風邪で医者に行くのは年に1度あるかないかという程度だが、それでも地元に居る時には罹りつけの病院があった。院長は見るからにインテリ風の、40そこそこといった優しい先生だった。
最初は風邪を引いてから、いつものように
(パブロンを飲んでおけば治るだろう・・・)
と楽観をしていて、実際に2~3日で治ったように見えた。そこで薬を止めると、また症状がぶり返しまた薬を飲む、といった行き当たりバッタリを繰り返した挙句、何度も治ったと思っていた風邪がいよいよ悪化し、一ヶ月も経過した頃にようやく医者へ駆け込むという仕儀となった。
ひと通り診察が終わってから、医師に
「いつもは風邪薬を飲めば簡単に治るのに、今度のは何でこうもしつこいんでしょーかね?」
と質問をすると
「一ヶ月も前に引いた風邪の原因を聞かれても、私には正しい返答は出来かねる。が、あくまでも想像で言うのならば・・・」
と、講釈を垂れ始めた。
「とまあ、これはあくまで推測でしかないわけだがね・・・なにしろ、一ヶ月も前の事だから絶対にそうだとは言い切れないが、長年の医者として経験からの推測であり、そんなに大きく見当は外れていないだろう・・・」
この時の風邪はしつこかったのか、或いは一ヶ月も放置していたため悪化してしまったのか、最初に貰った4日分くらいの薬を飲み続けても一向に症状の改善が見られず、再度この病院を訪ねた。
診察した先生が
「前よりは、幾らか良くなってますね・・・」
と診断したので
「え?
殆んど変わってないんですが・・・あの薬は、どうも効かないんですけどね。普段は市販の風邪薬で、直ぐに治るのに・・・」
と文句を言うと
「みなさん勘違いしておられる人が多いようだけど、薬が病気を治すわけじゃないんだな。薬というのは、あくまでも一時的に症状を抑えるためのもので、病気を治すものではない。薬を飲んで治ったと思うのは、一時的に症状が出ていないだけで、病気を治すのはあくまでもご自身の体力です。病院で出す薬だって、なにも特別なものではないんですよ。中身は、市販の総合感冒薬と同じなんですからね」
ご多分に漏れず、この病院も三分診療が相場にもかかわらず、ワタクシの素人診断がA先生を刺激したのか、続けて思わぬ雄弁を訊く事になった。
「病気を治す最善の方法は、一週間くらいずっと寝てる事ですよ。一週間なにもせずにじっと寝てりゃ、大概の病気は治るんだ・・・しかし現実にそんな事は出来ないから、後は薬で症状を抑えながら自分の体力で直していくしかないんだよね。医者や薬が病気を治すのではなく、治すのはご自身でしかない。我々医師の役目は、それをアドバイスして手助けをする事であり、逆に言えば医者と言っても、そのくらいのことしか出来ないのですよ・・・」
なるほど。考えてみれば病院といはいえ、医師を始め沢山いる看護婦もそれで食べていかなければならないからには、あくまで「経営」としての一面も大事なのだろうから、そうそう綺麗事ばかりは言ってはいられないのも、また現実だろう。
ブラックジャックのように、あまりに腕が良過ぎて来る患者が総て簡単に治ってしまったのでは儲かるものも儲からないし、かといっていつまでも治らないのでは評判を落として来る患者も来なくなってしまうから、その辺りの匙加減も含め、医師の技量や裁量というべきかもしれない。
ところで、この先生は線の細い女性的な優男だった。当時、勤務していたプロバイダのサポート部隊で机を並べていた、派遣会社出向の独身の女性C子さんに
「C子さんも、風邪引いたらあそこへ行くといいよー。なにせ、あの先生は男前だからなー」
と、暇つぶしに軽口を叩くと
「へぇー。どんな感じなの?」
と早速乗ってきた。
「そうだなぁ・・・わかり易く言えば、少し若い頃の田村正和をインテリっぽくしたような感じかな・・・」
すると、普段はツンと澄ましていたから、殆んど誰もが話した事のなかった、同じ派遣会社から出向してきているベテラン・オールドミスのT子さんが、突如として振り返り
「え?
どこよ、それー?
どこどこどこ~~~!」
と、大声を張り上げて絶叫したから、皆ビックリ仰天してしまった ( ̄m ̄*)ブブッ
「教えてもいいけど、T子さんはあまり病院には縁がなさそうだねー」
と言ってやると、日頃から苦々しく思っていた若い男性社員の間で、小気味よい爆笑が湧き起こった。
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