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オイディプスの悲劇の運命に対して、アンティゴネやイスメネなどの娘たちは、それを精一杯助けようとしたのに、息子たちは冷淡でありむしろ王位争いに明け暮れる。結局、息子たちはオイディプスの呪いを受け、二人とも滅亡していく次第が「テバイ戦争物語」となる。これはアイスキュロスとエウリピデスの悲劇に描かれて有名となっている。細部でかなりの違いがあるが、筋を構築してみる。
1.呪われた二人の息子、エテオクレスとポリュネイケスは、「王位」に関して二人が一年おきに交替していくという約束をする。
2.しかし、エテオクレスが王位について一年経っても、彼はその王位をポリュネイケスに渡さなかった。
3.ポリュネイケスはテバイから追放されてしまい、彼は「首飾りと女物の上着」とを携えてアルゴスへと流れていった。
4.この「首飾りと女物の上着」というのは建国の王カドモスに由来し、彼が神アレスの娘ハルモニアと結婚した時、そのお祝いとして神ゼウスないしヘパイストスが与えたものであった。
5.ポリュネイケスがアルゴスのアドラストスのもとに来た時、偶然にもテュデウス(トロイ攻めのディオメデスの父としても有名)という英雄も流れて、このアルゴスへとやってきた。
6.二人は王宮のところで鉢合わせとなってしまい、争いとなる。
7.その騒ぎを聞きつけてアルゴスの王アドラストスが出ていって見ると、二人の屈強な男が戦っていたわけだが、アドラストスは二人の「楯」を見て、昔自分に下された予言を思い出す。それは「娘達を猪と獅子とに娶せるべし」という予言であった。アドラストスは今、この謎のような予言の意味が分かった。
8.二人の楯には一方には「猪」が、一方には「獅子」が描かれていたからである。そこでアドラストスは両人を分けて、そして二人を自分の娘達の婿にし、そして二人のそれぞれの祖国を取り戻してやると約束する。
9.こうして「テバイ攻め」の準備が為されていく。しかし、召集されたアルゴス地方の英雄の一人であったアムピアラオスは予言に長けた英雄であり、この戦いは負けで王アドラストス以外は皆死ぬ運命にあることを予知して、一人反対する。
10.アムピアラオスは、ポリュネイケスの差し出した「首飾りと女ものの着物」に買収された妻の裏切りにあって、出征せざるを得なくなる。こうして「七人の英雄」に率いられて、テバイ遠征軍が結成されていく。
11.アルゴスの軍勢がテバイに近い「キタイロン」に到着した折り、テバイのエテオクレスに、約束通り王位をポリュネイケスに譲り渡すよう交渉に出向くということで、テュデウスがその使者に立つ。
12.しかしエテオクレスは耳を貸さず、そこでテュデウスはテバイ人の力を試そうと一騎打ちをテバイ人に持ちかけ、応戦した者すべてを打ち負かす。テバイ人は、50人の武装した兵士を待ち伏せさせテュデウスを襲わせたが、ただ一人を除いて全員がテュデウスに討ち取られてしまう。
13.かくして戦いとなり、七つの門での攻防となっていき、カパネウスが活躍して城壁によじ登ろうとした時、ゼウスは彼を雷で打ち落としてしまう。
14.これを見て、アルゴス勢は神が敵の味方についていることを知って退くが、両軍の協議によってポリュネイケスとエテオクレスとに一騎打ちをさせて、決着をつけさせようとなる。
15.ところが結局相討ちとなってしまい決着がつかず、こうして再び戦闘になって、この結果アルゴス勢はテバイ軍の前に続々と討たれてしまうことになった。
16.アムピアラオスも、テバイに来てしまった以上「死」を免れることはできない運命であった。退却の途中、ゼウスが雷を落として大地を引き裂き、馬もろともアムピアラオスを大地の裂け目に飲み込ませてしまった。
17.もっとも、ゼウスはアムピアラオスを精霊としていき、ここはアムピアラオスによる予言の地となる(アテナイの北東にある神託の地「コロポン」となるが、ここは夢占いによる病気治療の地として有名となる)。他方、ただ一人アドラストスだけが、その名馬によって助かることができた。
18.一方、テバイではエテオクレスとポリュネイケスの二人ともが死んでしまったために、クレオンが王位に就き、アルゴス勢の埋葬は許可しないという命令を出して、アルゴスの将兵を野ざらしにしてしまう。
19.しかしオイディプスの娘アンティゴネは、ポリュネイケスの遺体を埋葬してしまい、クレオンによって生きながら埋められてしまう。この次第がソポクレスの『アンティゴネ』の舞台となる。
20.そして十年の年月が流れ、このテバイ攻めに加わった武将の子ども達が成人して、復讐戦へとなっていく。それを率いたのがアムピアラオスの子どもとなり、物語は「アムピアラオス伝説」に繋がっていく。