ユーザー(銀行)のS氏というのが、J社の窓口になっている人物で、年のころはまだ30半ばと若いが「相当なやり手」という触れ込みだった。
なにしろ、面接の時には
「ユーザーのJ銀行の担当のSさんという人が凄い人でして・・・100人に1人というレベルの人で・・・」
という話を聞いた時は
(はぁ?
たった『100人に1人』って、全然たいしたことねー。100万人に1人ならわかるが・・・)
と、その担当者のボキャ貧っぷりに苦笑を我慢するのに苦労したが、そのうるさ型のS氏も
「ふ~ん。まあ、いいんじゃないですかね・・・特に指摘はないかな・・・」
と、そのレビューもあっさりと終ってしまった。
レビュー会場を後にすると
「凄いですね!
なあ、T! あんなにあっさりレビューが終わるなんて、これまでなかったよな?」
「そうですね・・・ちょっと、これは突っ込みどころがない感じでしたね・・・」
と、元請けS社の2人はしたり顔で大喜びだったから、ここまでは確かに「順調すぎるほどにの」船出といえた。これでは
(開発計画書なんて、どうなるかと思ったが・・・やっぱりオレってすごいんじゃ?)
などと舞い上がるのも無理はない。
「開発計画書の次は、詳細設計書を作るスケジュールになっているので、これもにゃべさんにお願いしてよいですか?」
とT氏から振られ、深く考えずにOKしてしまった。
開発計画書というのは、いわゆる基本(概要)設計書のようなものだから、そこまで技術的に細かい記載は求められず全体感が表せれば良かったが、これが詳細設計書となると初めから終わりまで技術的な観点に終始するだけに、まったく得意とするところではなかった。が、なにせこの時は最初に作成した開発計画書が、自分でも想定してみなかったよう品質で仕上がった満足感から
「初回で、これだけの設計書を作れたのだから・・・今度は、もっと品質の高いものを作ってアッと驚かせてやるわ・・・」
などと、安易に考えていたのである。
(さて、次の詳細設計書は、どうやって作り込んでいくかな・・・)
などと考えているうちにも、プロジェクトは動いている。
元請けS社唯一のNW担当であるT氏から、
「J社データセンターの構築・テストの手順書を作りましたので、レビューに参加いただけますか」
と声がかかり、レビューに参加することになった。
レビュー参加者は、S社のリーダーであるN氏とNWチームのK氏、S氏、そして自分の3人。レビューイはT氏だ。T氏と言えば、元請けS社から参画している唯一の社員であり、S社と言えばまずはネットーワーク系では知られた一流企業である。そこの社員のT氏だから、年齢こそまだ30を出て間もないという若手といえたが、そのスキルは大ベテランのK氏にも匹敵しうるレベルだった。
とはいえ、まだ年も若いだけにK氏に比べてはまだ経験も浅いから、現場での構築やテストに関しては詳しいようだが、この手順書を見る限りは必要な観点が漏れているのが目に付いた。そこで、細かい点も含めて幾つか指摘してみると
「なるほど・・・そういう観点があったか・・・」
と唸るN氏に、S氏も被せるように
「すいません、そこは私もまったく気づいていませんでした・・・」
と、あっさりと認めるシーンもあったが、どういうわけか最も煩型のK氏は何も言わなかった。
ようやく終わりの方になって
「それで言うと、あとこんなことも言えるかな~」
とボソッと指摘をした。
こうしてレビューは終わると、リーダーのN氏が
「いや~、にゃべさんの指摘は、まったく考えてなかったとこを突かれましたね。さすがに見る観点が鋭いというか・・・なあ、T!」
「そうですね。これまでは、そこまで細かくはやってなかったので、私も参考になりました・・・」
と案外と素直に認めてくれたのである。
このレビューの体制では、まずリーダーのN氏はそもそもNWの専門ではないから良くわからないだろうし、S君はスキルが低いため参加するだけで指摘できるレベルではなく、実際にどうでもいいようなしょーもない指摘しかしていなかったのは、その実力からして致し方ないが、この中で唯一、経験豊富な大ベテランのK氏の態度だけは、どうにも腑に落ちなかった。
K氏の目から見れば、こちらの指摘したことや他にも突っ込みどころがありそうだったが、元請け社員のリーダーN氏とT氏への忖度からか、はたまた単に面倒だったのかは定かではないが、実際にこのK氏というのが歳のせいなのか、かなりのモノグサというか面倒くさがり屋だった。
このレビューを見る限りは、これまでもこうして殆ど指摘事項がなくシャンシャンで手打ちというイメージが推測できただけに、新しく入って来たばかりのワタクシから思わぬ指摘を立て続けに受けたT氏やN氏、さらにはK氏やS氏などもさぞかし面食らったことだろう。なにしろ、こっちはかつて「ミスは絶対に許さない」という針の筵のようなD社プロジェクトにおいて、まさに重箱の隅を突付いたり、揚げ足取り放題のようなケンカ腰のレビューを繰り返してきた経験が土台になっているだけに、このころは第三者からみれば「レビューの鬼」状態だったに違いない。当時はレビューの度に神経をすり減らし、十分な準備をして臨むことが求められたから
(もう、こんな現場は御免蒙る・・・)
としか思えなかったが、今となってはあの時の経験が財産と言えた。