2022/04/16

臨済宗、曹洞宗、日蓮宗 ~ 日本の仏教宗派と信仰形態(3)

 出典http://ozawa-katsuhiko.work/

臨済宗

 中国の臨済義玄を開祖とする「禅宗」で、「栄西」によって日本に伝えられました。禅というのは「教理」によって悟りを得るのではなく「座禅という行」そのものから悟りを得ようとするもので、したがって特定の経典なども持たないのが本来です。

 

 禅だけが要求されるのですが、その禅の在り方の理解に宗派としての違いがあり、臨済宗の場合には、開祖以来の「公案」という全く非論理的な問題が与えられ、それに「答え」を出すことが要求されました。もちろん論理的に答えなど出るわけもなく、言ってみれば「無茶苦茶なたわごと」の態を示していますので、これと格闘しなければならず、その中で宇宙の実相を捉えて行こうとしたのです。通常「公案禅」と呼ばれるやり方です。

 

 また禅宗はどの宗派も同様ですが、「日常生活そのものが禅」であるとして、日々の労働をいわゆる「座禅」と区別はせず大事な行の一つと見なしています。

 

 一方、臨済宗は過去に朝廷・貴族と堅く結び付いており、いわゆる「五山」が定められ、ここから五山文学などが生まれたりしたのですが、他方、どこの宗派にも見られた「政治権力の拒絶」の流れもあって、現在の臨済宗はこの「拒絶派」の流れにあります。建長寺や大徳寺、妙心寺などがその中心で、これらを、その祖の名前をとって「応燈関の一流」などと呼んでいます。

 

曹洞宗

 これも禅宗の一つで「道元」によって創始されました。こちらは臨済宗とは違って「座禅」一本です。これはつまり、修行と悟りは「同一」であるので、したがってただひたすら座禅だけしておればよいという考え方です。これを「只管打座(しかんたざ、ひたすら座禅する)」と言う言葉で表し、曹洞宗の中心概念になっています。座禅に専念している中に、煩悩のからだに浄化の心が、凡夫の身に仏が顕れ出てくるというわけで、ですから「座禅の姿が仏である」ということにもなります。

 

 一方、臨済宗と同様、日常生活を禅そのものと見なし、生活の一つ一つは生きるための「手段」ではなくそこに生そのものがあり、自分の計らいで生きているのではなく「生かされてある人間」のありようを理解しておかなければならないとなります。この道元の思想は『正法眼蔵』という書に書かれ、日本思想史の上でも重要な書物となっています。この曹洞宗の総本山は、福井県の「永平寺」です。

 

日蓮宗

 名前のとおり「日蓮」が開祖ですが、彼も天台宗に学び、のち独立したもので、彼は「法華経」一本槍という方向をとりました。彼に限らず、天台宗から独立していったものは、その教えのどれかを「一本」としたものとも言えるのですが、ただ彼の場合、この「一本化」ははなはだしく、その宗教的熱情は常人を越え、そこから他のものは一切認めないばかりか激しい攻撃を加えるという非常に「攻撃性・排他性」を持っています。

 

 この激しい攻撃性は、この宗の特徴の一つともなります。仏教教理的には、浄土宗系が「阿弥陀の名号を唱えるのみ」というのに似て、「南無妙法蓮華経」の題目を唱えること一本と言えます。この根拠は、天台宗のところで紹介した「法華経」の精神そのものにあるわけですが、日蓮の独特なところはその救済を人間の心のレベルのこととしてのみ捕らえるのではなく、「国家」のレベルにしてしまったことです。

 

 つまり端的に言えば「国家そのもの」が「法華経」によって建設されている「仏の国」でなければならないというわけで、ここからこの日本に法華経以外の信者がいることなど許せないという態度になっていったのでした。日本人は全員法華経信者でなければならず、「法華経の法華経による法華経信者のための政治にして法華経の国家」とならなければならないとされたのです。

 

ですから他宗への徹底的攻撃となっていったのです。こうした彼の立場を表しているのが『立正安国論』でした。ここは、こうした政治イデオロギーという性格を持ってしまったため内部分裂も激しく、内紛が絶えませんでした。またこういう性格が現在「創価学会」という日蓮宗から出た分派が「公明党」という政治政党を作ったこととも関係しているわけです。

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