2013/04/19

救世主(プロジェクトD)(8)

  そんな状況下、忽然と予想していなかった、ずば抜けた「能力」の持ち主が登場した。当然ながら彼に作業負荷が高まる。誰もが対応できないような難しい作業はY君に流れる。精密機械でもあるかのように驚くほど仕事が早いY君だったが、誰もが対応できない難しい作業となると、さすがにそれなりに時間がかかる。さらに、それが片付いたら終わりと言うわけではなく、人の手に余るような作業は全てY君に流れていくから、彼にとって終わりはない。


かくして、Y君の仕事(他の無能な連中の尻ぬぐいも含む)は連日終電を過ぎるまで続くようになり、深夜の1時や2時にタクシーで帰る日も珍しくなくなっていった。勿論、こうなると毎朝9時に出勤は不可となって、午後出勤が増えていく。それでも彼に代わるどころか、その足元にすら迫る人材は皆無だから、彼の稼働負荷は徐々に厳しさを増しており、このままでは

 

「Y君は、果たしていつまで持つか?」

 

というところまで来ていた。

 

身長183cm100㌔は優にありそうで頑丈を絵に描いたようなY君も、さすがに数か月も経つと痩せることはなかったものの、かなり疲労の色が濃くなってきており、普段は無口で余計なことは喋らなかったが

 

「なんでもかんでも私にばかり頼られては困りますね・・・」

 

などと、徐々に不満を隠さなくなってきた。

 

そうして有象無象どもが、日夜手をこまねいている中で、だたひとり涼しい顔でバリバリと仕事をこなしていたのがY君だった。

 

先にも記したように、このY君と言うのが身長183cm、体重は優に100kgは超えてそうな巨漢に加え、風貌もキツネ目の太々しいのを絵に描いたようなキャラだっただけに、技術力で格段に劣る他のメンバーは、Y君の前にはすっかり委縮してしまっていた。

 

さらに風貌だけでなく、ぶっきらぼうな性質のY君だっただけに、こちらとしても使いにくい。そこで一計を案じ、いかにも人畜無害そうだが、能力的には吸収力がありそうな人材を2人ほどピックアップし

 

「わからないことはY氏に教えてもらい、彼の技術を盗め!」

 

と発破をかけたものの、このY君というのが、どうも技術屋にありがちな難しい性格のようだった。

 

「あれから、Y君に色々と教えてもらった?」

 

と聞くと

 

「Yさんは、まったく教えてくれません・・・」

 

と言うことで、聞けば「技術というのは、人に教わって習得するものではない」とケンモホロロにあしらわれらということ。なにしろ、あの巨体の迫力ある人物から、そのように突き放されてしまっては、取り付くシマもないというのだ。

 

ところが、である。

 

この巨体の威圧感にモノをいわせて(?)、傍若無人に振舞っているかのように見えたY君が、実は相当に人見知りだったらしい。そのことが発覚したのが、N社のレビューだった。

 

そのころには、あまり現場には顔を出さなくなっていたリーダーのN氏だったが、それでも成果物の作成&レビューのスケジュールを勝手に設定していたらしく、ある日にN社のレビューが設定されていたのだが、突然にN社製品事業部というところから

 

「プロジェクトの責任者はいますか?」

 

という呼び出しがかかったらしい。

 

「プロジェクト責任者はC社のN部長ですが、今日は来ていません・・・」

 

と回答すると

 

「では、代行する役目の人は・・・?」

 

「はあ、それは私になるでしょう」

 

と呼び出され、訳がわからぬままにおっとり刀でレビュー会場に駆けつけると、Y君を前にN社の製品事業部のレビュアーとおぼしき3人のオジサンたちが、揃いも揃って雁首揃えてしかめっ面を並べているではないか。

 

「一体、なんなんですか、これは?

レビューというので、我々N社製品事業部のメンバーがわざわざ集まったのに、全く準備も出来ていないようだし、まともな説明も始まらないし・・・一体、私たちは何のために呼ばれたのか理解できない。我々も、そう暇な人間が集まっているわけじゃないんだが・・・」

 

と、至ってご立腹の様子だ。

 

で、頼みのレビューイたるY君はといえば、なぜか日頃チーム内で見せている傲岸不遜ともいえる表情からは打って変わり、「N社製品事業部の面々」を前にしては、まるで借りてきた猫のようにすっかり委縮して固まってしまったかのように無言の行を貫くばかりだから、突然に呼び出されたこちらとしては、サッパリわけがわからないという状況だった。

 

とはいえ、こっちはN部長の名代としての立場もあるから、Y君のように貝になっているわけにも行かぬ。それに、こっちは、それなりに様々修羅場を潜って来た勘もあるから、場の雰囲気を観ればどういう経緯で呼ばれたかは、凡その見当は付こうというものだ。

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