2008/11/04

注入マカロニ・ロッシーニ風(「ロッシーニの料理」part3)


「ロッシーニの料理」より引用

 「トゥルヌド・ロッシーニ」と並ぶロッシーニの創作料理の傑作、それが銀の注入器でフォアグラとトリュフのソースをマカロニに詰める「注入マカロニ・ロッシーニ風(Maccheroni siringati alla Rossini」である。

イタリアの研究家ニクラ・マッザーラ・モッレージによれば、オリジナルの調理法は次の内容だったという。

<本場ナポリ産のマカロニを下茹でし、水気をよく切っておく。フォアグラ、トリュフ、ヨークシャー・ハムを刻んで、ベシャメルソースで滑らかにした詰め物を用意する。それを銀の注入器を使ってマカロニの穴に詰め、竈に入れる皿に並べる。上質のトマト、バター、パルメザンチーズを絡め、グラタンに焼き上げる>

今では忘れられたこの料理、19世紀のパリ美食界でセンセーションを巻き起こした。博識の食通キュルノンスキーは、作家ピエランジェロ・フィオレンティーノによる、次の賛辞を紹介している。

「申し分のないマカロニ料理を作るには、ロッシーニの天才が必要であった。 この見事な料理を拵えるのに、どのような肉の漉し汁、どのようなトマト・ ピュレ、どのようなおろしたパルメザンチーズ、どのようなバター・クリーム、それにどれほど積極的な注意や細かい心遣いを要したかがわかれば、フランス料理を冒瀆するあの嘆かわしい、いい加減なつくり方はなくなるだろう!」

ロッシーニのマカロニを食べた、詩人フランソワ=ジョゼフ・メリィも次の詩的な表現で、この料理を讃えている。

「ルーは黄金色に輝き、東洋の芳香を放つ。その滑らかさは、オリンポスの神肴(しんこう)のよう。晩餐のさなか、太陽光線とみまごうマカロニは《セミラーミデ》序曲のごとく鳴り響く」

 <実は、ロッシーニがパリのサロンで研究開発に没頭したのは、数々の創作料理でした。彼の名を冠した「トゥールネド・ド・ブフ・ロッシーニ」(ロッシーニ風ヒレ肉のフォアグラ添え)「ウ・ブルイエ・ロッシーニ」(ロッシーニ風いり卵のフォアグラ添え)「プラルド・ロッシーニ」(ロッシーニ風鶏肉のフォアグラ詰め)などは、現在もレストランのメニューに健在です。これほど、稀代のグルメであった彼はこの日、ワーグナーにこんな打ち明け話も聞かせました。

「わたしは生涯に2度、泣いたことがあります。1回目は、パガニーニのヴァイオリンを聴いた時。2回目はある舟遊びの折り、腹にトリュフをぎっしり詰めた七面鳥をうっかり、舟から落としてしまった時です」

そのときの無念さ、悲しさを思い出したのか、68歳のロッシーニの目にいつしかうっすらと、彼の人生で三度目の涙が滲んでいた。

しかし、ワーグナーには理解できなかった。ロッシーニほどの才能ある芸術家が、なぜ音楽を捨て去ってしまったのか・・・が。ロッシーニの人生半ばの転身は、例えて言えば「ワーグナーが35歳で、残りの半生を豚の飼育のため移住する」(ハイネ)ようなものだ。そうであったら「トリスタンとイゾルデ」も「ニュルンベルクのマイスタージンガー」も「ニーベルングの指環」も「パルジファル」も、総て生まれなかったのであろう。そんなことは、我々には信じらない。

しかし、ベルリオーズがいみじくも記したように「音楽はイタリア人にとって、官能的な喜びそのもの」なのである。ロッシーニにとっては、ピエモント産トリュフを嗅ぎ分ける子豚は「パルジファル」よりも、なお崇高なものなのであったのだろう>

 <この料理のポイントは、フォアグラ、トリュフ、ヨークシャー・ハムを刻み込んだベシャメルソースにある。噛んだマカロニの穴から、じわりとにじみ出る芳香と食感、これが堪らないのだ。作り方も、手が込んでいる。

 フードプロセッサーなんて便利な調理器具のない19世紀のこと、材料を微塵切りにするにも手間がかかる。それを下茹でしたマカロニの穴に、11本詰めていく。ロッシーニは、この料理用に銀製の注入器を特注で作らせたと言われ、同時代のイラストにも、それらしき注入器が描かれている。

注入マカロニ」を調理するロッシーニの姿は、食通の貴族フュルベール・デュモンテイユの手で、次のように描写されている。

「その時、ロッシーニがデリケートで太り気味の手に、銀の注入器を握りしめて現れた。トリュフのピュレの詰まったそれで、彼はパスタの円筒の一つ一つに、この比類のないソースを忍耐強く注入していった。そして、それらをあたかも揺り籠の中へ赤ん坊を戻すように、キャスロールの中に置いていった。

ロッシーニは、お気に入りの料理を見守りながら、その場に恍惚として佇んでいた。マカロニの立てる軽やかな囁きを、神曲の妙なる調べのように耳を傾けながら。

この料理に並々ならぬ自信を持っていた、ロッシーニ。彼は

「《セビリャの理髪師》序曲や《ギヨーム・テル(ウィリアム・テル)》の三重唱の事をとやかく言おうと《モーゼ》より《ローエングリン》が好きと言おうと勝手だが、マカロニの調理法について私に意見できる者はいない」

と述べ、自分の考案したマカロニ調理を皇帝ナポレオン3世に食べさせるよう、テュイルリー宮殿の給仕長に命じたと伝えられる。

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