和食の基本的な献立を一汁三菜として先に述べたところであるが、さらにその調理と技術について簡単にふれておこう。
まず水の問題は、注意する必要があろう。日本の調理が水を豊富に使うことで食材がよく洗われ、衛生が管理されるばかりか、食材の雑味をとり、食べ易くなることが指摘されている。また、主食である米の水炊には水のよしあしが決定的な意味を持つし、また豆腐のような食材や麺類でも水は重要な要素である。また水は、まな板と調理道具とも関連があろう。
まな板は、単に食材を切ったり潰したりする場であるだけでなく、洗い下ごしらえをする場でもあって、ここで水をふんだんに使うことで、安全が保たれている。さらに、まな板はできた料理を取り合わせ盛りつける場ともなるように、その機能は日本独特の先の細いまな箸とともに、和食には必須の道具である。また調理道具の中で日本独自の片刃の庖丁も、刺身を中心とする微妙な日本料理の風味を生かすために必須の道具である。
こうした料理が目指すものは何か。端的にいえば旨味であり、それを抽出するだしである。料理にだしを用いてうま味成分を生かそうという発想は、今から約800年前の鎌倉時代に始まると思われる。「厨事類記」という鎌倉時代の書物に、調味料の一つに「たし」という文字が見える。その後、300年ほど経過すると、昆布や鰹節を用いただしが成立する。17世紀初頭に出版された「料理物語」には数十回もだしが登場し、殆どの煮物や汁のベースにだしが用いられている。
さらに江戸時代の料理書には色々なだしの取り方が見え、徹底的にうま味を抽出させるためか、昆布でも鰹節でも長時間煮出し、沸騰させて煮詰めるようにだしを作っている例も少なくない。昆布についても煮出すことが多かったが、なかには水出し法として水につけてだしを取った例も見える。日本人が数百年の間、だしとそこから引き出される旨味に拘り続けた結果、近代となって池田菊苗博士によるところのうま味成分の発見という、世界的な食文化の快挙がもたらされたのである。味の素の発明は、旨味を追求してきた和食文化の歴史から生まれた、とも言えよう。
以前に紹介した和食文化の四面体でいえば、料理の方向の中で一汁三菜の様式と、旨味を中核とした日本人の嗜好が、今や逸脱しつつあることが示されている。
海外で日本料理ブームがひき起こされた要因は「日本食は健康に良い」という一点であった。その背景には日本人の長寿化と、1970年代の日本の高度経済成長という経済的成果が結びついていた。その秘密は日本の食にあるとアメリカ人が考えるようになって、日本食ブームが起こるのは1980年代以降であった。しかしその以前に、アメリカは食と健康の点で危機感をもっていた。その結果、アメリカ人の食生活に警鐘を鳴らしたのが、1977年のアメリカ上院に提出された「マクガバン報告」である。
このレポートには日本について何も書かれていないが、当時アメリカ人が直面していた食と健康の問題点から見て、日本の食文化がアメリカより遥かに優れていると考えたのが、日本の食生活研究者たちであった。それまでの欧米追随型の食生活改善運動から180度転換して、アメリカを反面教師として伝統的な日本食文化に根ざした「日本型食生活」を宣言し、そのもとに食生活指針をまとめたのが1980年のことであった。
こうして注目された日本型食生活における栄養面は、いわゆるPFCバランス(タンパク質・脂肪・炭水化物)の摂取エネルギー比率が、それぞれ13.0%・25.5%・61.5%
と、ほぼ理想的であった。まさに、これは和食の奨めに他ならない。しかし現在の日本人の食生活の動向は、これに一致しない。
ここでも和食文化の四面体は崩れつつある。平均化された数値だけを見ていると、まだ日本の食生活は極端に悪化しているとはいえないが、実態は両極分解しているのではないか。比較的上質な食生活を送る人びとや高齢化の状況も手伝って、総体としてはカロリーの摂取量は減少傾向にあり、脂肪の摂取量もさほど増加していないが、若年層や都市のある階層の中では極端に片寄った食生活が営まれている。今、食生活を通して健康を求める欲求は一段と強まっているのだから、さらに栄養面から和食に回帰する契機として、ユネスコの無形文化遺産に和食が登録されることが望まれる。
和食文化の四面体の中で、もてなしと栄養の稜線に「心地良さ」という言葉を置いた。おいしく楽しく食べることで、栄養の摂取はより効率化されよう。時間の余裕も生まれ、家族や友人と共食することが、単なる食欲を満たすためだけの食事と異なり、家族やコミュニティーの結束を強め、豊かな対話の場となるであろう。さらに、ゆっくり食事を楽しむことが栄養摂取、カロリー摂取の上でしかるべき抑制を生むと思われる。それを「心地よさ」と表現したのである。
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