試験は順調に消化されていった。帰りには3人で駅までの道を歩くが、Mはまったく喋らないから自然とT氏と会話をすることになる。元々、無口でぶっきら棒なT氏だから、普段は誰ともあまり会話をすることはなかったが、この時は現場やPMから遠く離れたという開放感からか、珍しく口が軽かった。例によって、役立たずのMは居るだけでひと言も喋らず、金魚の糞のように後ろから付いて歩くだけだから、この場合はかえって好都合と言えた。
もっとも会話というより、それはT氏の愚痴ばかりだった。T氏が休みや不在の時、PMはT氏の悪口ばかり言っていたが、T氏の方でもPMにかなりの不満を抱えていたらしく、月間稼働時間が300-400時間と言われたPMについて
「あの人、人間じゃねーよ。トップがあんなに働いたら、ダメでしょ。実はロボットだったりして・・・」
と、文句を言っていた。
もっとも本来であればPMをサポートして、その負荷を減らさなければいけないのがT氏の役割であり、その張本人が休んでばかりいるためPMの負荷がそれだけ高くなっている、というのが客観的に見た実情であった。PMからすれば、T氏という「不肖の後輩」が信用できないから、全部自分でやってしまえという考えだったのだろう。が、T氏の方ではそうは考えておらず、PMが独走して勝手に総てを取り仕切ってしまうため、自分の出番がなくなり気を殺がれてしまうと言うことらしい。
「あの人は情報を総て握っていて、横展開してくれんからなー。あんな人の下では、やり難くてしょーがねーなー」
とぼやいていた。
「実はオレ、転職しようと思っているんだよ・・・休み多いから、そのうちクビになるかな・・・まあ、ちょうどいいが」
とも言っていた。実際、T氏は月の半分は休んでいた。転職する気持ちは本気のようで、隣に座っていたメンバーから喫煙所で聞いた話では
「Tさんは、いつもネットで転職の情報を漁ってるようです。この前は『GREE』に応募するとか、したとか言ってましたよ」
と聞いていた。
こうしてIDCでの試験を経て本番移行まで終わったが、サブシステムを順次移行しなければならないから、すぐに別の移行が動き出す。PMとT氏には「増員しないと、今のリソースでは対応困難である」と言い続け、所属会社の営業には「現場で増員を申し入れているので、技術力の高い人材を確保して準備をしておいて欲しい」と、早い段階から働きかけていた。次の移行案件は、通信要件がかなり増えそうなためボリュームが大きく、それまでの働きかけが実ってようやく2名増員でワーカーが4人となった(ただし所属会社は、あれだけ事前に働きかけていたのに、たった1人しか投入できなかった)
前回の例があったため、T氏には
「Mが使えないことは、よくわかったでしょう?
今回は、新規の3人を中心に試験対応をやってもらいましょう」
と、何度も念を押しておく。元々、勤怠の酷かったT氏は生来のコミュニケーションの拙さもあって、通信要件などの打ち合わせの場で各部門のリーダーらから「何を言っているのかわからない」などと皆から突き上げられたプレッシャーが祟ったか、益々勤怠が酷くなり、必然的にこちらが実質的な舵取りを行わなければならなくなってきた。
ことの原因は、T氏の提出した通信要件に漏れがあったことに始まる。この最終段階に来て「漏れ」があったなどとは口が裂けても言えないと考えたT氏は、下手な説明で誤魔化そうという愚策を弄した。が、元々口下手なタイプだから、うまくいくはずはなく
「何を言っているのかわからない」と各チームのリーダークラスから、ボロクソに扱き下ろされた。
さらに、T氏の悪足掻きは続く。T氏の立場を考えれば、他チームのリーダーたちをなんとか誤魔化そうという気持ちはわからないではないが、さらにT氏は自チームまでをも誤魔化そうとしたのが致命的なミスだった。チーム内で何度も繰り返しレビューを行い、最終レビューもした上で「承認」された手順書に、こっそり漏れていたACL(アクセスリスト)を「追加」した挙句、それを本番当日まで誰にも知らせなかった。
そして、現地での作業を迎える。現地作業は「Aチーム」が自分とチャイナ系技術者のC氏、「Bチーム」が新規参入の2人、「Cチーム」がとK君とMという3チームに分かれ、T氏が「試験リーダー」、PMは「試験統括」で折衝に当たっていた。このチーム分けもT氏が行ったのだが、各チームでスキルの高い低いの偏りが顕著であり、T氏のいい加減な性格を表していた。実際に,、ACLの検討や設定を担当してきた新規の2人が
「なんかACLが増えてませんか?
レビューした時は、こんなに数なかったと思いますけど・・・」
と、言い出したのがきっかけだった。
技術的に最も詳しいC氏に尋ねると
「うん、増えてるね・・・これとこれが追加されてるよ」
「それは、Cさんが書いたの?」
「いや、私は全然知らないよ・・・」
と言った。
C氏が知らないとなると、T氏以外には考えられぬ。ともあれACLを投入してからtracerouteを叩くと、想定外の結果が出たのが事体を大きくした。
「うむ・・・変だな・・・」
チャイナ系技術者のC氏が首を捻っているところに、PMがやって来た。
「どうかしたのか・・・?」
「ちょっと想定外の結果が出て・・・」
「想定外の結果ぁ?」
と、PMが顔を顰めて詰め寄ろうとしたところで、実にタイミング悪くこの試験の責任者であるFのマネージャーが、しかめっ面をしてやって来た (キ▼д▼)y─┛~~゚゚゚
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