヨソヂマリイツツ。みはかはウネビヤマのマナゴダニのえにあり。

 

口語訳:この天皇は崩じたとき、四十五歳だった。御陵は畝傍山の眞名子谷の付近にある。

 

御年肆拾伍歳(みとしヨソヂマリイツツ)。書紀には「三十四年秋九月甲子朔辛未、天皇は崩御した」とあるだけで、年齢は記されていない。【ただし父の天皇の十一年、皇太子は年十六】とあるのによると、七十七歳になる。

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