「本番リリースの日には、私は用があって出られません・・・」
と、晴天の霹靂ともいえるN部長の宣言!
「えっ?
本番リリースに立ち会えない・・・それは、なぜ?」
と聞いても、単に「用事があるから」としか言わないのである。
敢えて繰り返すが、このプロジェクトは「D社のスマホ対応プロジェクト」だ。「D社」といえば、いうまでもなく携帯キャリア最大手、というよりは、この頃は携帯シェアの5-6割を独占していた「業界ガリバー」であり、それが旧来の携帯電話から「スマホ」という新たなアーキテクチャへ舵を切るという、いわばオーバーに言えば「歴史的転換」ともいえる「巨大プロジェクト」だ。
また、単に「エポックメーキング的な巨大プロジェクト」というだけではない。一昔前とは違い、携帯電話もスマホももはや「若者や金持ちのおもちゃ」ではなく、今や立派に固定電話に代わる通信手段であり、ビジネスにも欠くことのできない通信インフラとして万人から認知されているのである。
IT業界では、昔から「絶対に関わりたくないPJ」として「医療」、「金融」、「交通」、「軍隊」などとともに挙げられるのが「通信インフラ」で、これらはすべて「人命にかかわる」業種だからである。
その通信インフラの中でも、今や固定電話に代わるメジャーな通信手段に成り代わった「携帯電話」の、さらにその次世代対応となる「スマホ対応」の「本番リリース作業」というのは、今や社会インフラに関わる一大イベントだ。実際に、例えばこの本番リリースでなんらかの失敗でもやらかして、万に一つも「通信断」が発生しようものなら、冗談抜きで首を括らなければならない中小企業経営者だっているはずだ。勿論、そうなった暁には、総務省の「行政指導」の対象となることもいうを俟たない。
事程左様に、その辺りの世間一般に溢れている「本番リリース」などとは、重要度が段違いのイベントなのである。
であるからして、この種のプロジェクトでは、まず参画した段階で最初に確認しておくべき事項は「本番リリースは、いつか?」であり、それへ向けて万全の準備をし、数か月どころか1年以上も先の「本番リリース日」を常に念頭に意識したうえで動くべきものなのだ。このように本番サービスを提供するシステムのプロジェクトにおいては、「本番リリースを成功させる」のが最大にして究極の目的だから、数年にわたるプロジェクトの活動は偏に「すべて本番リリースを成功させるための活動」と言っても過言ではない。
ところが・・・である。
あろうことか、その世間が注目する(?)「最大手キャリアによるスマホ導入対応」という世紀の大プロジェクトに携わる、しかもLBチームという主力のチームを形成するリーダーたるN氏は
「所要のため、本番リリースの日は出られない」
と高らかに宣言してしまったのだから、これ以上の驚きはない。
当然ながら、N社のTマネージャーは
「Nさん、本番リリースの日だけは、なんとか出ていただけませんか・・・?」
と執拗に迫ったものの
「どうしても出られません・・・」
とN氏の決意は、まったく磐のように固かった。
しかしながら
「理由は、なんでしょうか?」
というT氏の質問に対するN氏の答えに唖然とした。
「娘の入学式の日と重なってしまったので・・・」
「はあ?
入学式・・・?」
「高校の入学式にも卒業式にも出られなかったので、大学の入学式にだけは出てやりたい・・・」
まことに耳を疑うような話ではないか。
娘を持たないワタクシだが、少なくとも自分自身で言えば中学以降は入学式も卒業式も親には「来なくていい」と言って来たくらいだから
「娘の入学式って・・・そんなに重要なことなんかい・・・?」
と、ちょっとこれは理解できなかった。
恐らくは、大手メーカーのマネージャーT氏もワタクシと同じ考えだったろうが、N氏の表情からその決意の強さを読み取ったのか
「本番リリースの日に責任者がいないのは、C社として責任問題となる。どうしてもNさんが出られないのなら、代理の人を出してください」
と迫った。
「それは、ここにいるにゃべさんに、私の代理を務めていただけるはず・・・」
「ダメですね。C社の社員でないと。少なくとも課長クラス以上のね」
LBチームは表向きはC社のチームとなっているが、実際にC社の社員は25歳と若手のA君1人だったから、これは代理には成りえなかった。
「承知しました。では、C社から代理の者を出します」
と、N氏は何があっても逃げる気満々らしい。
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