「どうしたんですか?」
有無を言わさぬ口調に押され
「tracerouteの結果が違う・・・」
と、仕方なくC氏が状況を説明する。
「結果が違うとは、どういうことですか・・・前回リハの結果は?」
この本番移行前には2度のリハーサルを行っており、この本番移行は2度目のリハーサルと同じことをするのが建前であるから、結果も前回と同じでなければならない。が、何者かによって、直前(恐らく前夜と思われる)に勝手にACLが書き換えられていたのだから、前回の結果はまったく参考には出来ない状況となっていた。
「前回のリハの結果は、どうだったのかと聞いている!」
普段は温厚で知られていたF社マネージャーだが、なにせ本番移行だけに容赦ない追及だ。出来ることならチームとしての汚点は隠しておきたいところだが、嘘や言い逃れは通用しそうもない状況だけに
(これは、真相をぶちまけるしかない)
と考えていると、C氏が意を決したように大きな声で言った。
「ACLが増えてるから、前回の結果は参考にならない・・・」
「ACLが増えてるだって?
どういうこと?」
「前回のリハの時にはなかったのが、追加されてる・・・」
「なぜですか?
なぜ、そんなことになったのか?」
と、F社マネージャーが詰め寄るが
「それは、わかりません・・・誰が書いたのかも、私にはわからない・・・」
と、C氏は瞑目した。そして、T氏がF社マネージャーに呼ばれた。
「これはどういうことか、説明してください!」
無論、説明できるわけはない。元々、口下手で要領の悪いT氏は立ち往生している。 T氏とは対照的に要領良く弁も立つPMが、元々仲の良いF社マネージャーを何とかなだめ、これまでのやり取りでおおよそ事態を把握できているマネージャーも
「Tさん!
今後、絶対に同じようなことがないようにして下さいね!」
と厳しく言うと、ひと睨みして去っていった。
F社マネージャーとPMにきつく怒られたT氏は、だが往生際が悪かった。苦し紛れにPMに対して
「あのACLを書き換えたのは数日前。レビューをしているはずだから、みんな忘れたんでしょう」
と、見え透いた嘘を言った。
「いやいや、最終レビューでもあんなACLはなかった。その後から弄られたのでは誰も知らんわ」
と指摘すると
「見落としたんじゃないの・・・」
と、ボソッと言った。困ったことに、こうなると外野からは水掛け論にしか見えないだろうが、C氏の
「あれは私も、今日初めて見たよ。この前のレビューの時には、なかったね」
という「鶴の一声」に勢いを得て
「レビューした後のものをこっそり変えられたのでは、我々は作業自体に責任を持てなくなる。変えるなら変えるで、ひと言くらいみんなに周知してくれないと・・・内緒でこっそり変えて、現地に来て初めて見たなんてことじゃあ、正直やってられない」
と憤りを表したが、自社の後輩の罪を認めたくないPMは
「今回は行き違いだと思うが、今後はお互いに気をつけてやっていきましょう・・・」
と、歯切れが悪かった。
某省の公開系Webシステム移行プロジェクトは、終局を迎えた。11月ごろから「そろそろSE工程が終了」というのは見えていたし、確かにそのような話も聞いてはいたが、最後のシステム移行テストが終わり、残作業と運用保守フェーズへの移行を残すのみとなったところで「年内終了」の通達は、いかにも唐突だった。それまでに「契約はいつまでか?」と何度も確認していたのに、明確な回答がないままに担当営業が正しい情報を取れていないせいで、この正式通達が12月中旬にずれ込んだため、怒りが爆発した。
怒りが爆発したのには、これまでの伏線があった。そもそも、このプロジェクトほどいい加減な契約はなかったのである。スタートからしていい加減で、正式な契約が出ないままに「とにかく入場してくれ」というところから始まった。水曜の夜に面接をし、木曜の午前に「OK」が出て翌週から入場だから、契約が後になると言う。
「最近では、よくあること」
と、所属会社の社長は平然としていたが
「契約書も交わさずに、現場には入れない」
と宣言すると
「そんな細かいことを言う技術者は、他にいないよ・・・」
とぶつくさと文句を言いながら、しぶしぶ出してきた注文書の契約期限は「1ヶ月」で、備考には「契約途中であっても、顧客都合により打ち切りが可能とする」と書いてある胡散臭さだ。
そもそも初回契約は1ヶ月だから、あっという間である。「初回1ヶ月」というから、あくまで「試用期間」的な位置付けだと思っていたが、月の後半になっても一向に次の注文書が出て来ない。何度か請求した挙句、月末になってようやく出てきた注文書は、また「単月」だった。
翌月も同じように、月末近くになっても注文書が発行されず、何度か請求しなければならなかった。
「このようなルーズな契約では、今後継続していくことが難しい」
と脅しをかけると慌てて元請に働きかけ、ようやく「3ヶ月」の注文書が発行される。所属会社の社長などは「今回は、3ヶ月ですから・・・」と喜んでいたが、こっちはまったく信用していなかった。案の定、1ヶ月経つと
「未確認情報だが、今月で終わるかもしれない」
という連絡が来たりもした。が、その時はすでに勤怠の酷いT氏に代わり、メンバーやタスク全体のマネージメントをしていたので、他のメンバーはともかくこのタイミングで自分の契約が終わることはない、と確信していた。その後、元請からは連絡も説明もないままにずるずると続き、月が替わるとまたしても
「元請から、今月で終わるかもしれないと言ってきた」
などと、いい加減な対応に終始した。
で、その3ヶ月契約もそろそろ終わりに近づいていたが、例によって次の注文書が発行されず、まったく音沙汰がなくなった。今回は月末まで何度請求しても発行されず、遂に紙の上では「契約のない」期間に入ったこと、またサブシステムの移行はほぼ全て完了に近づいて、この先運用フェーズに入ろうかという状況でもあっただけに
「いい加減に、この現場には見切りをつけなければ」
と考えていた矢先だった。
契約のいい加減さに文句を言うと、元請会社から
「今回の移行は全て完了したので、構築チームの役割は終了した。このタイミングで終了というのは、当初予定通りだということです」
という、惚けた回答が返ってきた。
「当初予定通り」であれば、あんなに毎月のように『今月で終わるかもしれない・・・』なんて話は出てこなかったはず。契約終了に関しても、もっと早くに連絡を寄越すのが常識じゃないか?」
と、クレームを入れると
「リーダーとしての評価が高いため、別の移行プロジェクトへの展開を考えている・・・」
という寝惚けた申し入れがあった。
「あんな契約のいい加減な会社の仕事は、御免蒙る!」
こちらからでも見切りをつけてとの思いから、密かに活動を続けてきていたとはいえ、契約がハッキリしない状況でイマイチ身が入ってなかっただけに
「正月休みのこんなギリギリの時期に、転職活動などが進むのか?」
という焦りと
「それでも半年間頑張ったのだから、少しリフレッシュして温泉にでも行ってくるか」
という別の目論みもあった。
市場は「氷河期」と言われた1年~半年前とは大変な様変わりで、早速解禁したばかりの転職サイトからは、2日で3件のスカウトメールが飛んで来んでくるわ、面接のための2日の休みを取ればたちまちセッティング依頼が殺到するわで、気付けば2日で7件の予約が入った。普段なら、次の仕事が決まるまでなんだかんだで1ヶ月程度は掛かるものだが、2つ目に受けた面接でトントン拍子に一気にエンドの面接まで進むと、その場でユーザー企業のPMから即断が出るという思わぬ展開となり、Xmasを待たず急転直下で次の現場が決定した。面接活動を始めてから、僅か2日という最短記録であった。
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