2023/08/08

ヨーガ(1)

ヨーガ(梵: योग (Yoga_pronunciation.ogg 聞く), yoga)は、古代インドに発祥した伝統的な宗教的行法で、心身を鍛錬によって制御し、精神を統一して古代インドの人生究極の目標である輪廻転生からの「解脱(モークシャ)」に至ろうとするものである。ヨガとも表記される。漢訳は瑜伽(ゆが)。

 

1990年代後半から世界的に流行している、身体的ポーズ(アーサナ)を中心にしたフィットネス的な「現代のヨーガ」は、宗教色を排した身体的なエクササイズとして行われているが、「本来のヨーガ」はインドの諸宗教と深く結びついており、バラモン教、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教の修行法でもあった。現代ではインドのカトリック教会でもヨーガが取り入れられ、クリスチャン・ヨーガとして実践されている。

 

概説

森林に入り樹下などで沈思黙考に浸る修行形態は、インドでは紀元前に遡る古い時代から行われていたと言われている。ヨーガはインドの諸宗教で行われており、仏教に取り入れられたヨーガの行法は中国・日本にも伝えられ、坐禅となった。ウパニシャッドにもヨーガの行法がしばしば言及され、正統バラモン教ではヨーガ学派に限られずに行われた。ジャイナ教でもヨーガの修行は必須であり、仏教の開祖である釈迦もヨーガを学んでいる。祭儀をつかさどる司祭たちが神々と交信するための神通力を得ようと様々に開発した思想と実践法は、4-5世紀頃に六派哲学のヨーガ学派の教典『ヨーガ・スートラ』として、現在の形にまとめられたと考えられている。

 

ただし、今日ではヨーガと呼ばれるものの多くは動的なものであり、人間の心理に重きを置く静的な古典ヨーガの流れではない。伝統的な動的ヨーガは、肉体的・生理的な鍛錬(苦行)を重視し、気の流れを論じ、肉体の能力の限界に挑み、大宇宙の絶対者ブラフマンとの合一を目指すハタ・ヨーガのヴァリエーションである。

 

「ハタ」は「力、暴力、頑固」などを意味する。ハタ・ヨーガはヨーガの密教版ともいうべきもので、12-13世紀のシヴァ教ナータ派のゴーラクシャナータ(ヒンディー語でゴーラクナート)を祖とする。ムドラー(印相)や、プラーナーヤーマ(調息、呼吸法)、シャットカルマ(浄化法)などの身体的修練を重視した。ハタ・ヨーガの主張は、ヒンドゥー教のシヴァ派やタントラ仏教(後期密教)の聖典群(タントラ)、『バルドゥ・トェ・ドル(チベット死者の書)』の説と共通点が多く、プラーナ(生命の風、気)、ナーディー(脈管)、チャクラ(ナーディーの叢)が重要な概念となっている。

 

伝統的ハタ・ヨーガとは別の系統として、1990年代後半から、身体的ポーズ(アーサナ)に重点を置いたヨーガがアメリカ、イギリスなどの英語圏を中心に世界的に流行している。現代では、一般に“ヨーガ(ヨガ)”または“ハタ・ヨーガ“と呼ばれるものの多くは、このヨーガを指している。この近現代のヨーガは、日本においてもアメリカなどの影響により、今世紀に入って爆発的な広がりを見せている。その特徴は「アーサナ」の実践にある。宗教学者のデミケリスはこうしたヨーガを「現代体操ヨーガ(Modern Postural Yoga)」と呼んでいる。

 

この現代の「ヨーガ教室」等で教えられているヨーガは、20世紀前半のインドで西洋の体操やボディビルディングなどの外来の身体鍛錬を取り入れて、インド人のための国産エクササイズを作ろうとする動きから生まれた「創られた伝統」を直接的な起源としており、現代のヨーガと元来のヨーガにおける「yoga」とは似て非なる「同音異義語」であると言える。健康法として多くの効果が喧伝される一方、心身に対する様々な危険性も指摘されている。

 

また現代では、様々な文献が翻訳・執筆され容易に入手できるため、書籍や映像により独習されることも少なくない。ヨーガを取り入れていたオウム真理教の教祖麻原彰晃は、正規のグルにつかず文献を基に独学で修行しているが、このことがのちに様々な問題を生ぜしめた要因のひとつであるとも言われている。その一方、アヌサラ・ヨーガやビクラム・ヨーガといった巨大ヨーガ教室のトップがセクハラ、パワハラ、性犯罪で告発されるなどのトラブルもあり、商業化された現代のヨーガで、指導者に帰依することは妥当かどうか疑問も持たれている。

 

「ヨーガ」という言葉

ヨーガ (योग) は、「牛馬にくびきをつけて車につなぐ」という意味の動詞根√yuj(ユジュ)から派生した名詞で、「結びつける」という意味もある。つまり語源的に見ると、牛馬を御するように心身を制御するということを示唆している。『ヨーガ・スートラ』は「ヨーガとは心の作用のニローダである」(第12節)と定義している(ニローダは静止、制御の意)。

 

森本達雄によると、それは、実践者がすすんで森林樹下の閑静な場所に座し、牛馬に軛をかけて奔放な動きをコントロールするように、自らの感覚器官を制御し、瞑想によって精神を集中する(結びつける)ことを通じて「(日常的な)心の作用を止滅する」ことを意味する。


日本では一般に「ヨガ」という名で知られているが、サンスクリットでは「यो」(ヨー)の字は常に長母音なので「ヨーガ」と発音される。仏教においては元のサンスクリットを漢字で音写して「瑜伽」(ゆが)と呼ぶか、あるいは意訳して「相応」とも呼ぶ。

 

ヨーガの行者は日本では一般にヨーギーまたはヨギと呼ばれるが、ヨーガ行者を指すサンスクリットの名詞語幹は男性名詞としてはヨーギン (योगिन्)、女性名詞としてはヨーギニー (योगिनी) であり、ヨーギーはヨーギンの単数主格形(日本語にすると「一人の男性行者は」)に当たる。現代日本ではヨーガを行う女性を俗にヨギーニと呼ぶことがあるが、前述のようにサンスクリットでは「ヨー」は常に長母音なので、女性名詞はヨーギニー (yoginī) であってヨギーニではない。ヨギーニは英語読みに由来する発音だと説明する本もあるが、英語の発音は /'joʊgəni/ (ヨウギニ)または /'joʊgəniː/ (ヨウギニー)である。

 

修行者は男性であった。タントリズムの性的ヨーガにおいて、男性行者の相手となった女性はヨーギニーと呼ばれた。南インドで、親が娘を神殿や神(デーヴァ)に嫁がせる宗教上の風習デーヴァダーシー(神の召使い)の対象となった女性もヨーギニーと呼ばれた。彼女たちは伝統舞踊を伝承する巫女であり、神聖娼婦、上位カーストのための娼婦であった(1988年まで合法であった)。20世紀インドの女性ヨーガ行者としてはアーナンダ・マイー・マーが有名である。

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