出典https://www.vivonet.co.jp/rekisi/index.html#xad15_inca
妃を決めるコンテストは、この国の重要な儀式だった。妃候補を探すため、全国に使節が派遣された。妃の条件は何よりも美貌、次いで身長、足の大きさだった。使節は理想の妃の似顔絵と足の大きさを測る靴を携えて全国に散った。
都に集められた女性は、まず宮殿の予備審査でふるいにかけられる。
「あなたは美しい。しかしローマの皇妃にはふさわしくない」
残った選りすぐりの女性が、コンテスト会場に集められた。
いよいよ皇帝が現れ近づいてくる。娘たちの胸は高鳴る。皇帝は知的な美しさをたたえた女性の前で立ち止まった。「運のいいお方だ」とささやく声が聞こえる。皇帝は、ぶっきらぼうにつぶやく。
「女から悪が生じたのだ」
娘は答える。
「良きことも女から生れました。キリストはマリア様からお生まれになり、あなたもお母様からお生まれになりました」
1本とられた皇帝がふっと横を向くと、そこに質素なテオドラが立っていた。皇帝は思わずりんごを差し出した。大きなため息が会場にもれた。
帝国の誕生
ローマ帝国は、330年にコンスタンティノープルに都を遷し、395年には東西に分裂した。その後、すぐに西ローマ帝国はゲルマン民族に蹂躙されて滅んだが、東ローマ帝国は繁栄を続け、1453年にオスマントルコに滅ぼされるまで1000年以上存続した。
東ローマ帝国が、ビザンツ帝国あるいはビザンチン帝国と呼ばれるのは、首都コンスタンティノープルがギリシアの植民都市ビザンティオンだったことに由来する。この帝国はバルカン半島(ギリシア)と小アジア(トルコ)を中心に、西はイタリアから東はシリアまでの版図を有し、東洋と西洋の文明の十字路になっていた。
政治・経済制度はローマ帝国のものを継承し、文化的にはギリシア・ヘレニズムを、宗教はキリスト教を国教とした。公用語は当初ラテン語だったが、次第にギリシア語が使われギリシア化していった。帝国は興隆と衰退を繰り返し、領土はめまぐるしく変化した。
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