2011/02/03

謀略(プロジェクトS)(1)

 新しい職場は、金融系の有名上場企業だった。


 「直近業務でのリーダー経験」


 から、10数名プロジェクトのリーダーという役割を期待された。直近のリーダー経験というのは、例のFプロジェクトでのプレーイングマネージャー実績である。


 新しい現場の初日は、同時に採用されたとおぼしき10人ほどが一室に集められ 「スタート説明」から始まる。


 「名前を呼ばれた順番に、着席してください」


 真っ先に呼ばれ、最も奥まった席に座る。


 10人ほどが全員着席すると、セキュリティカード、キャビネット鍵や資料の配布に続き、スタート説明が始まろうというところで、別の女性スタッフがやってきて


 「にゃべさんは、こちらへ」


 と一人だけ呼ばれ、別室に移動した。


 (なぜ、オレだけが別室・・・?)


 といぶかりながらも説明を聞いていると、ひと通りの説明の後、PMから呼ばれた。 そこに、リーダーのI氏が同席していた。


 現状の体制はPMがトップに居て、その下にリーダーが3名。3名のリーダーの下に実作業を行うメンバーが10数名と、大手ベンダーの管理者および実働部隊が数名居た。


 リーダー3人は、それぞれ沢山あるシステム単位で担当を分けているが、3人のうちの1人がNGとなったため、今回その人物の代わりを務めるということだった。3人のリーダーのうちI氏が特に全体を見ているらしく、PMの厚い信頼を得ているようだった。


 NGとなった既存のリーダーは、契約の関係からその週で現場を出ないといけないが、残作業やら次の現場入場の準備などがあって、当初から


 「引継ぎ期間は最大で1週間弱、実質殆どないと思っていただいたほうがいい」


 と聞いていた通り、担当者も休みがちで正味2日もないのが現状だった。

 このように、スタートからして無理な船出を余儀なくされたところに、さらに追い討ちが掛かった。


 「リーダーは、基本的に実作業はやらない。あくまで、マネージメントに特化した役割だと考えてください」


 というのがI氏の方針だったが、一方でPMの方は


 「マネージメントは単なるスケジュール管理だけではなく、タスクの技術的なところまで入り込んで欲しい。前任者には、それが欠けていた」


 というのが持論だった。


 「タスクの技術的なところまで入り込む」とは言っても、最初はシステム構成もよくわからない。おまけにメンバーは10人以上もいて、それぞれがサーバやデータベースなどの専門ばかりだから、ネットワーク屋の自分がそれらの「タスクの技術的なところまで入り込む」のは、口で言うほど容易ではないだけに、最初のうちは「リーダーは、基本的に実作業はやらない」という、I氏の方針を拠り所とすることにした。


 そうして現場のシステム構成を理解しながら、徐々に「タスクに入り込んいでいく」という目論見だった。

 リーダーとして最も重要なタスクは、週1回行われる「定例会」だ。ここではユーザー担当者の10人近くを一同に集め、各タスクの進捗を行うことになっている。引継ぎの週にS氏と一緒に出たが、各担当から鋭い質問や突込みなどが矢継ぎ早に飛び、S氏が立ち往生する場面も見られた。


 その席で、S氏から


 「私は今週限りで現場を離れることになりましたので、次週からはこちらのにゃべさんが私の代わりとなります」


 と紹介された。が、ユーザー担当者は、いずれもその道数年でやって来ている専門家であり、現に半年以上も勤めていたS氏ですら立ち往生するくらい大変なのだから、まだ現場の仕組みやシステムを理解していない人間に、おいそれと代わりが勤まるような話ではなかった。


 S氏に、それを言うと


 「しばらくは、Iさんに同席してもらいましょう。私からも、Iさんにお願いしておきます。Iさんは全体を見ている人なので、内容はほぼ理解できている人だから」


 ということで、自分からもI氏に事情を話し相談し、当面23回くらいは一緒に出てフォローしてくれるように頼んだ。フォームの始まり

 

フォームの終わり

 

 その週末でS氏が現場を去り、翌週の「定例会」に備えて各担当者からタスクの状況についてヒアリングをして進捗状況をまとめたり、遅れが出ているものについては尻を叩いたりしながら、2度目の「定例会」を迎えた。


 事前に、どのように説明するかのシミュレーションを行ったが、中には担当者が「体調不良」で休んでいたために手が付いていないものもあって、明らかに突っ込みの対象となりそうだったが、それについて


 「これは・・・どう誤魔化すか・・・」


 といいながらも、海千山千のI氏は余裕綽々だった。


 「今回は私が話しますが、次回からはにゃべさんがやってください」


 と言って臨んだ定例会。ユーザー担当者は、やはり10人ほどいた。


 S氏もかなり口が上手かったが、I氏の弁舌とロジックの展開は比較にならぬほどに水際立っており、並み居るユーザーの煩型からの突っ込みを交わしていく様は、実に鮮やかだった。


 このI氏はPMとよほど相性が良いらしいく、終始ひそひそと密談していたり、タバコを吸うにもいつも連れ立っていた。I氏と相談した結果、次回からはこちらがMCを務めるがI氏に同席とフォローをお願いし、次の月からは一本立ちでやるという整理となった。


 定例会では、当然ながら遅れが出ているものに焦点が当たりがちになるだけに、当初はとにかく「遅れが出ないように」という意識が強く、まだまだ各担当の「タスクの技術的なところまで入り込む」という状況ではなかった。

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