2022/04/14

女媧 ~ チャイナ神話(6)

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本来の表記は「女媧」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。

 

女媧と伏羲

女媧(拼音: Nüwa)は、古代中国神話に登場する人類を創造したとされる女神。三皇の一人に挙げる説がある。姓は風、伏羲とは兄妹または夫婦とされている。

 

概要

姿は蛇身人首であると描写される文献が残されており、漢の時代の画像などをはじめ、そのように描かれている。笙簧(しょうこう)という楽器の発明者であるともされる。

 

『説文解字』での解説をはじめ、女神であるとされるのが一般的である。『世本』「氏姓篇」のように性別を男としている例(「弟」と示されており、「女」という氏族であることから「女皇」と称されたという)も見られ、伏羲の配偶者・女神として描かれる文献が確認される時代が新しいものであった点から、「性別は本来は男であった」とされる説が中国などの学者間でも強く存在していたが、考古学方面での墳墓の壁画や石棺・帛画などの発見や人類学方面での伝承の採集により、女媧は女神として存在していたという説が主流となるに至っている。

 

人類創造

人間を創った存在であるとされており、女媧が泥をこねて創ったものが人類のはじまりだと語られている。後漢時代に編された『風俗通義』によると、創り始めの頃に黄土をこねて丁寧に創った人間がのちの時代の貴人であり、やがて数を増やすため縄で泥を跳ね上げた飛沫から産まれた人間が凡庸な人であるとされている。

 

『楚辞』「天問」にも「女媧以前に人間は無かったが、女媧は誰が創ったのか」という意味のことが記されており、人間を創造した存在であるとされていた。また『淮南子』「説林訓」には70回生き返るともあり、農業神としての性格をも持つ。

 

伏羲と共に現在の人類を生みだした存在であると語る神話伝説も、中国大陸には口承などの形で残されている。大昔に天下に大洪水が起きるが、ヒョウタンなどで造られた舟によって兄妹が生き残り、人類のはじめになったというもので、この兄妹として伏羲・女媧があてられる。このような伝説は苗族やチワン族などにも残されている。聞一多は、伏羲・女媧という名は葫蘆(ヒョウタン)を意味する言葉から出来たものであり、ヒョウタンがその素材として使われていたことから「笙簧」の発明者であるという要素も導き出されたのではないか、と推論仮説している。

 

天地修復

『淮南子』「覧冥訓」には、女媧が天下を補修した説話を載せている。古の時、天を支える四極の柱が傾いて、世界が裂けた。天は上空からズレてしまい、地もすべてを載せたままでいられなくなった。火災や洪水が止まず、猛獣どもが人を襲い食う破滅的な状態となった。女媧は五色の石を錬(ね)り、それを使って天を補修し(錬石補天)、大亀の足で四柱に代え、黒竜の体で土地を修復し、芦草の灰で洪水を抑えたとある。

 

祭祀

武梁祠などの石室に画像が描かれている(武氏墓群石刻)。下半身が蛇体となった姿をしており、女媧と伏羲とが絡みあった形状で描かれる。清の時代には、瞿中溶によって『漢武梁祠画像考』が編まれている。

 

道教に取り込まれてのち、仏教の神仏習合の理論の上では阿弥陀如来によって遣わされ、出現したばかりの地上の世界を造った中国の伝説上の存在として、伏羲と共に説かれた。日本でも仏教側の立場から編まれた神道論集の一つである『諸神本懐集』(14世紀)では、女媧の本地は宝吉祥菩薩(勢至菩薩・月天子)であるとの唐の時代の説が収録されている。

 

縄の発明者葛天氏と同じく、伏羲の号に属するとされる説がある[要出典]

 

女媧と伏羲の組み合わせが地上のはじめの男女であるという定義は、中国の民間宗教にも広く用いられており、『龍華経』でも人間たちの祖先としてつくりだされた世のはじまりの陰陽一対の存在の名として、張女媧と李伏羲という名が記されている。

 

日本への伝来時期

日本における文献への登場例は、『続日本紀』(巻3)慶雲3年(706年)113日条に、文武天皇が新羅国王に対し、「漸無練石之才」と女媧による錬石補天を引用した文書を送っていることから、少なくとも律令時代には認識されていたことがわかる。

 

道教に組み込まれた上での女媧・伏羲についての信仰が日本に渡来した時期に関しては、早い時期で紀元前1世紀(弥生時代中期)説がある。鳥取市の歴史研究家の小坂博之の考察によれば、鳥取県国府町所在の今木神社が所有する線刻された石に描かれた胴が長い人絵が女媧・伏羲に当たるとしている(石の大きさは、直径75センチ、短径63センチ)。

 

調査によれば、「鳥」「虎」と読める漢字も刻まれており、その書体から中国山東省に残る「魯孝王刻石」(紀元前56年成立)にある「鳳」の中にある鳥が最も酷似し、隷書体の中でも古い時代にある古隷の書体と考えられている。

 

『淮南子』(前2世紀成立)では、「鳥」は無道・殺りくの神を表し、「虎」は兵戦の神を表している。このことから、「天地再生・人類創造の神である伏羲と女媧に祈り、兵戦の神(虎)と無道・殺りくの神(鳥)を遠ざけ、災厄の除去を願ったもの」と解釈されている(しかし、この神の性格が兵戦の神(虎)と無道・殺りくの神(鳥)である可能性も考えられる)。刻石自体が亀甲と形状が類似することから、甲を用いた占いと共通し、『淮南子』の知識を有したシャーマンか王が用いたと考えられている。

出典 Wikipedia 

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