清水寺開山堂(田村堂)
京都市東山区の清水寺本堂近くにある「開山堂(田村堂)」では、清水寺創建の大本願として堂内中央の須弥檀上の厨子内に坂上田村麻呂公夫妻の像が祀られている。
将軍塚
京都市東山区の東山にある「将軍塚」は、古墳時代の円墳3基からなる将軍塚古墳群のうち、京を見下ろす東山の峰の華頂山に築かれた古墳であるが、いつごろからか王城鎮護の守護神とされた坂上田村麻呂のイメージが投影されて、田村麻呂の塚墓と考えられ習合されるようになった。
『田邑麻呂伝記』に記された、国家に非常時があれば塚墓はあたかも鼓を打ち、あるいは雷電が鳴るとの田村麻呂の塚墓にまつわる伝説が、中世以降に田村麻呂の塚墓と混同や同一視された将軍塚にも、将軍塚鳴動の伝承として付会された。
宮城県遠田郡涌谷町の箟峯寺と宮城県石巻市の零羊崎神社には、文化7年の坂上田村麻呂没後1000年の年忌に供養塔が建立されている。
坂上田村麻呂公園の坂上田村麻呂之墓
京都市山科区の坂上田村麻呂公園内にある「坂上田村麻呂之墓」は、明治28年(1895年)の平安遷都千百年祭に際し田村麻呂の墓として整備されたが、現在では栗栖野丘陵一帯に広がる中臣遺跡のひとつで、中臣氏の有力者の墓と考えられている。墓碑には丸に抱き茗荷紋が刻まれている。
田村麻呂を祀る神社
玉川神社(北海道久遠郡せたな町)
一関八幡神社相殿田村神社(岩手県一関市)
田村神社(旧一関城跡)
田村神社(岩手県滝沢市)
田村神社(宮城県白石市)
古四王神社境内田村神社(秋田県秋田市)
田村神社(秋田県横手市)
田村神社(福島県郡山市田村町山中)
住吉神社境内社坂上田村明神(長野県安曇野市)
田村神社(静岡県浜松市浜名区)
片山神社(三重県亀山市)
大馬神社(三重県熊野市)
田村神社(滋賀県甲賀市)
杭全神社境内田村社(大阪府大阪市平野区)
松尾神社(兵庫県宝塚市)
鈴鹿神社(和歌山県橋本市)
光三宝荒神社(和歌山県橋本市)
筑紫神社(福岡県筑紫野市)
坂上田村麻呂伝説
坂上田村麻呂は民間伝承(フォークロア)の架空の英雄としても登場する。
三重県・滋賀県にまたがる鈴鹿峠一帯に、田村麻呂による鈴鹿山の鬼神討伐の足跡が数多く残されている。
三重県亀山市にある片山神社は、江戸時代に刊行された『伊勢参宮名所図会』「鈴鹿山」で鈴鹿峠の鏡岩を挟んで伊勢側に鈴鹿神社、近江側に田村明神が描かれており、京と丹波の境に位置する愛宕山の勝軍地蔵菩薩同様に、鈴鹿山に田村将軍を祀ることで将軍地蔵とみなし、鈴鹿権現と一対になった塞の神信仰が古くから存在していた。
滋賀県甲賀市には、鈴鹿山の悪鬼を平定した田村麻呂が残っていた矢を放って
「この矢の功徳で万民の災いを防ごう。矢の落ちたところに自分を祀れ」
と言われ、矢の落ちたところに本殿を建てたとされている田村神社、十一面観世音菩薩の石像を安置して鬼神討伐の祈願をした北向岩屋十一面観音、討伐した大嶽丸を手厚く埋葬したという首塚の残る善勝寺、鈴鹿山の山賊討伐の報恩のために堂宇を建立して毘沙門天を祀ったという櫟野寺がある。
兵庫県加東市の播州清水寺には、聖者大悲観音の霊験により鈴鹿山の鬼神退治を遂げた報謝として、佩刀騒速と副剣2振を奉納している。
東北地方では岩手県、宮城県、福島県を中心に多数分布する。
大方は、田村麻呂が観音など特定の神仏の加護で蝦夷征討や鬼退治を果たし、感謝してその寺社を建立したというものである。伝承は田村麻呂が行ったと思われない地(青森県など)にも分布するが、京都市の清水寺を除いて、ほとんどすべてが後世の付託と考えられる。
その他、田村麻呂が見つけた温泉、田村麻呂が休んだ石など様々に付会した物や地が多い。
東北地方の他に関東、中部、畿内、中国地方にまで及ぶ。
縁起や伝説を持つ主な社寺として、茨城県鹿嶋市鹿島神宮、那珂市上宮寺、城里町桂地区下野達谷窟、栃木県矢板市木幡神社、将軍塚、那須烏山市星宮神社 (那須烏山市)、新潟県十日町市松苧神社、大田原市那須神社、群馬県三国峠田村神社、埼玉県東松山市正法寺(岩殿観音)、長野県安曇野有明山、長野市松代町西条清水寺、若穂保科清水寺、諏訪市諏訪大社、山梨県富士吉田市冨士山下宮小室浅間神社、静岡県浜松市岩水寺や有玉神社、岡山県倉敷市児島由加神社などが挙げられる。
このように後世、田村麻呂にまつわる伝説が各地に作られ、様々な物語を生んだ。
室町時代初期、世阿弥作とされる勝修羅三番のひとつ能『田村』が成立、清水寺の縁起とともに田村麻呂が勢州鈴鹿の悪魔を鎮めたと語られ、室町時代中期から後期にかけて成立したお伽草子『鈴鹿の草子』や室町時代物語『田村の草子』などでは、田村麻呂と鎮守府将軍・藤原利仁との融合や、鈴鹿御前(立烏帽子)の伝承が採り入れられており、近江国の悪事の高丸や鈴鹿山の大嶽丸を討伐する話になる。
これらは江戸時代の東北地方に伝わって、奥浄瑠璃の代表的演目『田村三代記』として語られた。
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