当然のことながら一緒に入った3人は、それぞれのパートナーから最初に「簡単なやり方」を教わっていたそうだ。
もっとも、このK氏は必ずしもどうしようもなく嫌なヤツ、というわけでもなかったらしい。この仕事は24時間365日のローテーション勤務のため、夜勤の時は仮眠室を兼ねた休憩所があり、冷蔵庫やポットなど生活に必要なものが揃っていた。ある時、ポットの水を替えようとして蓋を開けると、ポットの中に木のような異物が入っているのに気付いたので、K氏に
「ポットの中に、何か入ってるけど・・・これは?」
と問うと
「ああ、それは備長炭ですよ。水道のカルキ臭が気になるので、私が何時も入れてます。ミネラルが溶けて、体にもいいしね。それが、気になりますか?」
「いや、なにかわからなかったので、聞いただけだけど・・・」
「これまで誰からも何も言われなかったけど、気になるようなら捨ててもいいですよ」
などと、意外に気を使うようなところもあった。
そうして月末を迎えると、このK氏とのコンビも終わりであり、翌月の勤務シフト表が配られた。色々と腹の立つことが多かったが、こうしてK氏とのコンビが終わるという喜びも手伝って
「1ヶ月間、色々と教えてくれてありがとうございました」
と、柄にもない礼を言うと
「今まで、誰からもそんなこと言われた事ないよ。何でそんなことで、礼を言われるのかわからんわ」
と暗に相違してなぜか不機嫌だったから、意味がわからないだけでなく腹も立った。
翌月は、ローテーションが変わったため顔を合わせる機会もあまりなくなり、また合わせても口を聞くこともなかったが、その月の後半に配られた勤務シフト表からは、K氏の名前が消えていた。
「Kは、今月で辞めるのか?」
と多少の噂にはなったが、元々入れ替わりの激しい職場で毎月のように誰かが抜けていたので、古株のK氏が消えるといっても、格別に話題に上る事もない。その時のは、ただ
(ああ・・・これであの嫌なヤツとは、永久に一緒にやらなくて済むんだな・・・)
という安堵感のみだった。
元々、この現場では惜しいくらいに、というよりはなんでこんなところに来ているのかと疑問に思えたくらい、一人だけスキルの高かったK氏だから、恐らくはシステム開発の現場などに移り、もっと高度な技術を発揮しているのだろうと思われたが、いずれにしてもこれでK氏とは縁がなくなった・・・はずだった。
ところが・・・そうではなかった。正確に言えば「縁が切れた」のは、確かではあったが・・・
K氏が消えた後も、この現場に1年近く勤めた。そして次に移った現場は、前職の延長上でまた汎用系システムの運用となったが、ここではunix系のサーバー操作やお役人相手のヘルプデスクなどの新しい経験も積んだ。が、安価に運用できる「クラサバ・システム」の浸透に伴い、汎用系システムは徐々に業界では斜陽となっていく。
こうして、クライアント=サーバシステムへの移行への模索を余儀なくされながらも「未経験の壁」に撥ね返され、面接でのNGを繰り返しながら失業期間が数ヶ月に及ぶという、先の見えない厳しい時期が続いていた。
その日も、海のものとも山のものとも分からないような面接依頼が舞い込み、紹介会社の案内で大手のSierに足を運んだ。他に5人くらいの技術者が面接に来ており、呉越同舟で業務内容を聞く事になった。
「携帯大手キャリアの仕事です・・・」
当時は、携帯が物凄い勢いで伸び始めていた時代で、携帯市場と言えばまだD社の独占状態だった。
「D社も今は日本を代表する大企業となり、システムも非常に巨大化してきています」
と説明する担当者は「社内秘」と書いてある図を見せた。
「今回、お願いしたい仕事は、ここのシステム管理になります」
と担当者がペンを当てたのは、巨大なピラミッドのような絵が描かれた最下層の枠であった。
「ご覧の通り、この階層の絵では一番下になります。ここでシステム障害やら、お客様からの問い合わせに対応していただくのが、メインの仕事になります。この上にはバックヤードという部隊がいて、わからないことはこのバックヤードに問い合わせをする。さらに上には、SE部隊が控えています」
と担当者の手は、徐々にピラミッド上の枠を上がっていく。システム管理、バックヤード、SEとピラミッドを上がると、上の方に太い線が引いてあった。
「ここから先は、東京の本部になります。ここには全体を指揮するチーフクラスがいて、さらにその上の最上位には彼らを束ねるマネージャーたちが控えています。この5人のマネージャーたちが、実質的に全体を動かしています。まさに、神のような人たちですな・・・」
と、担当者は敬意を表していた。
「みなさんに今回お願いする事になった場合、システム管理から入っていただきますが、今後のスキルアップや頑張り次第では、このピラミッドを徐々に上がって行くチャンスがあります。実は、そこがこの仕事の魅力であり、実際にこの辺りの雲の上にいるようなマネージャーやチーフたちも、みなさん同様にシステム管理から入って、徐々に今のところまで上り詰めた方々なのです。ウチからも、東京本部に引き抜かれていった人もいますよ」
と、熱心に語っていた。
(なんだか、夢の話でも聞いているようだな・・・)
と、そろそろ退屈しかかっていると
「ところで、今お見せしている資料はD社さんの内部資料なので、くれぐれも厳秘でお願いします」
というと、こちら側の担当営業が
「よく見ると、全部名前が入ってますね」
と言った通りマネージャーとチーフの枠には、ご丁寧にも名前が書かれていた。
「確かに、名前入ってますね・・・みなさんも頑張れば、数年後にはこのピラミッドの頂点に立つことが出来るかもしれませんよ・・・」
興味がないまま、5人ほど書いてある名前をボンヤリと眺めていて、仰天した。
そこになんと、あのK氏の名前があった!
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