ドキュメント系のレビューは技術的な内容に終始するだけに、参加するのは担当者とN部長で自分は参加していなかったが、それとは別に元請けのN社にプロジェクト全体の進捗を報告する「定例会」が毎週2回設定されていた。通常の、WBSやら課題管理表などを元に、各タスクの進捗を報告する会議だ。これにはN社のマネージャーとサブの女性、こちら側はN部長と自分が参加することになった。
「この会議での報告は、いずれにゃべさんにお願いしたい」
というところまでは、これまでの現場も似たようなものだから問題ないと思っていた。ところが、面倒臭がりのN部長からは、事前に何の指示や打合せもないぶっつけ本番の参加となり、この場で初めて見たWBSの見方すらわからないという状況で、専門用語が飛び交うN社マネージャーとサブとN部長との丁々発止のやり取りも、何を言っているのはサッパリちんぷんかんぷんと言うテイタラクだ。
(まあ、当面はNさんが説明するのだろうから、自分は徐々に覚えていけばいい・・・)
と気楽に構えていたのが、3度目の進捗会議にして早くもそのように気楽に構えていられる状況ではなくなった。
このN部長は、なにかと「自社用」が多く暇さえあれば自社に帰っていたが、選りにもよって、この進捗会議の日に「自社用」でトンズラしてしまったのである。
それならそれで、前日に
「明日は自社に寄るので、進捗会議の対応をお願いします」
と事前に伝え、どのように説明すべきかポイントをレクチャーするなど「作戦会議」くらいはやりそうなものだが、そのようなことはまったくなしで丸投げなのである。
3回目と言えば、まだ一週間かそこいらだから、WBSで何百行もあるタスクの内容すらまったく理解が出来ておらず、とても説明ができる状態ではない。
進捗会議は通常は週一のパターンが多いが、ここでは週2回行われていたため、1回くらいは飛ばしてもいいのではとの思いで、念のためN社のマネージャーに
「今日はNが自社作業で不在のため、進捗会議は中止か明日にリスケにしていただけないか?」
と聞いてみたが
「普段通りにやってください」
と、ニベもなく却下された。
大手N社のマネージャーらしい尊大かつ気難しいT氏だから、おそらく却下されるだろうとは思っていたが、案の定だ。仕方なく、やけくそで臨んだ進捗会議は、まったくボロボロに終わり、T氏から
「まず、タスクの内容を早くちゃんと理解してくれよ!
じゃないと、話にならんわ」
とキツく言われた。女性とは思えないような口の悪さで、皆から恐れられているサブリーダーのK女史は
「まあ、まだ1週間かそこいらだったら、無理もないっちゃーないけどさ。にしてもNさんも、なんも引きつがずに丸投げしてくってのはあり得んわ・・・」
と呆れていた。
また、毎朝「朝会」というミーティングがあって、各担当のタスクの確認とその日のタスクの指示がN部長から出されたが、慣れるにしたがい日毎にN部長の「自社寄り」が増えてきた。
こうした場合なども、通常なら前日などにあらかじめ打合せをしてもらいたいものだが、当日の朝に電車に乗っているようなタイミングで
「急きょ、自社に寄らなければならないことになりました。朝会で各担当に、以下の指示をお願いします」
と、細かい指示内容を書いたメールが飛んでくるようなケースも増えた。しかし、この段階はまだかわいい方で、内輪の話のうちはまだよかった。
N部長の「自社寄り」の頻度は増加する一方となった。しかも、わざわざ朝会やN社との定例会のタイミングを狙っているかのように、その時間にいないことが多くなり、気付けば半分近くはこちらがメインスピーカーを努めなければならなくなっていた。
これが参画後半年くらい経って、業務内容もすっかり覚えてしまった後ならまだよいが、まだ1か月やそこらだからスキルも知識も中途半端な状態だ。当然ながらN社の求めるスキルは高いから
「このくらいは、理解してもらわんと困るなあ」
などと、露骨に嫌味を言われ続ける。それでも進捗が順当ならまだしも、どのタスクも遅れていたり軒並み品質が低いものばかりだから、その言い訳を考えるのに腐心するばかりで、N部長が逃げ回っている気持ちが理解できた。
メンバーたちは元々持っているスキル以上に高いレベルが求められ、創ったドキュメントは片っ端からダメ出しを食らい直さないといけないとなるため、毎日のように終電近くまでの稼働を強いられていた。
CISCO最高峰の「CCIE」を持つN部長からすれば、メンバーのスキルの低さは歯がゆいばかりだったろうが、時間が経過しようともメンバーのスキルはサッパリ上がってこなかった。こちらが傍で見る限り、元々センスがないのが致命的と思えたが、それに加えてN部長が面倒くさがりのせいか、メンバーたちに技術を継承するのではなく、メンバーたちの作業を自分で巻き取って、全て自己完結させてしまっているためと思えた。もっとも、N社の設定する厳しい納期に間に合わせるにはメンバーたちの力量では到底追いつかないから、N氏としては技術継承などと暢気なことを言っていられる場合ではなかったろう。