2016/03/13

職安(小説ストーカー・第二部part2)



●タコ坊の場合
 クビになったその足で、早速職安を訪れたタコ坊。
 
 (もう工場勤務なんて、御免だ・・・
 オレは、もっときれいなデスクワークをやりたい・・・)
 
 と、身の丈に合わぬ希望を胸に職安を訪れたタコ坊は、求職票を出して職員に希望を伝えた。
 
 「デスクワークねー。
 難しいんじゃないかなー?」
 
 お役人っぽい職員は、神経質そうにメガネのレンズを光らせ、値踏みするように言った。
 
 「どうして、デスクワークが希望なのかな?」
 
 「それは・・・工場勤務に嫌気がさしたから・・・」
 
 「そう・・・しかしね・・・これまでの経歴を見ると、ずっと職工さんでしょ?
 今からデスクワークというのは、ちょっと無理じゃないかな・・・」
 
 早くも言葉遣いが、ぞんざいになってきた職員。
 
 年の頃はオレとあんまり変わらんようだが、上から見下されているようで腹立たしい
 
 「デスクワークっても色々あるけど、どんな職種が希望なのかね?」
 
 「まあ・・・事務系ですな・・・経理とか・・・」
 
 「経理ねー。
 経験は、あるのかな?
 履歴書見たところ、経理の経験はまったくなさそうだけど・・・」
 
 「まあ、ないですがね・・・」
 
 「経理はねー、せめて商業高校出て、簿記の資格でもあれば未経験だって少しは脈もあるだろうけど、まったく素人では難しいな・・・経理ってのは、専門性の高い職種だからねー」
 
 職員の言葉は冷たかった。
 
 「そうですかね・・・?」
 
 「まあ、そんなもんですよ。
 
せめて若い人なら、こっちもこれから勉強しますからという交渉もできるけど・・・失礼だが、オタクくらいの年齢じゃあ社会人経験10年以上で、世間じゃまあ大体、経理課長くらいになってるからね。
 
30後半でまったくの素人で、簿記の資格もないんってんじゃ、ちょっと話の持っていきようがないねー」
 
 「では他のデスクワークは、どうでしょう・・・」
 
 「他と言ってもねー。
 結局30半ば過ぎでは、どれも専門性が求められてしまうからねー。
 単純な事務だったら、給料も安くて使い捨ての女の子を採るだろうしねー」
 
 と、職員は「オマエなぞ、所詮職工くらいしか買手がつかん!」とでも言いたげだった。
 
 「そうそう・・・オタク、パソコンとかの趣味は?
 
 もしコンピューターが人より弄れるってことなら、あの業界だけは人手が足らないから、ちょっと面白い仕事に着くチャンスがあるかもしれないが・・・」
 
 この時、それまで嫌々相手をしていたような職員の目が一瞬、真剣な光を帯びたが
 
 「コンピューターなんて・・・さわったこともない・・・」
 
 というオレのひと言に
 
 「そうかね・・・ああ、そうだろうねー」
 
 と、さほどの失望も見せず、というよりは予想通りというような薄ら笑いを張り付けて
 
 「他に、なにか資格とかは?」
 
 「なにもないですが・・・」
 
 「こういっちゃなんだが、やっぱりアンタはこれまで通りの職工がいいんじゃないかな?
 
 まあ私も仕事だから、頼まれれば口利きはしてあげないでもないがね。
 私も長年、この仕事をしてきているから、まあ落ち着く先は大方見当がつくね。
 アンタは、職工以外の職は難しいと思うな・・・
 
 もう一度、じっくり自分を見つめ直して考えてみて、出直すことですな・・・相談には、いつでも乗ってあげるから・・・」
 
 と偉そうな捨て台詞を吐くと、職員は
 
 「次の方、どうぞ!」
 
 と、目の前の「商品価値のない冴えないオトコ」は最早眼中にないような、サッパリとした表情でこれ見よがしに大声で怒鳴った。

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